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1997/09/02 毎日新聞朝刊
[深層]徳島・木頭村「細川内ダム」計画 藤田恵村長、審議委へ参加を表明
 
 約30年間にわたり、建設省の方針に村を挙げて反対している徳島県木頭村の「細川内ダム」計画が、新たな段階を迎えることになった。藤田恵村長が8月6日、円藤寿穂・徳島県知事との会談で条件付きながら、事業を「再評価」するダム審議委員会への参加に合意。年内にも審議委が発足する見通しとなったのだ。これを受けた形で、建設省は同26日、事業の一時休止を発表した。村側が一転して審議委への参加を表明した背景には「透明性のある審議委を通じて、公共事業の再評価システムの欠陥をあぶりだしたい」という思いがある。「一時休止」の決定は、この思いにさらに弾みをつけた格好だ。
【桜井由紀治】
 「建設にお墨付きを与えるだけ」と藤田村長が委員就任を拒否し、対象の全国13事業のうちただ一カ所、審議委が設置されず、こう着状態だった細川内ダム問題。動きが活発化し始めたのは今年2月、亀井静香建設相が「在任中に決断する」と発言してから。4月には2年5カ月ぶりに藤田村長と円藤知事のトップ会談が再開、先月の基本合意まで3回協議を重ねてきた。この間、村は審議委参加の条件として、委員選任を建設省からゆだねられている知事に、人選についての注文やダム工事事務所撤去など8項目の要望を提出した。
 背景には、既設の全国12カ所の審議委の実態が「建設省からのデータだけで審議されたり非公開で行われた末、建設容認の答申や意見がほとんどだった」という強い不信感があった。
 このため、藤田村長は「公平な審議が望めるよう、学識委員の半数を村に選出させるべきだ」と主張。委員に環境学、社会学、民俗学の学者を含めることを求め、円藤知事もこれらの条件を基本的に承諾した。
 国も譲歩した。「ダム建設反対を無視し続けた象徴」と村が撤去を訴え続けていたダム工事事務所の「廃止」を亀井建設相が今年6月明言。予算化された事業の工事事務所が撤去されるのは異例のことだ。
 数々のハードルがクリアされ、村側は「透明性のある審議委の条件がほぼ整った」と判断。県側の委員人選結果を見極めたうえで審議委入りする方針に転換した。藤田村長は「国という巨大な権力と同じテーブルで議論し合っても、人口2000人足らずの過疎の村が勝てるわけがない。8項目の要望は対等に渡り合うためにも必要だった」と言う。
 国、県からの譲歩は、公共工事を減らされる“兵糧攻め”に耐えダム反対を訴え続けた村の“鉄の意志”のたまものだが、村にとっての正念場はこれからだ。
 建設省河川局開発課は「工事事務所撤廃は、“村長からの審議委参加の条件”をのんだまで。計画の是非は、あくまで審議委の協議で判断する」と述べ、計画がスタート時点に戻っただけだと強調。
 「一時休止」も、ダム建設推進にかかわる予算を付けないよう求めた村の要望通りの結果で、「審議委の結果が出るまでの暫定措置」と言う。円藤知事も「代替案がなければ、ダム建設もありうる」と依然として推進姿勢を崩していない。
 今後の焦点となる審議委の進め方について、藤田村長は「一般公開」を主張。100年に1度の大洪水を想定しダム建設を迫る建設省に対し、ダムに投じる費用の10%を森林回復に充てれば、「緑のダム」の保水力で災害は防止できる、と訴えていく。必要なデータも建設省にすべて提出させ、情報公開を促す構えだ。
システム再構築を
公共事業に詳しい五十嵐敬喜・法政大教授(立法学)の話
 委員を公平に人選し情報公開もしっかりした審議委なら、ダムは不要であることが明らかになるはず。木頭村の成果は、建設省押しつけの公共事業の評価システムを見直させた点でパイオニア的といえる。
今後は「細川内ダム審議委」をモデルにし、全国で公共事業の評価システムを再構築していくべきだと思う。
◆細川内ダム
 高さ105メートル、総貯水量6800万トンの多目的ダム。貯水池面積は村の1%、200万平方メートルで、ダムが完成すると約30戸が水没する。建設省が1972年に実施計画調査を始めたが、「ダムで地区が分断され、過疎に拍車が掛かる」「環境が破壊される」と村挙げての反対運動が続いている。
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