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3-4 9/11テロの影響
 2002年11月22日、ブッシュ大統領は米国内におけるテロの脅威に対抗する為国家安全保障省(DHS)を設立する法案に署名し、MTS構築の一方の担い手であるUSCGを初めとする20の政府機関がDHSに編入された。これにより海上セキュリティがUSCGの最重要任務となり、会計検査院の報告でも、MTS構築に関係する従来業務に投入されるリソースが減少したことが指摘されている。
 但し、USCGのMTS関係者は、DHS移籍後もMTS構築を従来通り進める旨表明している。9/11テロの影響として、9/11以降ニューヨーク近郊のコミューターフェリーの需要が増加し、その能力が増強されたことや、海軍が米国全港湾の測量を担当することとなり、水路測量が促進されたというような次世代のMTS構築上プラスとなる状況変化もあるが、2002年12月に成立した2002年海上交通安全保障法(MTSA)の実施による負担の増加や政府予算が軍事費やセキュリティ費に偏重されMTS構築が若干等閑視されるというマイナス面の影響が大きい。
 
(MTSAの負担と2004年予算)
 MTSAは港湾設備と船舶に種々のセキュリティ上の新しい要求を求めているが、2004年度予算をみる限りそれらに対しても充分な資金的裏付けは用意されていない。$2.2兆の2004年度予算は、軍事費と国家安全保障費の伸びが著しい。DHSの中でもUSCGの伸びは著しく、全般的に10%の伸びとなっている以外にも税関関係に多くの予算がつけられている。USCGはMTSAに基づき、沿岸設備、港湾、船舶の安全計画を作成し、警備員、警報、カメラ、金属探知器の設置を義務付ける作業を進め、2003年6月中間規則を作成し10月には最終規則を発表した。この規則に拠れば2004年7月1日より、一定の沿岸施設や船舶は、空港や航空機並みのセキュリティ対策が必須となることから、そのコストが海運事業者、港湾関係者の経営を圧迫し、ひいてはインフラ整備予算に悪影響を与えることが懸念される。
 
 MTSAの成立直後、USCGは港湾セキュリティに対し2004年度$9億6,300万が必要と発表していたが、実際の予算は$2億に過ぎず、米国港湾協会(AAPA)は不満を示している。一方AAPAが評価しているのは、2004年度予算に盛り込まれている税関関係費用の増額である。税関関係プログラムとして、税関コンテナ・セキュリティ・イニシアティブ($6,200万)、税関自動商業環境プログラム追加費($3億700万)、貨物非開放検査技術開発追加費($1億1,900万)、テロ対抗パートナーシップ($1,800万)等である。コンテナ・セキュリティ・イニシアティブ(CSI)は、米国向けコンテナの70%の発地となる海外の主要20港湾で、船積み前に米国税関が積荷内容を自己のデータ・ベースと照合し、危険物を絞り込もうとするプロジェクトであり、テロ対抗パートナーシップは、DHSに所属する税関及び国境保護局の係官が、輸入業者、貨物フォーワーダー、ブローカー、船舶オペレーター等サプライ・チェーンの全関係会社2,400社にセキュリティに関する自己評価を提出させ承認するものである。
 また、AAPAは、2004年度予算の中でNOAAの4大業務の一つ、運航システムの安全と効率を高めるためのイニシアティブの構成要素として、水位、海流、気象データのリアルタイム提供システム(PORTS)プログラムに継続予算が与えられていることを歓迎しているが、一方、2002年の水路サービス改善法に盛り込まれている新水路システムについては予算が出ていない点で失望している。
 
(沿岸や内陸水路のバージ産業への影響)
 9/11テロ後のセキュリティ業務が本来のビジネスに影響を与えている。バージには液体燃料を積んだタンク・バージが多いが、タンク・バージは速力も遅くシージャックされ易いことから、大量破壊兵器に利用される危険性が危惧された。このため、バージ/曳船業者の代表である米国水路協会(AWO)は、USCG及びUSACEと協力してセキュリティ・プランを作成し、積荷の危険物100種を対象に、非常対応策を作成し対応訓練を実施している。
 また、MTSの一部を構成する水路の新設や保守の費用が2004年度予算で削られており、AWOは次世代MTS構築に注ぐべきエネルギーをセキュリティ・プランの実行にとられている現状を憂慮している。3-2節で述べたように、内陸水路のオペレーションや保守は政府の責任で一般会計から支出され、閲門等の新設の場合は50%一般会計、50%IWTFからの支出が原則であったが、2004年度予算案では、水路のオペレーション及び保守費用の25−50%をIWTFで賄うようになっており、このまま成立した場合は、閘門やダムの建設が先送りとなっていることと合わせて内陸水運に大きな悪影響を与えることとなる。
 ちなみに港湾アクセ水路については、新設は使用者と政府のコスト分担、保守はHMTFにより連邦政府が支出することになっているが、こちらも政府が保守費用の負担を減らそうとしており、同じく問題となっている。
 
