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III
木の文化と体験学習
海につどい船に学び、木の文化を知る 2003
木の文化と体験学習
東北工業大学客員教授 柴崎 徹
2003.10.28
サン・ファン・バウティスタは1613年に作られ、文化の継承をしている。文化の継承ということは、時代を伝えていくという新たな役割を担わなければならない。
サン・ファン館は、リアス海岸の南端の地に建てられている。リアス海岸は、北端が北上高地で、青森県から宮城県までの3県にまたがり、全体の長さは600kmほどもある。その一番南端にあたるのが、サン・ファン館のある石巻である。リアス海岸の本体は盛岡の南西部で、一番幅が広く、しかも山地として一番立派な高さを持っている。その部分を早池峰山という。その山はとても興味深い場所である。それは、奥羽山脈とは違う植物が生えているという点だ。なぜかというと、北上山地は奥羽山脈ができるよりも以前に、もっと古い時代にできているからである。北上山地の早池峰山には、それより以前の日本の生物史かみられる。それは、日本列島ができる時に関係している。日本は、地球の表面を覆っているユーラシアプレートの上にある。ユーラシアプレートの一番東側にアラスカプレートがあり、アラスカプレートは東北地方の辺りにきている。この二つのプレートのずっと下のほうに、はるか遠くから潜り込んできているプレートがある。それが太平洋プレートだ。プレートとは、地球の表面、海の底にある地殻のことであるが、その潜り込んでいるプレートの境目のところで、押し込められたプレートが「ポンッ」と撥ねると地震になる。今、頻繁に宮城県沖で地震がおきているのは、これが原因である。このように潜り込んでいったプレートはやがて溶けるか、潜り込んでいるがために、周りのマグマが押し込められて窮屈になり、マグマが吹き上がってきて火山ができる。その火山の繋がりが奥羽山脈となる。奥羽山脈かできる部分の手前に太平洋プレートが押しよせてくるために、その間のところがデコボコによれてできた山が、北上山地だ。したがって、第四紀に噴火してできた奥羽山脈よりも、一昔前の第三紀にできている北上高地は非常に古い。また、押し寄せられてできているために、めくれあがったり、褶曲したりして、たくさんのヒビ割れ、断層ができる。断層は、褶曲に耐えかねて、地がずれたときにできたものだ。その、たくさんの複雑な地質上の変化が、地形になっている。
複雑な地形になっていて、見る場面、シーンがずっと変化し、少し歩いただけで数シーンが変わるというような場所は、我々を飽きさせない。そのような場所が、変化に富んた景観、多景観(マルチスクリーン)だ。まさにこの石巻がその場所である。特に海があると、その変化をたやすく読み取ることかできる。海の平らな水平線を視点の基準に使って、それを土台にものを読み取る。その基準点が、ここには常に存在している。
北上山地は、南の方に来るに連れて、海との係わり合いを深めている。その関係が一番深まるのが、この石巻である。例えば、岩手県などでは断崖はあるけれども、断崖がそびえているだけで、上から見ても水平線があるだけなので、おもしろくない。船で通ってみてようやく、断崖が大きいことを知るだけである。そのような断崖は、いつまでたっても続いているので、驚きはするけれども、たいしたことはなく、地形のおもしろさを感じることはできない。それに対して、もともと山だった所が海の中に沈みこんだ地形のリアス海岸は、海と山とのバランスがみごとにとれていて、非常に複雑な地形がそのなかに出来上がっている。そういった場所の筆頭が、この石巻なのだ。鮎川に行く途中の辺りの地形などをみると、非常に複雑でおもしろい。その根っこに、サン・ファン館がある。
