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2004.03.27 シンポジウム長崎 岩永竜一郎
 
自閉症・アスペルガーの人(子ども)たちの生活のしづらさと彼らへの具体的な支援策〜それぞれの立場からの提案
―特別支援教育推進体制モデル事業巡回相談員、作業療法士の立場から、長崎市における支援の現状と今後について―
長崎大学医学部保健学科
岩永竜一郎
 
はじめに
 広汎性発達障害(PDD)児への支援について長崎市の現状を説明し、演者が行っている特別支援教育推進体制モデル事業における巡回相談員としての支援と作業療法支援について、その支援内容と活動の中で見えてきた点について私見を述べる。
 
1. 長崎市における高機能PDD児への対応
(1)長崎市における高機能PDD児に対する各分野の支援機関・団体
●親の会:自閉症協会、学習障害児親の会(のこのこ)
・教師・医師・保護者の勉強会
・アスペルガー症候群に関する勉強会
●教育関係機関:長崎市教育委員会
・特別支援教育体制モデル事業の実施
●療育機関:障害児デイサービス事集(幼児のみ)
●医療機関:長崎市障害福祉センター診療部
●民間支援機関:YMCA
●自閉症・発達障害支援センター(平成16年10月頃開所予定)
(2)今後の支援のための新たな活動計画
●親の会:自閉症・アスペルガー症候群に関する勉強会。
●教師の自主的活動:特別な支援の必要なこどもについての教師の勉強会。医師、作業療法士、その他の支援者も参加。
●長崎市教育委員会:「軽度発達障害に関する研修会」を開催し市内の全小中学校全教師に参加を義務づける。
●作業療法士:小学校を基点とした集団療育、平成16年度は、長崎市の2つの小学校で、休日に作業療法士によるグループ指導を展開する。徐々に活動場所を増やす予定。
 
2. 特別支援教育推進体制モデル事業巡回相談員の立場から
 演者は、特別支援教育推進体制モデル事業において専門家委員、巡回相談員として活動している。PDD児の学齢期の支援について、巡回相談を通して気付いた点について述べる。
(1)特別支援教育推進体制モデル事業とは
・特別支援教育とは、従来の特殊教育に代わる教育方法で、学校内にいる特別な支援の必要な子ども全てを対象とする。文部科学省の調査では通常学級に6.3%の特別支援教育対象児(LD、ADHD、PDD)が存在する可能性が指摘されている。特別支援教育では特殊学級在籍児のみでなく、通常学級に在籍する高機能PDD児も支援の対象となる。
・全教師が特別支援教育を実践しなければならず、全教師が発達障害児に対する知識と対応を身につける必要がある。
・各学校に特別支援教育のための校内委員会が設置される。特別支援教育コーディネーターが教師の中から指名され、校内委員会の中心的役割、校内の特別支援教育対象児の教育において中心的役割を担う。また、コーディネーターは外部支援機関との連携をとる。
・平成15年度から各都道府県でモデル事業が実施されている(長崎県は長崎市、佐世保市、国見町がモデル地域)。
 
(2)巡回相談員の活動内容
 巡回相談員(演者ら)は、依頼があった学校に出向き、次のような支援を行う。
・全教師への発達障害についての説明。
・生徒の評価(教師からの情報収集、観察、検査)
・校長への児の状態と支援方法の説明。
・担任教師への状態説明、指導方法についての協議。
・保護者への説明。保護者への専門機関、親の会の紹介。
・問題に気付いていない保護者への説明。
・学校外での詳細な検査・保護者へのアドバイス、フォロー。
 
(3)巡回相談に挙げられたPDD児の問題
 巡回相談に挙げられたPDD児の子どもの担任から次のような問題が挙げられた。これらには教師がPDD児の特徴と思っていなかったものも多かった。これらは教室の中でPDD児の存在に気付くために役立つと考えられる。
対人関係面
・一人遊びが多い。
・勘違いによるトラブルが絶えない。
・いじめを受けている。嘲笑の対象になっている(本人は気付いていない)。
・他の子どもが嫌がる言葉を発して嫌がられているのに気付けない。
・他の子どもが優しくしているのにわからない。
・集団遊び、スポーツに参加したことがなく、ルールも知らない。
・教師とは関係が取れるが子どもとは遊べない。
行動面
・落ち着きがない、クラスから飛び出す。
・先生の話を聞いていない。
・空想に浸っている
・一番にならないと怒る。
・過去のトラウマからくるフラッシュバックでパニックになる(中学生)。
感覚面
・非常ベルなどの音で不安定になる。騒々しいところを避ける。
・手が汚れるのを嫌う。
生活面
・偏食のため給食をほとんど食べない。
学習面
・文字が雑。文字のバランスが悪い。
・漢字の筆順を教えると怒る。筆順の変更ができない。
・作文ができない。
・計算はできるが文章題が苦手である。
・掛け算から割り算への思考の変換に苦労した。
・独特の絵を描く。
・体育が苦手、不器用、球技など集団活動は避ける。
その他
・不登校(相談ケースの半数以上は高機能PDDの特性を持っていた)
 
