(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年2月2日14時20分
長崎県平戸島西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第三康善丸 |
引船第二十八川武丸 |
総トン数 |
19トン |
19トン |
全長 |
23.30メートル |
14.10メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
478キロワット |
632キロワット |
船種船名 |
台船川武7号 |
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全長 |
40.00メートル |
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幅 |
15.00メートル |
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深さ |
3.00メートル |
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3 事実の経過
第三康善丸(以下「康善丸」という。)は、いか一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、A受審人ほか2人が乗り組み、操業の目的で、船首0.5メートル船尾1.7メートルの喫水をもって、平成14年2月2日11時40分操業基地としていた長崎県調川港を発し、同県宇久島南西方14海里ばかりの漁場に向かった。
ところで、A受審人は、昭和41年ごろから船長としていか一本釣り漁業に従事しており、五島列島から北海道小樽に至る海域で操業し、漁場までの航海当直は全て自分1人で行い、漁労活動は甲板員が行い、その間自身は休息をとっていたので、日本海の中央部など広い海域において、10時間ばかりの長い航海での当直中で他船を見かけないときに30分から1時間ばかり仮眠して、操舵室を無人にしていることがあった。
これより前、A受審人は、保証人になっていた友人の民事事件で、平成14年1月30日までの1週間ばかり、地元で夜遅くまで話し合いに参加し、睡眠不足を自覚したまま2月1日に操業を再開したうえ、その日の夜は漁場で仮眠して十分な睡眠がとれない状況で基地に帰り、休息を取らないまま発航準備を行ったことから、発航時には眠気はなかったものの疲れを感じていた。
A受審人は、発航後2人の甲板員を夜間操業に備えて船員室で休息させ、操舵室後部の棚に腰掛け、レーダーを1.5海里レンジとして自動操舵で操船にあたり、同県辰ノ瀬戸を通過後、13時34分生月長瀬鼻灯台(以下「長瀬鼻灯台」という。)から120度(真方位、以下同じ。)1.7海里の地点で、針路を同県小値賀瀬戸の中央部に向首する246度に定め、機関を毎分回転数1,400にかけ、10.0ノットの対地速力で進行した。
定針後間もなく、A受審人は、発航までの睡眠不足や広い海域に至ったことから気が緩んで眠気を覚え始め、次第に辛抱できないほどに強まったとき、1.5海里レンジのレーダーにより他船を認めなかったので、しばらくの間であれば仮眠して操舵室を無人にしても大丈夫と思い、少し仮眠することとしたが、甲板員を起こして船橋当直を交代するなど操舵室を無人としないための措置をとることなく、13時54分長瀬鼻灯台から216度2.8海里の地点に達したとき、目覚まし時計を30分後に鳴るようセットして操舵室後部の棚の下にあるベッドで横になって続航した。
A受審人は、14時15分少し過ぎ長瀬鼻灯台から232度6.1海里の地点に達したとき、左舷船首24度1.0海里のところに、自船の前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する、台船川武7号(以下「台船」という。)と同船を曳航していた第二十八川武丸(以下「川武丸」という。)とが構成する引船列(以下「川武丸引船列」という。)を視認し得る状況であったが、既に寝入って操舵室を無人にしていたことからこれに気付かず進行した。
14時18分A受審人は、川武丸引船列が左舷船首24度800メートルのところに接近したが、依然操舵室を無人にしていてこれに気付かず、警告信号を行わず、その後更に接近して同引船列の動作のみでは衝突を避けることができない状況となったものの、衝突を避けるための協力動作をとらないまま続航中、14時20分長瀬鼻灯台から234度6.9海里の地点において、康善丸の船首が、原針路、原速力のまま、台船のY字形となっていた曳航索の右側ロープに前方から73度の角度で衝突し、その後康善丸の左舷側外板と台船の船尾左舷側錨が衝突した。
A受審人は、衝撃で目覚めて衝突を知り、事後の措置にあたった。
