ニュージランド(New Zealand)
(1)一般事情
1. 面積:27万534km2(日本の面積の約4分の3)
2. 人口:388万5百人(2002年1月−2月、ニュージーランド統計局)
3. 首都:ウェリントン(16.77万人、2001年6月末)
4. 人種:英国系(先住民マオリ人系約52万6千人、14.5%、96年国勢調査)
5. 言語:英語
6. 宗教:英国国教会18.4%、長老派13.4%、カソリック13.8%、メンジスト派3.5%、無宗教26%等(96年国勢調査)
7. 国祭日:新年・年始(1月1日、1月2日)
ワイタンギ・デー(2月6日)
グッド・フライデー(4月18日)
復活祭(4月2日)
アンザック記念日(4月25日)
女王誕生日(6月2日)
勤労感謝日(10月27日)
クリスマス(12月25日)
ボクシング・デー(12月26日)
8. 略史:
1642年 タスマン(オランダ人)により発見される。
1769年 キャプテン・クック南北両島を探検。
1840年 英国代表と先住民マオリの伝統的首長との間でワイタンギ条約署名
これにより英国はニュージーランドを自国の植民地とした。
1907年 英国自治領となる。
1947年 英帝国議会のウェストミンスター法受諾、英国法から独立した立法機能取得した。
9. 政治体制・内政
1)政体:立憲君主国
2)元首:英国のエリザベス二世女王
総督シィルヴィア・カートライト(Silvia Cartwright)2001年4月就任、任期5年
3)議会:一院制(定員120、任期3年)
4)政府:首相ヘレン・クラーク(2002年8月就任)
10. 外交基本方針
豪州との同盟関係維持、南太平洋地域での積極的な役割、欧州、北米との関係の維持、アジア太平洋地域へのコメットメント強化、国連の平和維持活動、軍縮問題、人道援助への積極的貢献、国際貿易の更なる自由化。
11. 経済概況
1)主要産業:畜産を中心とする生産性の高い農業
2)GDP: 542億米ドル
3)一人当たりGDP: 14,100米ドル(1999年)
(OECD Main Economic lndicators 2000年)
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1996 |
1997 |
1998 |
1999 |
2000 |
2001 |
4)GDP成長率(%) |
2.5 |
2.3 |
-0.2 |
3.9 |
3.4 |
2.4 |
5)物価上昇率(%) |
1.9 |
1.6 |
1.1 |
1.3 |
4.0 |
1.8 |
6)失業率(%) |
6.2 |
6.8 |
7.7 |
6.3 |
5.6 |
5.4 |
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出典)ニュージーランド統計局
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7)総貿易額(1999年、IMF-DOT)
(1)輸出:11,446百万米ドル
(2)輸入:12,570百万米ドル
8)主要貿易品目(2002年1月〜12月、ニュージーランド統計局)
(1)輸出:酪農品(16.7%)、食肉(13.8%)、林産物(8.1%)、魚貝類(4.4%)、機械類(4.3%)
(2)輸入:自動車(14.9%)、機械類(13.9%)、燃料(9.1%)、電気機器(8.4%)、繊維品(5.2%)
9)主要貿易相手国(2002年1月〜12月、ニュージーランド統計局)
(1)輸出:豪州(20.1%)、米国(15.3%)、日本(11.5%)
(2)輸入:豪州(22.7%)、米国(13.5%)、日本(12.0%)
10)通貨:ニュージーランド・ドル(NZ$)
11)為替レート:1ニュージーランド・ドル=65.76円(2003年3月の月平均値)
12)概況
2002年10〜12月期の実施GDP成長率は対前期比プラス0.8%、2002年12月締め年度では、対前年度比プラス4.4%と、ニュージーランド経済は非常に安定した成長を続けている。2002年10〜12月期の経常収支(季節調整済み)は14億2700万ニュージーランド・ドルの赤字となった。これは、商品輸出額の減少によりこれまで黒字を続けてきた貿易収支が赤字に転落したことに大きく起因している。米国テロ事件の影響により、0.40米ドル台まで反落したニュージーランド・ドルは2002年には国内経済が好調であることや他の先進国よりも金利が高いことを背景に急速に回復し、2003年2月には0.56米ドル台までニュージーランド・ドル高が進行した。これまで好調であった一次産品の国際価格が下落したことやニュージーランド・ドル高が急速に進行した影響による成長鈍化の他に、イラク戦争や新型肺炎等の影響により世界経済の成長見通しが非常に不透明であることから、2003年のGDP成長率は2%半ばまで下落すると予測されている。
12. 対外政策
1)豪州との緊密な関係
