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第2章 日台関係強化のメリットとデメリット
1. 米国は台湾をどう位置づけているか
《米国のアジア太平洋経済覇権》
 日台関係強化のメリット、デメリットを考える場合、米国の関与を抜きにすることはできない。したがって、まず米国が台湾の地位をどう認識し、中台の関係をどう調整しようとしているかを検証してみたい。
 米国は従来から東アジアの安定を前提に、台湾の地位については一貫して「現状維持」を主張している。台湾は民進党政権といえども、米国の意向に逆らって突然独立に走ることはできない。米国の主張の意味するところはとりも直さず、中国の台湾併呑、実力行使は黙過しないということである。
 米国はこの主張を内外に明確にするために、中国との国交を開いたあとも、台湾関係法によって台湾への政治的、軍事的な介入を保障してきた。米国が台湾を尊重するのは、東西冷戦の時代は共産主義に対抗し自由陣営を守る橋頭堡として、冷戦が終結した1990年代以後は共産党独裁に対して民主主義という同じ価値観を有する同志として、中国に対峙する戦略的、政治的な価値を重視しているためである。
 米国にとって1980年代以降、アジア太平洋地域の重要性は一段と増してきている。80年代半ばに、中国、日本、韓国、台湾、ASEAN(東南アジア諸国連合)などへの太平洋をまたぐ貿易総額が西欧、アフリカなどへの大西洋をまたぐその額を超え、太平洋の覇権は米国にとって死活的な問題になった。その結果、環太平洋諸国の協力関係強化を目指すAPEC(アジア太平洋経済協力会議)を重視し始めたのである。
 1993年7月に訪日したクリントン前大統領が、早稲田大学の講演で「新太平洋共同体(PC)」を提唱し、それに基づき同年11月には米国主導のもと、シアトルで初のAPEC非公式首脳会議を開いたのは、アジア太平洋重視の表れである。この93年の時点で、すでに太平洋貿易額は大西洋のそれの1.5倍に達している。
 
《台湾巡る米中の太平洋覇権争い》
 初の台湾民選総統選挙を控えた1996年の中台危機の時に、クリントン政権が台湾海域に空母機動部隊を送って中国側に自制を求めたが、これは当時、米国が発展しつつあった対中国経済関係へのマイナス影響を考えたとき、民主党政権としてはかなり大胆な行動であったともいえる。しかしながら、台湾防衛の揺るぎない意思を示すことの方が、太平洋の覇権をにらんだアジア戦略の中で、より重要であるとの判断をしたからにほかならない。
 背景にはもちろん、1995年のジョセフ・ナイ報告「米国の東アジア戦略構想」でも示されたように、中国が経済発展の一方で、引き続き軍事力、特に海軍力や中長距離ミサイル網を強化して、軍事大国化への道を突き進んでいること、さらに、台湾との統一問題に関して「武力行使」を否定していないことに対する警戒心がある。
 台湾が中国の支配下に入ったなら、中国の海軍力が太平洋へ直接進出する道が開かれる。中国は同海域への影響力を増し、南シナ海も中国の支配下に入ることが予想され、そうなれば米国の国益を損なう恐れもある。
 ブッシュ政権になってからも米国は太平洋重視、それに伴う中国への警戒姿勢を変えていないばかりか、むしろよりその傾向を強めた感さえある。クリントン政権は中国に一定の理解を示し「戦略的パートナー」などという言い方をしていたが、ブッシュ政権はこれを「戦略的コンペティター」あるいは「戦略的ライバル」との言い方に換えた。中国へのさらなる警戒心の延長上で、台湾の存在を地政学的、戦略的観点から見る傾向を前政権より強めている。
 確かに、9.11テロの結果、ブッシュ政権は、テロの撲滅という当面の課題に対処するため中国への対応を若干変えてはいるものの、根底には中国への警戒心、台湾の存在意義への認識は変えていないと考えられる。
 