早池峰山の高さは、1917mあるが、南に来るに従って低くなってくる。しかし、宮城県に入ってからは、気仙沼山の600m、その南側のたつなみ山が500mちょっと、その南の硯上山も500mを超す山、その南が石投山、それから牡鹿半島がある。牡鹿半島の最高点は、444.7mになる。これほど海のそばまで来ているにも関わらず、400m級の山々がそびえている。そしてそれは、金華山に通じている。海があって、島があり、そこに高い山がそびえているとき、それは島山島と呼ばれる。少なくても、東北地方における島山島の最高級品が、金華山だ。ところが北半島の場合には、半島よりも高い、光山という山がそびえている。その光山のそばにも、大六天山や高崎山などのたくさんの山が延々と連なっている。ただ単に、海と陸とがモザイク状に複雑な地形を作っているだけでなく、そこに観られる陸の景観対象物が非常に大きい。このような場所は、日本のなかにも、そんなに存在しない。これほど複雑な地形の中に多くの山々がそびえたっていて、あっと驚くような高さを持っている、めったにない場所だ。したがって、このような場所が自然に備わっている牡鹿半島から金華山、石巻にかけては大変素晴らしい優れた景観地であり、当然、たくさんの人が観るに値するところだ。
宮城県は日本の北の方にあるが、日本というのは、だいたい亜熱帯から亜寒帯に属し、約2500kmある。この2500kmのなかに、熱帯、温帯、亜寒帯がある。その温帯は、冷温帯と暖温帯の二つに分けられるが、それらはちょうど宮城県のところにある。特に石巻は、冷温帯と暖温帯が結びつく場所である。
冷温帯と暖温帯ではどういう所が違うかというと、大事な植生、生えている植物に反映されている。冷温帯ではブナ林が生え、暖温帯ではカシ、シイノキ林が生えている。カシ、シイノキがたくさんあるといっても、実はいろんなカシ、シイノキがあって、この辺ではタブノキ林が海岸に行くとたくさん生えている。タブノキが昔の木であり、それを切り、燃料に使ったりした。そのため現在は東に生えているけれど、実はタブノキ林がこの辺一帯にあった。カシノキも生えていた。モクレンジュなど暖かい地方でしか生えない植物も石巻の牧山の麓にある。
つまり、石巻一帯は、冷温帯のブナなどの落葉広葉林も、暖温帯のカシ、シイなどの常緑広葉林も住みついている地域である。
更に、モミの木などの常緑針葉樹林があり、石巻が元々持っている内容というものには素晴らしいものがある。人を飽きさせないものがある。地形的なもの、地質的なもの、生物的なもの、地質的なもの、動物的なものや植物的なものなどが満載である。
そのことを、まず頭に入れておいてほしい。
サン・ファン・バウティスタは木製の帆船だ。木というのは、我々人類が発生の時期から関わってきた素材である。それの最高傑作がサン・ファン・バウティスタなのだと思う。その後は別の文化、例えば鉄の文化や、もっと素材に優れたものや機械を作ることに成功してきたが、その一番初めに始まった歴史のマキシマムに対して出来上がったのは、おそらく、このサン・ファン・バウティスタである。その点が大事。我々が木という自然の素材で作った最大の傑作がサン・ファン・バウティスタなのだ。
我々がいつもお世話になっている植物があります。この植物にしかものを作り出すことができません。
我々は植物が作り出したものをいただいて、そして生きている「動物」という部類に入ります。植物しか無限のエネルギーである太陽光を使ってでんぷんをつくり、たんぱく質をつくり、自前で生きるということができない。この植物には草と木があります。草と木の大きな違いですが、草は休眠し、栄養成長し、生殖成長する。発芽し、成長し、開花し、結実し、種子ができ休眠する。1サイクルをして1年で枯れて種を残すのが1年草。枯れても種と一緒に茎を残しサイクルを繰り返すのが多年草である。
