(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年7月29日17時50分
広島湾 大奈佐美島東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船勝哉丸 |
遊漁船彗星III |
総トン数 |
2.1トン |
|
全長 |
|
15.10メートル |
登録長 |
7.57メートル |
|
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
|
264キロワット |
漁船法馬力数 |
20 |
|
3 事実の経過
勝哉丸は、FRP製漁船で、A受審人が1人で乗り組み、早朝に仕掛けておいた刺し網を揚収する目的で、船首0.20メートル船尾1.00メートルの喫水をもって、平成14年7月29日17時00分広島県美能漁港外美能地区を発し、広島湾大奈佐美島東方沖合の漁場に向かった。
A受審人は、17時10分目的の漁場に到着して機関を中立とし、船尾マストにスパンカーを掲げ、船首部に備えたローラーを使い北西方に向かって網の巻き揚げ作業を始め、途中、ローラーの回転を止めて獲物やゴミを網から外しながら作業を続けた。
17時46分半A受審人は、中ノ瀬灯標から049度(真方位、以下同じ。)900メートルの停留地点で、315度に向首した船首部に立って巻き揚げ作業をしていたとき、左舷正横後11度1,890メートルのところに自船に向首する態勢で北上する彗星IIIを初めて視認したが、自船がスパンカーを掲げて作業中なので、航行船の方で接近すれば避けて通過するものと思い、引き続き彗星IIIに対する動静監視を十分に行わなかったので、その後同船が自船を避ける気配を見せないまま接近することに気付かず、有効な音響による注意喚起信号を行うことも、更に接近しても機関を使用して衝突を避けるための措置をとらないまま停留を続けた。
17時50分少し前A受審人は、ふと左舷方を見て至近に迫った彗星IIIに気が付いて驚き、急いで機関を前進に操作したが、時すでに遅く、17時50分前示停留地点において、勝哉丸は、315度に向首したその左舷側後部に、彗星IIIの船首が後方から70度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、視界は良好で、潮候は下げ潮の末期であった。
また、彗星IIIは、FRP製遊漁船で、B受審人が1人で乗り組み、釣客7人を乗せ、船首0.35メートル船尾1.70メートルの喫水をもって、同日06時30分広島港に注ぐ京橋川に設置した自家用桟橋を発し、伊予灘小水無瀬島北西方沖合ではまち釣りを行ったものの釣果がなく、同島東方沖合の釣り場に移動してあじ釣りののち、15時30分その場を発進して帰途に就いた。
B受審人は、操舵室右舷寄りに設置された操舵ハンドルの前に立って操船にあたり、串ケ瀬瀬戸を通り情島を過ぎたところで機関を回転数毎分2,500のほぼ全速力前進にかけ、22.0ノットの対地速力とし、その後柱島水道を経て奈佐美瀬戸に向け北上を続けた。
ところで、彗星IIIは、航走中の速力が14ノットから19ノットの間においては船首の浮上により、操縦位置に立って操船していてもその位置の船首正面から左方20度の範囲にわたって死角が生じるので、その際には、B受審人は、船首を左右に振るなどして船首方の死角を補う見張りを行うようにしていた。
B受審人は、しばらくして奈佐美瀬戸に差し掛かり、17時46分半中ノ瀬灯標から201度1,050メートルの地点に達したとき、針路を034度に定め、このころ自衛艦2隻が縦列で前方近くを左方から右方に航過したので、これらが起こす航走波の衝撃を緩和するつもりで回転数毎分2,000に下げ、17.5ノットの対地速力で手動操舵により進行した。
そして、B受審人は、定針したとき、船首方1,890メートルのところに西方に船首を向けて停留している勝哉丸を初めて視認したが、一見しただけで同船は数十メートル程度離して自船の左舷側に替わるものと思い、その直後に減速したことで船首が浮上して死角を生じる状態となったのに、引き続き勝哉丸に対する動静監視を十分に行わなかったので、その後同船に向首したまま衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かず、右転するなどして勝哉丸を避けないまま続航した。
17時50分少し前B受審人は、航走波を替わしたのでそろそろ元の速力に増速しようと機関操縦レバーを操作するとともに、前路及び勝哉丸の位置を確かめるつもりで左舵をとり船首を振ったところ、目前に同船のスパンカーが目に飛び込んできたが、どうすることもできず、彗星IIIは、025度に向いた船首が、ほぼ原速力のまま前示のとおり衝突し、勝哉丸を乗り切った。
衝突の結果、勝哉丸は、左舷側外板に大破口を生じて転覆し、のち廃船となり、彗星IIIは、船底外板に凹損を伴う擦過傷を生じるとともにプロペラが曲損した。
(原因)
本件衝突は、広島湾大奈佐美島東方沖合において、北上中の彗星IIIが、動静監視不十分で、停留中の勝哉丸を避けなかったことによって発生したが、勝哉丸が、動静監視不十分で、有効な音響による注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は、広島湾大奈佐美島東方沖合において、帰航のため高速力で北上中、前路に停留している勝哉丸を認めた場合、その直後に前方を航過した他船の航走波の衝撃を緩和するつもりで減速したことで、船首が浮上して死角を生じる状態となったことでもあったから、衝突のおそれの有無を判断できるよう、船首を左右に振るなどして引き続き勝哉丸に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、一見しただけで同船は数十メートル程度離して自船の左舷側に替わるものと思い、引き続き勝哉丸に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、同船と衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず、勝哉丸を避けないまま進行して同船との衝突を招き、勝哉丸の左舷側外板に大破口を生じて転覆させ、のち廃船させるとともに、彗星IIIの船底外板に凹損を伴う擦過傷のほかプロペラを曲損させるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
A受審人は、広島湾大奈佐美島東方沖合において、刺し網の巻き揚げ作業のため停留中、左舷正横方から自船に向首する態勢で北上する彗星IIIを認めた場合、同船が自船を避ける動作をとるかどうか判断できるよう、引き続き彗星IIIに対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、自船がスパンカーを掲げて作業中なので、航行船の方で接近すれば避けて通過するものと思い、引き続き彗星IIIに対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、同船が自船を避ける気配を見せないまま接近することに気付かず、有効な音響による注意喚起信号を行うことも、衝突を避けるための措置をとることもなく停留して彗星IIIとの衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせ、自船を廃船させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。