2. 日本に対する台湾の地政学的位置
《ASEANは中国を抑止できない》
 日本は、台湾問題を考えるとき、日本の国益、それに基づく戦略から出発しなくてはならない。台湾海峡、バシー海峡を通過して日本に来る原油は年間1億7500万トン。日本にとって、南シナ海は中東からエネルギーを運ぶ大動脈である。また、太平洋は米国など環太平洋諸国からおびただしい物資が運ばれる重要航路である。
 日本は地政学上、米国よりさらに台湾との結びつきが大きく、利害関係を共有しているといえる。したがって、台湾との政治的関係を確保、さらにレベルアップさせることは、日本の国益に結びつくと認識しなければならない。中国は近年、海軍力を増強し、沖縄海域にしばしば調査船を遊弋させているほか、南、東シナ海沿岸部に対台湾、日本をにらんだ中距離ミサイルを400基以上配置しているとされる。
 中国との間に南シナ海上の領土問題を抱えるベトナム、フィリピン、マレーシア、あるいはASEAN全体を見ても海軍力は乏しく、同海域でとても中国に対抗する力を有しない。むしろ、ASEAN各国は自前の集団防衛体制が不十分と見て、かねての懸案である南シナ海諸島の領有問題で中国との調整を図った。
 2002年11月、プノンペンで開かれたASEAN首脳会議では、南シナ海海域での中国・ASEAN間の信頼醸成促進をうたった「南シナ海における関係国の行動宣言」が署名されるとともに、2003年12月17日、バリ島で開催されたASEANプラス3の首脳会議の際には、領土保全、武力不行使なども含めた中国とのASEAN友好協力条約も調印されている。
 このようなASEANには中国への抑止力を期待できない。その点、幸いなことに南シナ海南沙諸島(スプラトリー)最大の島である太平島や東沙諸島(プラタス)は台湾軍の支配下にあり、台湾海峡も、台湾の軍事力が一定の力で中国の軍事力と対峙し、中国軍の活動を抑止する役目を果たしている。
 台湾が大陸と蜜月状態になったり、力で支配されたりして、台湾海峡や南シナ海、東シナ海とも大中華の影響下に入れば、日本船舶の自由航行上支障が生じ、不利を被ることは火を見るより明らかである。日本のシーレーン防衛という観点から考えれば、台湾には大陸とは違う政治実体が存在し、大陸と対峙している形が望ましい。
 
《海峡安全保障で日台の利害共有》
 台湾の簡又新外交部長も2002年3月に立法院で、対日問題に触れた中で、「日本にとって台湾海峡の安全保障問題が重要性を持つことを日本側に認識させることが重要だ」と指摘。さらに、日本の交流協会事務所に対し、「日台双方は安全保障問題で不可分の関係にあり、日台の関係強化は双方の利益になるとの認識を持つべきだ」と強調している。
 簡外交部長に指摘されるまでもなく、日本の政治家や政府・企業関係者の中には、台湾が日本の安全保障上重要な位置を占めているという認識をしている人は少なくない。したがって、そうした認識を、日本側は台湾側に分かる形で示すべきであろう。それは中国を極端に刺激することを避けながらも、日台の明確な連帯感を生み出すものでなければならない。
 たとえば、非公式、非公然の形での軍事情報の交換は必要である。2002年秋に自衛隊OBが台湾を訪問し、日台の軍事関係者が交流会議を開いたのは画期的なことで、歓迎される動きだが、今後も定期的にこうした会議を持つべきである。すでに交流協会台北事務所には自衛隊OBが着任。安全保障に関する日台交流の環境は整っている。情報交換を通じて当局間の連携を模索していく必要がある。
 当面は、海上保安当局同士による海難救助訓練、海賊対策などの合同訓練からスタートしてはどうだろうか。こうした行動は本来中国も反対できないし、断れないから、中国にも参加を呼びかけてはどうだろうか。米国はクリントン政権時代にすでに人道主義的救難演習の共同実施で中国と合意している。日本の呼びかけに、台湾が一緒だと参加できないと中国が言うならば、そのときには、日台のみで正々堂々と訓練すればいいのである。
 ちなみに、米国、日本、韓国、オーストラリアなどの同盟国が2年に一度共同で実施する環太平洋合同演習(リムパック)に台湾は加わっていない。また、同演習に、米国は信頼醸成措置の一環として中国の軍事オブザーバーを招請した経緯はあるが、米中が合同で訓練したことはない。







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