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I. まとめ
 本年度のカンボジア王国におけるメコン住血吸虫症対策援助計画では、2003年4月24日から5月8日の期間、松田 肇・大前比呂思・桐木雅史の3名が派遣され、Kratie省の6地区において血清疫学調査を実施した。このうち3地区においては糞便検査を併せて実施した。また、腹部超音波検査を5地区で実施した。さらに、昨年に引き続き中間宿主貝を採集し、メコン住血吸虫の実験室内維持のために獨協医科大学・熱帯病寄生虫学教室に持ち帰った。
 血清疫学調査は、現地で短時間(約60分)に結果の得られる迅速ELISAでメコン住血吸虫の虫卵抗原に対する特異抗体価を測定した。その結果、小学校児童などの若年者の抗体陽性率はAchen 25.7%(27/105名)、Kompong Krabei 45.1%(23/51名)、Kbal Chuor 59.4%(60/101名)、Sambok 31.1%(32/103名)、Talous 8.8%(12/136名)、Hanchey Leu 13.5%(12/89名)であった。
 糞便検査は、Kratieからそれぞれ約5km、30km下流に位置し、集団駆虫の対象地域外であったTalous、Hanchey LeuにおいてKato-Katz法(各101名、149名)およびフォルマリンデタージェント法(各22名、143名)により実施した。また、Achenで3名の糞便の他、水牛6検体、ウシ21検体の糞便を採取し、フォルマリンデタージェント法により検査した。Kato-Katz法では虫卵陽性者は見い出されなかったが、フォルマリンデタージェント法ではHanchey Leuで2名、Talousで1名の虫卵陽性者が見い出され、いずれも迅速ELISAにおいても陽性であった。この結果は感染率の低い地域での一次スクリーニングとして迅速ELISAが有効であることを示唆している。
 地域の本症感染頻度が低下すると糞便検査での虫卵検出は困難になる。ラオスでは糞便検査の結果に基づいてメコン住血吸虫症対策(praziquantelによる集団駆虫)を終了したが、現在ではKhong島周辺で再びメコン住血吸虫症が猛威を奮う状態となっている。このように、同じ轍を踏まないためにも、地域の感染リスクをモニタリングするうえで血清診断は有効であると考えられる。
 メコン住血吸虫症の高浸淫地と判断されるAchen、Kompong Krabei、Ampilteuk、Samboの4村落(計366人)と、低浸淫地と思われるChhlong(117人)の居住者を対象として、超音波検査を行った。検査の結果、高度浸淫地の住民と軽度浸淫地の住民とでは、超音波検査所見に明らかな違いがみられた。この結果から、マンソン住血吸虫症や日本住血吸虫症で報告されているように、メコン住血吸虫症においても、超音波検査はmorbidity studyに利用できると考えられる。
 血清診断において、診断目的の寄生虫以外の要因で惹起された抗体が非特異的に寄生虫抗原と結合する交差反応が問題となる。この交差反応を除くために過ヨウ素酸ナトリウム(SMP)処理により、非特異的な交差反応に大きく関与していると考えられている糖鎖の抗原性を失活させて、血清診断法の特異性を高める方法(SMP-ELISA)が考案されている。これまでにマンソン住血吸虫症の血清診断で有効であるという報告がある(Alarcon de Noya、et al.、2000)。今回SMP-ELISAのメコン住血吸虫症診断への応用を試みた。メコン住血吸虫症の患者群と非患者群の血清について実施した結果SMP処理を行わないELISAで非患者群の中で突出した抗体価を示す検体の抗体価が、SMP-ELISAでは減少し、患者群の抗体価の分布との重なりがなくなった。このことからSMP処理が非特異的反応の抑制に効果があるものと考えられる。さらに検討を重ねて特異性および感度の高い診断法の開発を目指したい。
 国立マラリアセンター(プノンペン)で住血吸虫症の血清検査を実施できる態勢を確立することを目的に、2004年1月11日から1月28日の期間、桐木雅史が派遣された。血清検査に用いる主要な器材と薬品は世界保健機関・西太平洋事務局(WPRO)から、また一部の器材は獨協医科大学から提供された。指導の対象となった4名の技術員は科学実験の経験がなく、また実験室も新たに用意されたばかりの部屋であったので、技術員にELISA法を指導すると同時に、実験室環境の整備にあたった。技術員は熱心に取り組み、徐々にではあるが実験の手技や考え方を理解し、実行できるようになった。現時点で一通りの作業を実施する環境はできたと考えられる。しかし、大量の検体を高い精度で検査するためにはさらに修練を重ねることと、実験室の設備の充実が望まれる。
 現在、同国で毎年実施されているプラジカンテルによる集団駆虫が開始された1995年には、住民の70%が虫卵陽性者であり、多数の腹水貯留が著しい晩期住血吸虫症患者が見られた。しかし、近年の国家プランに基づいた集団駆虫による成果は著しく、重症患者は少なくなり、住民の感染率は5%にまで激減した。本症の制圧を目指して更にモニタリングと集団駆虫を継続する必要がある。
 