(ニューヨーク/ニュージャージー近郊のフェリーシステム整備の進展)
 一方、9/11テロの影響としてMTS構築にプラスの影響を与えているものもある。例えばニューヨーク近郊のフェリーシステムは、9/11テロ以降連邦基金の支援を受け格段に強化されている。2003年1月16日連邦交通庁(FTA)は、9/11テロ以後ブッシュ政権がマンハッタンのダウンタウン活性化計画として用意した基金($200億)の一部を、マンハッタンと近郊を結ぶフェリーボート及びフェリーターミナル整備計画に対して助成金として支出する計画を発表した。これは、9/11テロの結果ニュージャージー州とマンハッタンを結ぶNY/NJ港が経営する2つの鉄道路線の1つが破壊され、その代替としてハドソン川のフェリーボートの需要が高まったことによる(破壊された鉄道システムについては、2003年11月に運転を再開した)。もともとハドソン川の当該地区にはニューヨーク・ウオーターウエー社がフェリーを運航し、1日2万人を輸送していたが、9/11テロ後乗客は6万人に増加しフェリーターミナルの不適切さが指摘されていた。
 FTAの助成対象となったのは下記プロジェクトである。
(1)ホーボーケン鉄道ターミナルで使用を中止しているフェリー・スリップ設備の再建($1,900万)
 ホーボーケン・フェリー・スリップは鉄道からフェリーへの乗り換えを効率よく実施していたが、現在は使用が中止され、1日24,000人の乗客が近くの仮バージ岸壁を使ってニューヨークにフェリーで通勤していることから、これを再建する。
 
(2)ニュージャージー州ウエーハオケン・ターミナルの新替($1,900万)
 現在同ターミナルは毎日11,000人のニューヨーク通勤客を捌いている。このターミナルは、ハドソン川のニュージャージー側を走る軽便鉄道のインターモーダル・ハブにもなる。
 
(3)ニュージャージー州ジャージーシテイのエクスチェンジプレイス岸壁再建($240万)
 再建によりフェリー客を1日10,000人捌くことが可能となる。
 
(4)マンハッタンでのインターモーダル・フェリーターミナル建設($1,140万)
 マンハッタンの西38丁目にフェリーターミナルを建設する。この建設によりフェリー客を1日17,000人捌くことが可能となる。
 
(スマートIDカード・プロジェクト及びコンテナ検査プロジェクトの推進)
 9/11テロ以前から、海事産業では、正当な人のみが港湾、ターミナル、船舶に出入りしていることを保証すべく指紋、顔面認識装置、網膜スキャン等を用いたIDの開発が進められ、試験的に船員の一部に交付されていた。9/11テロの結果、船員免許や訓練記録等が識別されるスマートIDカード開発プロジェクトが官民合同で発足した。スマートIDカード開発プロジェクトは3つのフェーズから成り立っている。第1フェーズではバイオ識別技術の組込み、第2フェーズでは1995年のSTCW条約で要求されている船員書類と訓練記録の不正発行防止技術の組込み、第3フェーズでは実際の識別に要する時間を減らす技術の開発が進められることとなっている。
 
 コンテナ検査プロジェクトは、テロリストがコンテナを利用して大量破壊兵器を米国内に持ち込む危険性に対処するもの。貨物の安全と武器禁輸に関連して9/11以前に開発が進められていたシステムでは充分な保護レベルが得られないことから、以下のように多くの技術開発が進められている。なお、電子シール技術は貨物のトラッキング及びトレーシング(T&T)に利用され、次世代MTS構築に大いに寄与すると考えられることから、6-3節で詳述する。
(1)X線検査機(X-ray Detector)
 現在コンテナ用X検査機を作っている会社は数社存在する。大部分の装置はコンテナのスキャンに5−15分かかり高価($140万/台)であるが、最新の移動式のものは20ftコンテナのスキャンを1分以下で行うことが可能となっている。但し、X線検査機の使用は貨物の流れを遅くすることから、港湾ではランダムに或いは怪しいコンテナを全数の5−10%検査しているのが現状である。
 
(2)ガンマー線検査機(Gamma-ray Detector)
 ガンマー線検査機はX線よりも敏感であり、目標物をより早くスキャンすることが出来る。40ftコンテナを1分以内でスキャンすることが可能であり、100%検査体制を可能とするものと期待されている。
 SAIC(Science Application International Corp.)が開発した装置は、現在産業界で使用されている天然アイソトープから出るガンマー線を使用している。2003年にマイアミ港でSAIC機をデモンストレーションした結果では、1,300TEUのコンテナを8時間シフトで検査を完了しており、機器の価格は$90−140万/台といわれている。
 
(3)蒸気/痕跡検出機(Vapor/trace Detector)
 種々の分光法を用いてコンテナから発する空気サンプルを分析し、コンテナ内容物の分子成分を決定する。別の方法としては、コンテナ表面を拭い、特殊物質を見つける方法もある。
 
(4)超音波検査機(Ultrasound Detector)
 コンテナ内容物の判別に超音波を用いる方法が研究されている。これは、超音波発振器をコンテナに取り付け、内容物からの反射音をセンサーで捉えイメージを作るというものであり、液体環境でのみ有効である。
 
(5)小型原子核探知機(Miniature Nuclear Detector)
 プリンストン大学プラズマ物理研究所では、核兵器に利用可能な放射性物質を検知する小型原子核発見システムを開発中である。用途はコンテナ、船舶、自動車貨物等多岐である。この装置は軽量小型であり、通常の医療用アイソトープや放射線機器からの信号は除外し、核兵器の可能性のある物質からの信号のみを精度良く見分けることができるといわれている。







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