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5.6 国内安全行政でのFSA応用事例
 当委員会で検討された安全評価手法が、国土交通省の安全規制の強化や規制緩和の措置の検討に応用され、具体的な安全対策に対する本評価手法の実効性が確認された。以下の2件の適用事例は、いずれも、海事局が海上技術安全研究所に委託して実施されものである。
 
5.6.1 ライフジャケットの着用措置に関する安全評価
 「第7次交通安全基本計画」では、年間の海難及び船舶からの海中転落による死亡・行方不明者数を平成12年の331人から平成17年までに200人以下にするという数値目標が設定されており、この目標達成のための重点施策の一つとしてライフジャケット着用率の向上がとりあげられている。ライフジャケット(救命胴衣)は、転落事故等の際に人命を守るためのものであり、その着用率を高めることは人命の損失を防ぐために極めて有効であるが、実際にはその未着用による事故が後を絶たない。
 このような背景の下、平成14年6月7日に「船舶職員及び小型船舶操縦者法」が公布され、一定の小型船舶に対してライフジャケットの着用が来年度から義務化されることとなった。国土交通省海事局では、この新しい措置の導入に当たって、当該措置の有効性を定量的に評価する観点より、「ライフジャケットの着用措置に係る安全評価」を実施し、ライフジャケットの着用率向上に伴う年間溺死者数の減少期待値の試算及びライフジャケット着用措置の費用対効果の考察を行った。
 
 本評価では、FSA(Formal Safety Assessment)の手続きに倣い、安全対策としての救命胴衣の着用率を考え、それらによるリスク減少効果として年間溺死者数の減少数を推定し、その後、費用対効果の評価を実施した。
 事故発生時の条件(救命胴衣着用率、小型船の種類、事故の種類、年齢別のグループ)の組み合わせが160通り出来るが、その各々について事故後の推移をイベントツリーとして表現した。このイベントツリーを用い種々のシナリオ(事故シーケンス)の発生頻度と死者数を評価し、それらを合計することにより年間の溺死者数を求めた。
 図5.6.1.1は救命胴衣着用率の増加に伴う溺死者数の減少推定数を示す。
 
図5.6.1.1 着用率による溺死者減少推定数の変化
(年当り)
 
 水上オートバイ及びプレジャーボートについては、既に船舶安全法及び関連する省令等により救命胴衣の積付が義務付けられているため、新たに購入する必要はなく、新たな費用負担は発生しない。一方、小型漁船については、船舶安全法及び関連する政令に、「専ら本邦の海岸から12海里以内の海面又は内水面において従業する20トン未満の漁船については、当分の間施設強制の規定を適用しない」旨規定されており、新たな費用負担が発生すると考えられる。
 救命胴衣の価格を4400円、耐用年数を2年として総導入費用を算出し、リスク減少期待値として溺死者数の減少数をとると、溺死者を一人減少させるための費用は216万円〜614万円と評価された。これを、海外における種々の交通機関の安全対策の費用対効果を示すICAF(Implied Cost of Averting a Fatality: 安全対策の施行に伴う追加コストをその安全対策により救助される人数の期待値で除した値)が5000万円〜3億円程度であることと比較すると非常に費用対効果が良いことがわかる。
 この評価により、リスク減少効果が最も高い施策は小型漁船への救命胴衣の義務化であるとの知見が得られた。
 
5.6.2 危険物タンク車両輸送の安全評価
 危険物の海上輸送については、危険物船舶運送及び貯蔵規則(危規則)において個々の危険物ごとに運送するための要件を定めており、危険牲の高い危険物については、旅客船(旅客を搭載した自動車運搬船を含む。)による運送を禁止している。
 一方、離島のように船舶以外に交通手段がない地域では、自動車渡船(旅客フェリー)が生活必需品の運送手段となっており、ガソリン、液化石油ガス(以下「LPG」という。)を搭載したタンク自動車及びタンク車を、旅客フェリーにより運送したい旨の要望がある。
 これを受けて、国土交通省海事局は、海上技術安全研究の協力を得つつ「旅客フェリーによる危険物タンクローリーの輸送に関する調査」を行い、その結果を受けて、船舶の構造、航海の態様等を考慮した上で、追加の安全措置を講じることを条件に、ガソリン又はLPGを積載したタンク自動車を、旅客を搭載した自動車渡船に積載することを許可する特例制度を設けることとした。
 本研究では、ニーズ面及び安全性の面から、こうした運送の可否及び実施すべき安全対策について検討した。このうち安全面については、「危険物タンク車両輸送の安全評価」と題して、リスク解析を基礎とする研究を実施した。研究においては、海難審判庁裁決録「海難審判の実態」(海難審判庁)、「危険物に係る事故事例」(消防庁)、高圧ガス保安協会−平成13年度事故事例検索システム等に基づいて事故事例を分析し、また、旅客船の運航実態等に関する各種資料も活用し、当該危険物を積載した場合のリスクの増分を、可能な限り恣意性を排除して推定した。併せて「交通統計」(交通事故総合分析センター)等も参照し、許容可能なリスク水準について検討した。
 結論として、ガソリンを収納したタンク車両(ガソリンタンク車両)の開放型車両区域並びに閉鎖型車両区域への積載及びLPGタンク車両の開放型車両区域への積載については、乗船前のタンク車両の点検や特別な固縛等の安全対策を実施すれば、特にリスクが過大とは言い難いことを示すとともに、LPGタンク車両の閉鎖型車両区域への積載及び液体酸素タンク車両の開放型車両区域並びに閉鎖型車両区域への積載は、リスクが大きいため実施すべきではないことを示した。この研究の成果は、当該運送の許可に係る規則改正に関する判断に大きく寄与した。







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