1. 両国研究者の構成
<カンボジア側>
主任:Dr. Duong Socheat
Director, National Malaria Centre
National Schistosomiasis Control Programme
Ministry of Health
 
研究者:Dr. Muth Sinuon
Manager, National Schistosomiais Control Programme
National Maralia Centre, Ministry of Health
 
Dr. Cheam Saem
Director, Kratie Provincial Health Office
 
<日本側>
主任:松田 肇 獨協医科大学教授
 
研究者:松田 肇 獨協医科大学教授
 大前比呂思 筑波大学講師
 桐木 雅史 獨協医科大学助手
 
2. 実施内容
 本年度のカンボジアにおける住血吸虫症調査では、2003年4月24日から5月8日までの期間、松田肇、大前比呂思、桐木雅史の3名が派遣された。今回はKratie省の6地区において4月28日から5月3日にかけて小学生児童を中心として採血をおこなった。採血した検体は現地で迅速ELISAによりメコン住血吸虫虫卵抗原に対する特異抗体価を測定した。このうちの3地区については一部糞便検査もおこなった。また一般住民の腹部超音波検査は5地区で実施した。
 今回血清疫学調査はAchen(AC)、Kompong Krabei(KK)、Kbal Chuor(KC)、Sambok(SBK)、Talous(TL)、Hanchey Leu(HL)の6地区で実施した。採血は主として小学校児童と超音波検査の被験者についておこなった。血液検体数はAC:125(105)、KK:104(51)、KC:131(101)、SBK:111(103)、TL:148(136)、HL:95(89)であった。なお、上記の( )内の数字は被検者のうちの児童(AC、KC、SBK)または20歳未満の若者(KK、TL、HL)の被検者数を示した。
 糞便検査はHL、TLにおいてKato-Katz法(101名、149名)およびフォルマリンデタージェント法(22名、143名)により検査した。また、ACで3名の糞便の他、水牛6検体、ウシ21検体の糞便を採取し、これらもフォルマリンデタージェント法により検査した。
 腹部超音波検査は、メコン住血吸虫症の高浸淫地AC、KK、Ampilteuk、Samboの4村落と、低浸淫地と思われるChhlongの居住者を対象として実施した。検査数はAC:72、KK:102、Ampilteuk:104、Sambo:88、Chhlong:117であった。
 中間宿主貝はKlokorにて採集した。採集した貝は獨協医科大学に持ち帰り、メコン住血吸虫の実験室内維持・実験に用いている。現在も住血吸虫の生活史の維持は継続し、血清診断用の抗原を供給する体制が整った。
 
 より信頼性の高い血清診断を行うため、SMP-ELISAについて検討した。血清診断法の特異性を低下させる原因となる非特異的な交差反応には糖鎖が大きく関与していると考えられている。SMP-ELISAは過ヨウ素酸ナトリウム(SMP)により糖鎖を酸化して抗原性を失活させることにより交差反応を抑えて、血清診断法の特異性を高める方法である。これまでにマンソン住血吸虫症の血清診断で有効であるという報告がある。今回はメコン住血吸虫症の血清診断への応用を試みた。
 