当時、天候は晴で風力2の北東風が吹き、潮候は下げ潮の中央期であった。
また、川武丸は、2機2軸の鋼製引船で、B受審人ほか1人が乗り組み、護岸工事に従事する目的で、船首0.8メートル船尾2.4メートルの喫水をもって、曳航フックから直径70ミリメートルの合成繊維製ロープを25メートル伸出し、その先端のアイに直径55ミリメートル長さ30メートルの合成繊維製ロープ2本を取り付け、それらのロープ端を台船の船尾両舷のビットにそれぞれとり、曳航索をY字形として引船列を形成し、同日08時10分長崎県白浜漁港を発し、同県唐崎漁港に向かった。
そして、台船は、船首部に長さ40メートルのクレーンを設置した非自航船で、作業員5人が乗り、空倉のまま、船首0.8メートル船尾0.6メートルの喫水で、川武丸に船尾から引かれて白浜漁港を発した。
B受審人は、長崎県針尾瀬戸を経て佐世保港内を通過したのち、同港口から2海里ばかり西方のところで、曳航フックから伸出していたロープの長さを100メートルに調整し、川武丸の船尾から台船後端までの長さを165メートルとして西行した。
B受審人は、長崎県平戸島南方を通過し、13時03分尾上島灯台から281度1.4海里の地点に達したとき、操舵室中央の舵輪の後方でいすに腰掛け、手動操舵で操船にあたり、針路を353度に定め、機関を全速力前進にかけ、5.3ノットの対地速力で進行した。
14時00分B受審人は、長瀬鼻灯台から223度7.9海里の地点で、右舷船首49度4.2海里のところに西行する康善丸と同船の少し前方に3隻の漁船を初めて視認し、同時15分少し過ぎ同灯台から231度7.1海里の地点で、康善丸が同方向1.0海里のところになり、前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近することを認めたが、自船が避航船であるものの、小型の漁船の方で替わしてくれるものと思い、右転するなど康善丸の進路を避けることなく続航した。
B受審人は、14時18分康善丸に先行する3隻の漁船が前路を通過したとき、康善丸が同方向800メートルのところに接近していたが、依然として同船が川武丸引船列の後方を替わしてくれると思って同一の針路、速力で進行中、同時19分半危険を感じて汽笛を連吹し、機関中立、全速力後進としたが効なく、川武丸引船列は、原針路のまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果、康善丸は、左舷船首上部が圧壊したほか左舷中央部外板に破口を生じ、のち修理され、川武丸には損傷がなかったが、川武丸引船列の曳航索が切断し、台船の左舷船尾外板に凹損を生じた。
(原因)
本件衝突は、長崎県平戸島西方沖合において、北上中の川武丸引船列が、前路を左方に横切る康善丸の進路を避けなかったことによって発生したが、康善丸が、操舵室を無人とし、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、長崎県平戸島西方沖合を西行中、強い眠気を催した場合、甲板員を起こして船橋当直を交代するなど操舵室を無人としないための措置をとるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、1.5海里レンジとしたレーダーにより他船を認めなかったので、しばらくの間であれば仮眠して操舵室を無人にしても大丈夫と思い、操舵室を無人としないための措置をとらなかった職務上の過失により、間もなく操舵室を無人にして目覚ましを30分にかけて眠り込み、前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する川武丸引船列に気付かないで警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらないまま進行して同引船列との衝突を招き、康善丸の左舷船首上部を圧壊させたほか左舷中央部外板に破口を生じさせ、川武丸引船列の曳索の切断及び台船の左舷船尾に凹損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は、長崎県平戸島西方沖合を北上中、前路を左方に横切り、衝突のおそれのある態勢で接近する康善丸を認めた場合、右転するなど同船の進路を避けるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、これまでの経験で小型漁船が自船引船列を避けてくれていたので、康善丸も避けてくれるものと思い、同船の進路を避けなかった職務上の過失により、康善丸との衝突を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して、同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。