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2001/01/15 毎日新聞朝刊
[社説]治水対策の転換 今こそ総合施策を充実させよ
 
 1896(明治29)年の河川法制定以来、営々と続けられてきた治水事業が全面的に見直されることになった。川の流れを力でねじ伏せるのではなく、川の自然と共存を図り、洪水をも甘んじて受け入れる。北風と太陽の話を思い起こさせるような大転換。昨年末、河川審議会が建設相に出した答申がきっかけだ。
 明治以来の治水の思想は、洪水を防ぐため、降雨は早く、安全に、海に流すことに主眼が置かれてきた。河川はなるべく蛇行させず、直線的に流れるように改修する。流量調整のためダムを建設し、両岸には強固な連続堤防を築いて水を封じ込める。自然環境や景観の保全は、二の次にされた。
 東京の隅田川の“カミソリ堤防”や川底までをコンクリートで固めた“コンクリート三面張り”の川が誕生したのも、そのためだ。
 だが、都市化による土地利用の急激な変化や森林伐採が進み、河川には雨水が一気に流入し出した。さらなる安全を求めて堤防を強化しても、増大する危険には追いつかない。
 この間、「氾濫原(はんらんげん)」と呼ぶ洪水の際に浸水が及ぶ範囲では、堤防に守られているとばかり街づくりや社会投資が進んだ。氾濫時の被害は、昔とは比較にならぬほど増大した。堤防が堅固になればなるほど、決壊時のダメージが大きくなった。追い打ちを掛けたのは、地球温暖化と異常気象に伴う集中豪雨の多発である。
 構造物による治水対策には、際限がない。資金や技術にも限りがある。結局、自然にはかなわない。そのことに1世紀を経て気がついたのが、今回の方針転換というわけだ。
 これからは川はあふれることを前提に、危険地域を盛り土でかさ上げしたり、住宅地や田畑を堤で囲む「輪中(わじゅう)」を復活させる。昔から伝わる水害防止林の整備を進め、河川への雨水の急激な流入を防ぐ調整池や、特に洪水被害を受ける地区での移転なども検討していくという。
 かつて武田信玄や加藤清正らは、川の流れに逆らわず、わざと特定の土地に氾濫させたり、洪水の勢いをそぐことで水を治めた。先哲の知恵の深さに、ようやく気が付いた結論とも言えそうだ。
 米国では1993年のミシシッピ川の大洪水を契機に、水害対策のソフト路線への転換を図った。ドイツ、オランダも95年のライン川水害以後、見直しを進めている。その成果が伝えられている今、治水対策の転換に踏み切るのは当然であり、むしろ遅きに失した感は否めない。
 それどころか、欧米が「ダム建設の時代は終わった」と相次いで治水を見直した後も、同審議会は従来の手法を追認。より堅固で資金もかかる幅広のスーパー堤防の重点整備を打ち出してきた。同審議会メンバーや建設行政担当者には猛省し、責任の所在を明確にするように求めたい。対策に膨大な税金が注がれているだけに、180度の転換を手放しで評価はできない。
 今後は、緻密(ちみつ)なハザードマップの作成、避難計画の整備、河川の監視態勢の充実、さらには洪水保険の検討といったソフト面での対策に万全を期さねばならない。省庁再編で総合的な施策を講じやすくなったはずの国土交通省のリーダーシップに期待したい。
 
 
 
 
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