 国立マラリアセンター(プノンペン)への免疫診断法の技術指導のため2004年1月11日から1月28日までの期間、桐木雅史が派遣された。主要な器材および試薬はWPROから、また一部の器材は獨協医科大学から提供された。4名のCNMスタッフに対しメコン住血吸虫虫卵抗原を用いたELISA法の指導をおこなった。
 
桐木 雅史、松田 肇
1. 迅速ELlSAを用いた疫学調査
 今回の疫学調査はKratie省の6地区を対象におこなった。すなわちKratieの上流に位置し、本症の浸淫度の強い4地区(上流からAchen(AC)、Kompong Krabei(KK)、Kbal Chuor(KC)、Sambok(SBK))と、Kratieの下流に位置し本症の浸淫度の低いTalous(TL)、Hanchey Leu(HL)を対象とした。昨年に引き続き全血を用いて迅速に結果を得ることのできる迅速ELISAを実施した。この検査に必要な10μlの血液は、ランセットで穿刺した指先からマイクロピペッターを用いて採取し、直ちに96穴深底プレートのウェル中でヘパリン入りの希釈溶液に懸濁した。HLでは調査をした小学校において、その他の地区については検体をKratieの研究室に持ち帰り迅速ELISAを実施した。検体数および陽性率をTable 1に、ELISA値の分布をFigure 1に箱ヒゲ図で示した。図中に箱ヒゲ図の読み方を併せて示した。また、各調査地の位置と陽性率をFigure 2に示した。抗体陽性率はKratie以北の4地区(AC、KK、SBK、KC)では28%〜51.1%と未だに高い傾向がみられた。特にKCの小学生児童では59.4%と非常に高く、未だに本虫との接触の機会があることが示唆される。一方、Kratie下流の2地区(TL、HL)では9.5%および13.7%と、陽性率は比較的低かった。この結果はこれまでに我々が示してきたメコン住血吸虫症の血清疫学調査結果と一致している。なお、メコン住血吸虫卵抗原を使用した迅速ELISAの結果は通常我々が研究室で実施しているELISA値と有意な相関(P<0.01)を示すことが確認されている。
 カンボジアではメコン住血吸虫症対策の実施により虫卵陽性者は急速に減少していることが国立マラリアセンターの調査により示されている。地域の本症感染頻度が低下して一患者に寄生する虫体数が減少すると、糞便検査で虫卵を検出することは困難になる。ラオスでは糞便検査の結果にもとずいてメコン住血吸虫症の制圧に成功したと判断し対策を終了したが、現在では再びメコン住血吸虫症が猛威を奮う状態となっている。これと同じ轍を踏まないためにも、血清診断で地域の感染リスクをモニタリングすることは有効であると考えられる。
 
2.糞便検査
 糞便検査の結果はTable 2に示した。Kato-Katz法による検査はHL(n=101)およびTL(n=149)において、調査を実施している現場で検査を行ったが全て陰性であった。TLの143検体をKratieに持ち帰ってフォルマリンデタージェント法により検査したところ1名の虫卵陽性者が見い出された。またKato-Katz法による糞便検査で虫卵が検出されなかったHLの101名のうち、迅速ELISAで高いELISA値を示した22名についてフォルマリンデタージェント法により再検査したところ2名で虫卵が検出された。Hanchey Leuは集団駆虫の対象地域外にあり、Kratieから約15km下流に位置する。この結果は感染率の低い地域での一次スクリーニングとして迅速ELISAが有効であることを示唆している。また、高度流行地域においても集団駆虫後は糞便からの虫卵検出が困難になるため、地域の感染リスク評価には、より感度の高い迅速ELISAが適していると考えられる。
 今回、ACで3名の糞便の他、水牛6検体、ウシ21検体の糞便を採取し、これらもフォルマリンデタージェント法により検査したがいずれも陰性であった。
 集団駆虫を主体とした住血吸虫症対策の成果によりヒトの感染率は激減した。この状況で、保虫宿主動物の感染状況を把握することはメコン住血吸虫の生活環の成立を阻止するために重要である。これまでにメコン住血吸虫の保虫宿主となることが報告されているイヌとブタに加えて、水牛やウシなどメコン川に密着した生活を送る動物についてもさらに調査を重ねる必要があると考えられる。







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