1.2 レーダー方式と技術開発動向
現在船舶レーダー用送信素子として使用されているマグネトロンは、構造と動作原理からスプリアスが比較的大きなデバイスとなっている。すなわち、空洞共振器を利用した構造に起因する不要な高調波や、レーダーパルスごとにON/OFFされて発振が発生/停止を繰り返すことに起因する、パルスの立ち上がり/立ち下がりの部分で大きなスプリアスが発生する。このため、マグネトロン自身のみならずその駆動を行うドライバ回路を含めて対策が検討されており、また大型船舶用のレーダーに対してはフィルタの挿入等によって不要波を除去する検討も行われている。
一方、ますます厳しさを増すスプリアス基準値に適合させるには、マグネトロンによらない半導体化された送信機を使用し、新しい信号処理技術と組合せた新方式のレーダーにも期待がよせられている。以下、これら新方式レーダーの概要および諸外国における開発の動向について調査した結果を示す。
(1)パルス圧縮レーダーの概要
単一の周波数を使用する一般的なパルスレーダーにおいて、距離分解能ΔRpとパルス幅tpの間には以下の関係がある。
ΔRp=c・tp/2
従って、距離分解能を向上する場合はパルス幅を短くすればよいが、平均の電力は低下するため探知距離が減少してしまう。パルス圧縮方式は、変調を施した長いパルスを送信に使用して平均電力を確保し、受信時にこのパルスを圧縮して距離分解能を改善することで、この問題を解決している。
図1-1はパルス圧縮レーダーの送信波で、送信パルス内の周波数が時間と共に高くなる周波数変調(FM)がかけられる。同図のように、長いパルス波Twの期間で周波数がΔFだけ偏移する。このような信号をFMチャープ信号と呼ぶ。
図1-1 送信波形
図1-2 パルス圧縮処理と出力特性
物標で反射された電波は、受信機内で図1-2に示すような周波数に対して時間遅延を持たせる処理をPulse compression network(パルス圧縮回路)で行うことにより、パルス幅を圧縮して距離分解能を確保する。処理された出力波形の幅TpはΔFの逆数となり、原パルス幅Twとは無関係に圧縮される。出力パルスの振幅は送信波の(Tw・ΔF)1/2倍に大きくなって受信される。電力では電圧の自乗となるので、Tw・ΔF倍となる。この積をパルス圧縮比と呼び、パルス圧縮処理によって向上する利得を表す。単一周波数の通常のパルスにおいて、実効帯域幅Bpは概ね1/tp(tpはパルス幅)である。従って、パルス幅と帯域幅の積は“1”である。一方、パルス圧縮ではこの積が“1”以上となり、システムの利得が向上するため、低い送信ピーク電力でも探知距離性能を確保することができる。
実際には、このような処理において、圧縮された波形にはサイドローブが存在し、その値は-13.2dBである。これは距離方向の偽像となるので、このサイドローブを低減するために周波数の掃引方法を図1-3のように直線ではなくするような工夫等が行われている。このような方式を「ノンリニアFM」と呼んでいる。
図1-3 ノンリニアチャープ波形
FMチャープ信号の発生およびその検出には幾つかの方法が開発されている。一般には、電気信号を超音波振動に変換して遅延特性を持たせる表面音響波[SAW : Surface Acoustic Wave]遅延線デバイスが普及している。図1-4はその一例である。幅の狭いパルスには広い周波数成分が含まれているので、幅の狭いレーダーパルスをSAWデバイスに通過させると、分散性周波数遅延特性によりFMチャープとなる。これを増幅、整形しレーダー送信波とする。物標から反射された受信波を同じSAWデバイスへ逆方向から通過させると、元の狭いパルス波に圧縮された受信波が得られる。
図1-4 SAWデバイスの例
図1-5 チャープ発生回路の例
SAWデバイスは製造上の精度などに限界があり、近年ではこれらの処理をデジタル演算によって行う方式に置き換わりつつある。図1-5はチャープ発生回路の例であり、波形メモリにチャープ波形を格納し、これを読み出すことで波形を発生する。また、図1-6のようなトランスバーサルフィルタによるデジタル処理でパルス圧縮を行う。
図1-6 パルス圧縮回路の例
図1-7は、パルス圧縮レーダーシステム(リニアFMパルス圧縮)の系統の一例である。
以上のように、パルス圧縮方式は送信ピーク電力を低く抑えることができるため、耐圧が低く高いピーク電力を得ることが容易でない半導体化送信機も使用可能となり、従来のようにマグネトロンを使用することなくレーダーシステムを実現できる可能性がある。
図1-7 パルス圧縮レーダーシステムの系統例
COHO: コヒーレント発振器 STALO: 安定化局部発振器 |
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