(1)設備、システムの拡充
設備、システムの拡充ですが、利用者にとってわかりやすい、覚えやすい設備・システムにデザインしていくこと。大きな資金を投じて設置しても、実際に事態が発生した時に、上手く使ってもらわないと結局は無駄になってしまいます。逆に、既存のシステムであっても設置場所とか、案内表示、操作性の微調整、ちょっとした工夫で、大きく良くなる部分も多いと思います。
それから応答型、対話型の連絡システムの充実。職員を増やすのは、現実的には非常に難しいと思いますので、次善の策として職員同士、あるいは利用者と職員の間のコミュニケーションがもっと容易になると効果的と思います。これも、既存の連絡・通報のシステムを上手く流用し、充実出来れば、セキュリティの面だけではなく、サービス向上の視点からもレベルアップが図れるのではないでしょうか。
それから、何か発生してからの対応策といったものだけではなく、平常時からの抑止といった視点が重要です。マナーの悪化から、迷惑行為、犯罪行為へと進むこともあり得ます。予防、抑止の観点で、今あるモノをうまく使う、環境作りにも目を向けるといいと思います。
設備やシステム面の話として、非常ボタンあるいはインターホンについても、事業者や場所によってサイン表示の色やデザインが違うとか、名称も非常停止ボタン、非常通報ボタン、列車停止ボタンと差があります。また、広告と混ざってしまって埋没している問題もあります。
また、多くのシステムが、「緊急時はこのシステムを使って下さい。ただ、普段は決して使わないで下さい」というスタイルですが、実際には、「人間がパニックの状態に入ると、特別な行動ではなく、普段やっていることと同じ行動しかとることができない」という指摘が調査委員会にいらっしゃった心理学の先生よりありました。
韓国の地下鉄火災の際も、運転手がいつもの手順どおりにマスターキーを抜いて列車を離れてしまい、ドアが開かなかったという話もあり、普段やっていないことを、特別な時にさせるというのは、非常に難しいことのようです。目の前で見た、やったことがあるという経験が、実際に何か起きた時に価値をもつと思います。
ドイツのフランクフルトの中央駅では“SOS”の赤いボタンと“Info”の青いボタンと、同じ位置に2つ並べて設置してあり、平常時の案内と緊急時の通報とで、操作手順に差が出ないように設計してあります(図11)。
図11 フランクフルトの事例(通報システム)
“SOS”と“Info”2つのボタンを同じ位置に設置 |
(2)人的対応の強化
人的対応の強化ということで、利用者に当てにされている職員が、活動しやすい環境になっていることが大事だと思います。今、どこで何が起きているか、誰がそこにいて応援が要るのか、どう動いたらいいのかという情報が、リアルタイムで職員の間で共有できるようにできないでしょうか。職員が不安をもたずに対応ができるようになるといいと思います。
事業者単独での対応には限界がありますので、行政や関係機関、NPOやボランティアといった外の組織との協調も必要です。
(3)利用者本位の情報提供
利用者本位の情報提供ということで、相手に応じて、情報を提供したい。特に安全に関する情報が非常に重要だと思います。
例えば、自動車のドライバーですと、道路交通情報センターとかカーナビから、渋滞の情報とかいろんな状況が入手できるようになっていますが、公共交通でも事業者の枠を超えて利用者に情報を提供できるような、公共交通情報センターといった組織かコンピューターのサーバーか、そういうものがあってもいいのではないかと思います。
従来からの案内システムも、運行情報や非常事態発生など、変化する情報を改札まで来なくてもわかるようにLED表示や放送、あるいは、ここまで普及している携帯電話を活用するとか、手をつけられる余地が残っているのではないでしょうか。これ(図12)はアメリカのサンフランシスコにあるBARTという鉄道事業者が、利用者向けに配っている安全に関するパンフレットのページをいくつか抜き出したものです。路線図とか沿線の観光地を紹介するパンフレットと並べて置かれており、誰でも取れるようになっています。中をめくると、インターホンの場所や使い方、非常用のドアコックの位置などがイラストで紹介されています。