木は、何年もかけて成長し、ある時期に種を残す。これを樹木という。種・根茎・地上部も生きている。葉も残すのが常緑、葉を落とすのが落葉樹木。枯れたように見えてもしっかり生きている樹木が人間の生活に活かされている。年輪構造について、成長する外側は生きており、内側は死んでいる。死んだまま立っている。でも外側は生きている。これが樹木。外側は形成層、細胞分裂して増えている。更にその外側が樹皮。暖かくならないと細胞分裂はしない。10月から3月までは休眠している。この年輪は温かいところに行けば行くほど分からなくなる。1年中成長しているから境目が出ない。暖かくて光が当たって雨が毎日降れば別に休む必要はないからである。我々が目にできる一番大きな木でもせいぜい30mだが、熱帯雨林は何と50m。でも成長が早いということは、それだけ柔らかい。寒い地域の木は10cm位採取しただけでも300年分の年輪が分かる。ほとんど年輪といった状態。硬い木は非常に丈夫。硬い部分は言わば細胞のミイラ=木質化という。細胞の中身は死んでしまう。しかし、(1)細胞壁にセルロースがたくさん溜まってきます。(2)その中にリグニン(セルロースを固めて丈夫にする物質)が溜まり木質化していきます。(3)その他いろんな物質が入り年輪化する。そのことを我々は経験的に知っている。それにさまざまな調査により知識を加えて様々なものに応用していく。その最大のものが木造建築と呼ばれるものです。日本でも五重塔、東大寺など様々な陸の建造物ある。水に浮かべる最大の木造建築は恐らくサン・ファン・バウティスタであったろう。浮かべるということは傾いたときに元に戻る作りになっていなくてはならない。空気圧と水圧では抵抗がまるっきり違うから作りも当然変わる。778倍の圧力を想定して作らなければならない。全部内側に閉じ込めるような作りになっていなければならない。また木は乾燥すると縮み、水を含むと膨れるという特性がある。乾燥すると縮み水漏れする。その水漏れを防ぐのはどうするか? そのためのハダ打ちは、一番膨張しやすい樹皮を利用した知恵。そういうことを昔の人は見つけ出した。素晴らしい工夫だ。木の特性を活かし、それぞれの場所に使う知恵の結晶である。資料を見てください。同じ体積中の比重がある。桐は特に軽い。空気がいっぱいふくまれているからです。白樫、欅となると比重が重くなります。密度か濃くなる。そうすると強度が増すが、逆に断熱性は空気が含まれている方が高い。軽くて運びやすければ、持ち運びできるタンスなどを桐で作る。頑丈なテーブル、台を作りたい場合は欅で。サン・ファン・バウティスタは米松・杉・松・欅で主に作られた。昔はメインマストを何で作ったのだろう。推測だがもみの木ではないか?太くて丈夫で真っ直ぐのびる特性がある。(?島課長曰く強度的に弱すぎて使えないとのこと)構造材で重要な部分は欅を使っている。膨張性と大きさを要求される外板は杉を使う。一番大事な竜骨は赤松を使っている。適切な場所に適切な材料を使ってはじめて完成するものがサン・ファン・バウティスタ。船内に使用木材をすべて明記、その意味を説明すればそれだけですごく勉強になる。アテンダントさんか木の性質の細かいところまで解説できればすばらしいのではないか。柔らかい木は一切使っていない。どうすれば荒波や強風を乗り越えられるかということを最大限考慮し作られたものがサン・ファン・バウティスタである。
私は個人的に船が大好きです。飛行機は落ちるような感じがする。船旅が好きで、韓国にも船で行った。船は上層の値段が高く、下層が安い。上層は景色がいいし、乗り心地がいいし、エンジンの音がしない。以前船に乗った時に台風で激しく揺れた。大波を被る迫力が何とも言えなかった。地球を旅しているという感じがしていい。船は恐らく人類の歴史イコールだといっていいと思う。
1. 浮く 丸太
皮袋(動物の皮に空気)例:チベットでザークという浮袋で川を渡った。瓢箪の中身腐らせて空気入れて腰に巻いて川を渡る。
2. 筏イカダ(1を組み合わせる)
丸太を組み合わせる。長方形にした方が抵抗薄れる。⇒徐々にひし形になってくる。⇒その上に帆を組んでみた⇒早く楽に進める。
草⇒葦(よし)多年草 束にしていけば葦船になる。
この時点で大きな船を造るのは難しい。丸太自身大きな物にしないと危ない。
3. 丸木船
刃物のない昔は、根元を燃やして木を倒した。倒した木は半分土に埋めて、掘りたい部分を燃やす。焦げただれた部分を掻きとって自分たちが乗る。更に浮力を増す為に上周りに板を貼り付ける。波が入らなくて乗りやすい舟となる。