ニュージーランドにとって、豪州は伝統的かつ最も重要なパートナーであり、兄弟国とも言える関係にある。豪州との間には両国経済の実質的な統合の促進を目指す1983年に締結されたCER(Closer Economic Relations)と呼ばれる経済緊密化協定が存在し、これに基づき農産物やサービスを含め関税が撤廃されており、基準認証や税制の統一化が進んでいる。また、軍事面では、1991年に提唱されたCDR(Closer Defence Relation)関係に基づき、両国軍の補完関係を強化し、調達、演習、部隊編成、展開面での協力関係が維持されている。懸案は国防問題における立場の違い、移民問題、社会福祉協定問題などである。
2)アジア・太平洋地域国家としての外交政策
ニュージーランドは、1973年に英国がECに加入したため伝統的な輸出市場を失ったこと、また、アジア諸国が急速に経済発展する中、アジア・太平洋国家としての自覚を強め、積極的な対アジア外交を展開している。アジアからの移民も増加する中、アジア2000基金を設立し、ニュージーランド国民のアジアに対する理解の促進を図っている。APEC、ARF等の地域協力機関を通じ、この地域での経済活動推進と安全保障に貢献しており、99年のAPECでは議長国を務めた。太平洋諸島各国とは、貿易、防衛、経済協力、移民受け入れ等、幅広い分野で強い関係を有している他、太平洋諸島フォーラム(PIF)、太平洋共同体(PC)等の地域国際機関を通して地域全体の問題にも積極的な役割を果たしている。2001年3月には、北朝鮮との外交関係を樹立した。
3)国連外交重視
ニュージーランドは国連外交を重視しており、特に軍縮、人権、環境といった分野では積極的な取り組みを見せている。また、国連平和維持活動にも積極的で、現在でも東チモールをはじめ各国に要因を派遣している。
4)非核政策(対米関係)
1985年、ロンギ労働党政府は、米海軍艦船「ブキャナン」が核兵器搭載有無の通報を拒否したことから、ニュージーランド入港を拒否した。このため米国はANZUS条約上の対ニュージーランド防衛義務の遂行を停止し、米、ニュージーランド間のANZUS同盟は事実上凍結された。87年6月には原子力推進艦船の寄港、核兵器の持ち込み等を禁ずる非核法が成立した。90年に入り国民党政権は、対米関係の修復を重視し、93年11月のシアトルでのAPEC首脳会合でボルジャー首相とクリントン大統領との会談が行われた。同会談を契機として米は対ニュージーランド関係の見直しを始め、95年3月にはボルジャー首相の公式訪米が実現した。2002年3月には、クラーク首相が訪米し、ブッシュ大統領、パウエル国務長官等と会談が行われた。
5)対外経済関係
ニュージーランドはアジア太平洋地域各国を中心として自由貿易協定(FTA)締結を積極的に推進しており、2001年1月1日には、ニュージーランドとシンガポールとの経済緊密化パートナーシップ協定が発効し、香港とも自由貿易協定交渉を行っている。この他、韓国、チリ、米等との交渉開始の可能性を模索している。
13. 貿易概況
2001年のニュージランド経済は、2001年9月に米国で発生した同時・多発テロ事件後の観光客の減少にも関わらず2.4%の成長を示し、比較的堅調な景気状況であった。
2001年(暦年)のニュージーランドの輸出は順調に増加した。2001年の輸出額の伸び率は、2000年の輸出の伸び率(前年比24.1%増)には及ばなかったものの、11.7%の伸びを示した。一方、輸入の伸び率が3.1%増にとどまったため、貿易収支は、2000年の14億7,900万ニュージーランド・ドルの赤字から9億8,500万ニュージーランド・ドルの黒字に転換した。
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1999年 |
2000年 |
2001年 |
実質GDP成長率(%) |
3.9 |
3.5 |
2.4 |
貿易収支(米ドル) |
△4億5,060万 |
5億9,919万 |
14億6,943万 |
経常収支(米ドル) |
△43億2,225万 |
△27億2,561万 |
△15億9,812万 |
外貨準備高(米ドル・年度末) |
44億5,500万 |
33億2,900万 |
30億800万 |
為替レート(対米ドル・平均) |
1.8886 |
2.1863 |
2.3778 |
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出典)JETRO貿易投資白書2002年、ニュージーランド政府統計局、IMF
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欧州や日本で狂牛病問題が発生している中で、症例が出ていないニュージーランドは安全というイメージもあり、依然として農産物、食品輸出において有利な立場にある。さらには、世界的な乳製品需要の高まり、好調な米国の食肉市況、中国市場の伸長も有利に働いている。また、ニュージーランドでは2001年の後半は雨が多く牧草が良く育ち、羊や牛の肉質が向上したという好要因もある。
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