(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年5月30日16時58分
石川県福浦港西方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
巡視船のりくら |
漁船豊洋丸 |
総トン数 |
230トン |
42トン |
全長 |
50.50メートル |
28.30メートル |
登録長 |
45.45メートル |
22.47メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関3基 |
ディーゼル機関 |
出力 |
非公開 |
411キロワット |
3 事実の経過
のりくらは、ウォータージェット推進装置を有する軽合金製の中央船橋型巡視船で、船長N、航海士Oほか18人が乗り組み、ワールドカップサッカー大会開催中の原子力発電所に対するテロ対策一環の任務に就き、石川県志賀原子力発電所前面海域警戒の目的で、船首1.80メートル船尾1.60メートルの喫水をもって、平成14年5月29日15時00分同県金沢港の基地を発し、同海域に向かった。
N船長は、16時00分前示海域に至り、一班5ないし6名構成の航海当直による4時間交替3直制をとり、航行しながら警戒業務を行い、翌30日12時40分福浦灯台から315度(真方位、以下同じ。)0.6海里の地点において、水深22メートル底質砂の海底に、正船首から140キログラムのダンホース型錨を投じ、所定の形象物を表示のうえ、径22ミリメートルの錨鎖4節を延出して錨かきを確認し、機関を2分間始動態勢のスタンバイ状態として、同時50分航海科1名ほか1名を船橋配置とする1時間交替制の停泊当直を開始し、警戒業務を続けた。
O航海士は、16時40分通信士とともに停泊当直に入り在橋中、南南西方に向首しているとき、同時48分半3海里レンジとした警備救難情報表示装置により、右舷正横付近2海里に、豊洋丸の映像と6分間の航跡とを認め、同船が自船に向首進行していることを知った。
16時53分少し過ぎO航海士は、右舷正横1.0海里に、豊洋丸が同じ態勢のまま接近中であることを認め、汽笛の長音吹鳴による注意喚起信号を始め、その後同信号の吹鳴間隔を短縮して継続した。
こうして、16時56分N船長が汽笛音を聞いて昇橋し、その後汽笛の短音連続吹鳴に切り替え、船外マイクを豊洋丸に向け音声を加えるよう指示し、同船に対する警告を繰り返したが効なく、のりくらは、16時58分前示錨泊地点において、208度に向首した右舷船首部に、豊洋丸の船首部が直角に衝突した。
当時、天候は曇で風力4の南西風が吹き、潮候は下げ潮の初期であった。
また、豊洋丸は、沖合底びき網漁業に従事する中央船橋型のFRP製漁船で、A受審人ほか5人が乗り組み、かけ回し式漁法による操業の目的で、船首0.80メートル船尾2.50メートルの喫水をもって、同月29日21時00分石川県福浦港を発し、同港北西方沖ノ瀬付近の漁場に向かった。
A受審人は、23時ごろ漁場に至って操業を行い、その後1,000キログラムの漁獲となったところで操業を止め、翌30日16時20分福浦灯台から299度8.3海里の地点を発進すると同時に、針路を118度に定め、機関を全速力前進にかけ、自動操舵により12.5ノットの対地速力で進行した。
ところで、A受審人は、航海当直に当たるとき、機関音及び運転中のウインチ等の発する音が大きいので、船橋後部両舷の出入口各扉を閉めて航行することにしていた。
A受審人は、GPSによる2ないし3日前までの航跡を表示させたレーダーを6海里レンジとして、船橋左舷側前面付近に立ち、船首甲板上で行われていた魚選別作業を見たりして航海当直中、16時53分少し過ぎ福浦灯台から303度1.6海里の地点に達したとき、正船首方1.0海里に、のりくらを認め得る状況であったが、これまでの長年の経験から前路に停止模様の船舶はいないものと思い、前路の見張りを十分に行うことなく、左舷船尾側出入口の扉を開き、後方を向き甲板長と漁具整備について打合せを始め、その後のりくらに向首進行していることに気付かなかったので、同船を避けずに進行した。
こうして、A受審人が、打合せを終え前示の扉を閉めて間もなく、16時57分半ごろ汽笛音とマイクの音声を聞き、船首方至近にのりくらを認め、同時58分少し前機関を全速力後進にかけたが及ばず、豊洋丸は、原針路のまま約5ノットの速力で前示のとおり衝突した。
衝突の結果、のりくらは右舷船首部外板に破口を伴う凹損及び同部ハンドレール等に曲損を、豊洋丸は船首部に損傷を生じたが、のちいずれも修理された。
(主張に対する判断等)
本件は、石川県福浦港西方沖合において、警戒業務目的で錨泊中ののりくらと帰港目的で航行中の豊洋丸とが衝突したものである。原因として、豊洋丸の見張り不十分により、同船がのりくらを避けなかった点については明白である。
しかし、A受審人に対する質問調書中、「のりくらが錨鎖を延ばすとか機関を使用して後退してくれれば衝突を避けられる可能性がある。」旨の供述記載と、同人の当廷における、「長年の入航経験上、のりくらの錨泊地点付近に停止模様の船舶を認めたことがなかった。」旨の供述がある。また、豊洋丸側補佐人から「のりくらの錨泊地点が出入港進路線付近であった点と、船長が昇橋中なので、海上衝突予防法第39条の船員の常務として、機関を微速力後進にし、錨鎖を約1.5節延ばす動作をとれば、のりくらの船首方向を豊洋丸が通過し、衝突は避けられたと考える。」旨の指摘がある。
よって、以下、錨泊地点選定の適否と、のりくらの衝突回避可能性の有無との2点について検討する。
1 錨泊地点選定の適否
A受審人の経験に照らし、プレジャーボートを含む一般の船舶が同地点に錨泊又は漂泊するような状況を予見することが困難であったから、衝突の原因として検討する要因にはなる。しかし、本件の場合、次の(1)(2)によって、のりくらの錨泊地点選定の適否は、原因とならない。
つまり、機関操作を行って錨鎖を延出するのに船首部に人員を送る等、時間的にも余裕はなかった。さらに、仮にのりくらが少々後退しても、衝突箇所がのりくらの船首方向に移動するか又は同船の錨鎖に衝突する可能性が残されており、のりくらに衝突回避の可能性があったとは認められない。
(原因)
本件衝突は、石川県福浦港西方沖合において、帰港目的で航行中の豊洋丸が、見張り不十分で、警戒業務目的で錨泊中ののりくらを避けなかったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、石川県福浦港西方沖合での操業を終え、同港への帰港目的で航行中、航海当直に当たる場合、錨泊中ののりくらを見落とさないよう、前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、これまでの長年の経験から前路に停止模様の船舶はいないものと思い、前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、のりくらの存在に気付かず、同船を避けずに進行して衝突を招き、のりくらの右舷船首部外板に破口を伴う凹損及び同部ハンドレール等に曲損を、豊洋丸の船首部に損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。