4. 複合船(縫合船ともいう)
大木を組み合わせる組立て式の船となる。
5. 漕船
大きくなるにつれて外板に窓が開くようになる。そこからオールを出す。竜骨が立派になってくる。
6. 帆船
一枚帆のバイキングの出現。ヨーロッパ沿岸で売買や略奪などを行った。それが発展して大航海時代へ繋がった。
1588年 スペイン・ポルトガルの全盛時、スペインの無敵艦隊がイギリス軍に敗れる。歴史を揺るがす大事件だった。その後イギリスが世界の覇権を握り東インド会社を作る。大英帝国時代を築く。それだけ船が大事な時代であった。つまり常長はスペインの国力が少し落ちたときにスペインに行った。そういった歴史的背景を含めて、サン・ファン・バウティスタという船はいろんなことを教えてくれる船といえる。
体験学習について
生身の木があって材料となり材料がどこかに使われている。この3者の関係を結びつけるような、そんな体験学習どこかでやったらいいのでは。
まず木の標本、皮付きで。あと木材の切れ目も見せる。木=製品 この木からこの製品が作られている。なおかつこの木はサン・ファン・バウティスタのここにも使われていますよとか。このことは木の文化を伝える基本としてまず必要なのではないかと思う。サン・ファンを正確な大きさで認識することが大切。マストの高さ、全長、幅、喫水線までの高さ。大きさを何かに比較して説明できるということが大切。自分もやるが、自分が立っているところからあの山頂まで何mあるのか。当ててみようサン・ファン号といった感じのクイズ形式で。工作で船の歴史を辿ろう。丸太船、葦(よし)船。唐桑の尾崎神社の早波舟なども分かりやすい。一連の船の歴史をボトルシップにしてもいい。造る船はあまり凝らなくても素朴でかえっていい。また、竹の一部を使って先をちょっと加工してつくるのも簡単でいい。プールを置いて、和船の先端部分をつけて艪漕ぎ(ろこぎ)体験させるのもいい。水の感触を味わうことができるところがいい。どこかにあればいいなと思っている。(アクアマリンふくしまにあり、子ども達に人気が高い。)時間をかけて1グループで和船を作らせてサン・ファンの前を漕がせる。(ライフジャケットつけて)子ども一等航海士とか2等航海士とかつけて、海のボランティア、体験学習させるのもいい。そしてサン・ファン館は素晴らしい自然に囲まれている。小竹山がそう。みんなで小竹山に登っていろんな自然観察して帰ってくるのもいい。往復3時間で優々自然観察できる。そういう講師だったらいつでも引き受けます。大六天山まで足を伸ばしてもいい。月浦の正面に小手島が見えますね。そこで植物と海洋生物を観察するのもおもしろい。自然観察の講師で牧山などを何回も散策しているが、牧山自然観察に大変適している。八幡町から入っていくコースがいい。約2時間くらいかかる。
そういった色々な内容を含めて「海の学校」といった感じで展開していけば良くなるのではないか。みなさんが当たり前に知っている地元の素晴らしい自然をもっと活用してほしい。知識をフルに活用してお子さん方に楽しい・有意義な場面を与えてほしい。
終了
質問 先生が体験学習で子どもに伝えたいこと
木でも何でも生きているということ、生きているものの繋がり、「共進化」、共に生きることの大切さを確認しながら生きていく。そういったことを子ども達に伝えて生きたい。
質問 この辺の海に囲まれた陸地環境と気温・植生分布の関係
沿岸に多彩な生物がいる。それは大陸棚まで続いている。一番広い、一番大きな大陸は生物にとって住みにくい。狭い沿岸がすべての生物にとって一番住みよい場所。大陸の中の水溜りなども良い。山や陸の成分が得られ、栄養塩類が豊富だから。遠くの海より近くの海が大事。そういった恵まれた環境を生物的多様性という。得体の知れない生物から、鈍い生物、素早い生物などいろんな生物が生息している環境が大事。ごく普通のものが大事。ごく普通にたくさん住んでいることが大事。基本的に陸地の環境保全が大事である。
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