(4)学校におけるPDD児の周囲の人の反応による2次的問題
高機能PDD児に関わっている教師が陥りやすい状況
・成績やIQ(知能)がよければ、EQ(心の知性)の低さに気付かない。
・性格の問題だと捉える。
・ふざけ、わがまま、不躾と感じる。
・できないのは努力不足と捉える。
・そのうち良くなると思う。
・大きな障害ではないと思う。
高機能PDD児の周りの子どもが陥りやすい状況
・反応が変わっているのでからかう。
・ばかにする。のけものにする。いじめる。
・見た目で障害が分からないので支援する対象とは認識できない。
・PDD児がとった非常識的行動が理解できず、怒ったり、攻撃したりする。
高機能PDD児の2次障害
 高機能PDD児は、周囲の人の誤解、間違った対応によって重度の2次的障害を被っている。不安、抑うつ、ひきこもり、被害意識、フラッシュバックによるパニックなどは周囲の不適切な関わりによって深刻化したものが多い。高機能PDD児・者は元来の脳機能障害は軽度であっても、社会的問題は深刻であり、本人が感じている苦悩は重度障害と言われる人よりも大きいことが多い。学校生活の中で、適切な対応がなされれば子どもは大きく成長するが、間違うと問題は大きくなる。学校での間違った対応は子どもの心に一生消えない傷を作ることもある。
 
(5)学齢期の支援の重要性
 以上から分かるように、PDD児の学齢期における周囲の理解、適切な対応は必要であることは間違いない。教師が子ども一人一人を見つめ、正しく理解し、子どもに必要な支援を実践していくことが、PDD児の明るい未来を築くことになると考える。
 なお、高機能PDD児の保護者の多くは、自身の子どもが何となく変わっていると思っていても発達障害であると認識することができない。教師が発達障害児を早期に発見し、必要な支援につなげることは重要である。
 
3. PDD児に対する作業療法
 演者は作業療法士として療育機関などで、PDD児に作業療法を実施したり、ボランティア活動としてPDD児の指導を行っている。ここではその中の2つを紹介する。
(1)感覚統合療法
・感覚過敏・感覚防衛に対するアプローチ:触覚防衛、重力不安、聴覚過敏など、感覚刺激に対する反応を改善したり、生活上の配慮を指導したりする。
・感覚欲求を充たすためのアプローチ:子どもの感覚刺激に対する反応を厳密に評価し、子どもが求めている触覚、固有受容感覚、前庭感覚などを提供し、感覚欲求を充たし情緒面の安定などに役立てている。
・感覚刺激を使ったコミュニケーション:相手に注意が向きにくい子どもに対して、触覚、固有受容感覚を取り入れたコミュニケーションを適用して、他の人への注意、コミュニケーションマインドを育てていく。
・不器用に対するアプローチ(運動企画、協調運動を伸ばす):触覚、固有受容感覚などを用いて、身体図式を確立させたり、感覚運動課題で不器用を改善する。環境と自分の関係を教えていく。
 
(2)グループ作業療法
・月2回休日などに実施している。
・高校生(ADHD児、PDD児)と小学生(PDD児)の組み合わせ:高校生には小学生をまとめたり、指導したりしてもらう
・心の理論を育てる課題
・学校ではやっている遊びの再現:ドッヂボール、ゲームなど
・ソーシャルスキル訓練
・問題行動の抑制:活動中のルール作り
グループ作業療法の成果
 子どもたちは、集団活動を楽しみにしており、活動の場が心を安らげる場所、自信を持てる場所になっている。また、活動で得たスキルは学校生活においてプラスに働いている。他児との遊びが増えた、スポーツ活動への参加ができるようになった、明るくなったなどの報告があった。グループ内の子どもたち、親同士の交流は深まっており、お互いに会うことを楽しみにしている。
 
(3)それぞれの地域におけるグループ活動の必要性
 子どもたちの特性に合わせた集団活動は、子どもたちの心理的安定、自尊心の育成、社会的スキル獲得、子ども同士・親同士の仲間作りに役立つため、それぞれの地域で小集団活動を展開していくことが望まれる。これらの活動は、現在だけでなく将来に向けて、子どもと家族の仲間作り、余暇活動グループの形成も視野に入れて行うべきであると考える。
 
4. 長崎市でのPDD児・者支援における残された課題
●支援機関の受け皿の狭さ(学齢期のデイサービス事業は行われていない、思春期、成人の支援機関が不足している)。
●専門家の不足、未熟、誤指導。
●学校における障害児への理解の遅れ、特に中学校、高等学校。
●PDD児に適した教育機関の不足。
●生涯にわたる継続的支援をする機関・システムがない。







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