図12 サンフランシスコの事例(利用者向けパンフ)
(4)役割分担の明確化
役割分担の明確化ということで、事業者、利用者、関係機関との間で担当する守備範囲、あるいは負担について、議論を始める時期に来ているのではないかと思います。
例えば駅やバスターミナルに、公共施設とか商業施設を一体化して整備する流れがあります。利用者にとっては、大きく考えて駅であったりバスターミナルであるわけですが、法律的には公共施設、商業施設であるという区別がされています。見た目と実際の区分けが同じでない状態で、公共の空間とみなされている場所の安全を確保するにはどうすればいいか、といったところに課題は残っています。
それから、それぞれのレベルでの情報共有や協議を始めること。事業者まかせだけでは、安全や安心といった品質の向上には限界があります。
どの程度のリスクまで許容するのか。その駅、バスターミナルによって、水準が違ってきます。これを、そこにある路線、地域の関係する人達で共通の認識として持っておかないと、いつまでたっても議論がかみ合わないままということになるのではないかと思います。
図13 各主体に求められること
最後に、各主体の役割としていくつか挙げてみました(図13)。
まず利用者ですが、よりよい環境への参画として実際に見る、体験する形での参加、あるいはボランティアやNPOも含めて、そういう場を増やすと共に、自分の責任はここまでと、自己責任についての認識も高めていく必要があります。
交通事業者はセキュリティ関連の対応に消極的なままでいた場合、利用者からの信頼感が低下してしまうかもしれないという危機感をもって、逆に積極的に情報提供、情報共有に向けた活動を進めていくべきだと思います。
これは意見が分かれると思いますが、不適切な利用者は乗せませんという対応を取ることが必要になってくるのかもしれません。
行政の役割として、まずは地域の自治体、警察、消防といった関係機関については、交通事業者の実情を把握すること。地域や路線の特性に合わせた、リスクを許容する水準、対応方策を事業者と共に議論していくことが必要だと思います。
国土交通省はセキュリティの分野について、どこまで対応すれば、どの程度のリスク、a安心が確保できるのか、目安をデザインし、アドバイスすることが出来ないでしょうか。あるいはバリアフリー関係のように、施設整備などについて支援する制度の拡大、充実を検討していただけないかなと思います。
《自由討議》
高木講師による基調報告の後、参加者を交えて討議が行われました。ここでは、その一部を紹介します。
・同じ空間に第三者といえる乗務員がいるということが、バス利用者が不安を感じない大きな要素となっているのではないか。逆に、バス車内で利用者同士のトラブルになったとき、「運転士さん、そこにいるんだから間に入ってくれないか」という要望がアンケートの中にいくつかあった。
・例えば、新しく複合駅を作る場合に連絡協議会のようなものを作るが、出来上がって使い始めた後も微調整が出来るように、その仕組みを残しておくと、手直しや工夫ができ、セキュリティについても水準アップが可能なのでは。
・九州の場合、警察と鉄道事業者との交流は随分活性化しているという認識であるが、どういったところを強化していけば車内秩序に対する協力体制が上手くいくのかというところでは、悩みが多い。
・現在、ワンマン運転の列車が増えており、お客さまの支援が非常に重要だと思っている。
・九州では学生の乗車マナーが非常に悪く、地元の自治体、学校、鉄道警察隊と協力して改善に取り組んでいるが、なかなか直らない。また、外国人には列車内で携帯電話の電源を切るマナーが無いらしく、対応に困っている。
・乗車マナーも携帯電話のマナーも根源は同じで、子供の頃から伝えていくしかないのではないか。
・とっさの時に、利用者が味方についてくれるように、事業者と利用者との距離を縮めるキャンペーンのような取り組みが今後増えればいいと思う。
|