はじめに
本報告書は、競艇交付金による日本財団の助成事業として、平成15年度に実施した「沿岸域管理モデルの構築」の成果をとりまとめたものです。
ここ数年、わが国では公共事業のあり方を見直そうとする動きが顕著になってまいりました。その背景には財政支出の抑制という経済的理由もありますが、むしろその用途や利用価値、維持管理費、周辺地域への影響等をも総合的に評価判断する視点が求められてきていることに大きな要因があるように思われます。
このような社会の価値観の変化は地域開発の意志決定のプロセスを、従来の行政主導型から地域住民を中心とした地元利害関係者の合意形成による地域主導型への脱却を求めつつあります。しかしながら戦後社会においてあまり例のない地域主導型の取り組みは、すでに確立している利権や社会構造などの関係から容易には進まないのが現状です。統合的沿岸域管理の取り組みの現場においても、地域主導やボトムアップという言葉はよく聞かれるものの、その具体的な事例はまだ実現しておりません。
そこで本事業は、今後地域の持続的な開発の議論の際に必要なプロセスとなる地域主導の合意形成のあり方を、ケーススタディを通じて探ろうという新しい取り組みです。
本事業にあたりましては、ご多忙のところ専門的見地から的確なアドバイスをいただきました東京大学大学院総合文化研究科助手の清野聡子氏、ならびに本事業に対するご理解と多大なご支援をいただきました日本財団にもこの場を借りて厚く御礼申し上げます。
平成16年3月
財団法人シップ・アンド・オーシャン財団
会長 秋山昌廣
「沿岸域管理モデルの構築」
実施体制
<アドバイザー>
清野聡子 [東京大学大学院 総合文化研究科 広域システム科学科 助手]
寺島 紘士 [SOF海洋政策研究所 所長]
金 鍾悳 [SOF海洋政策研究所 研究員]
菅家 英朗 [SOF海洋政策研究所 研究員]
酒井 英次 [SOF海洋政策研究所 研究員]
※敬称略、50音順
1. 研究の目的
1992年のリオ・サミットで持続可能な開発原則と行動計画であるアジェンダ21が採択され、その中で統合的沿岸域管理の重要性が取り上げられて行動計画が定められた。これに基づいて、各国、各地域では、種々の研究機関等も参加して統合的沿岸域管理のプログラムが実施されているが、残念ながら現時点ではわが国において統合的な沿岸域管理プログラムは行われていない。
しかし国内の沿岸関係法制度の改正等により、沿岸域管理における利害関係者の議論の場に市民の積極的な参加を求める声が高まる中、地域の環境を開発から守ろうとする市民レベルの活動は着実に広がりつつある。事実、各地で展開されているNPOや市民団体、地域住民を中心にした取り組みの中には、公共事業による開発計画の見直しや凍結につながる成果を上げる事例も見られるようになってきた。このようにボトムアップで地域のあり方を議論する仕組みは着実に根付きつつあるが、現在、市民の活動が活発な地域に共通する点として、当該地域にすでに何らかの問題があり市民の地域に対する関心が高く、開発行為抑制に対する潜在的エネルギーを有している点が挙げられ、いわば問題解決型の市民活動と考えることができる。反面、特に開発計画に対する火種のない地域では、地元市民の環境保全に対する意識が低く、開発による環境影響の問題が表面化して初めて市民の関心が高まることとなり、結果、問題解決への糸口がより複雑になるという懸念がある。
そこで本事業は、従来のような問題解決型ではなく、むしろ貴重な沿岸環境が残された海域をいかに維持するかという計画的・予防的な視点から、海域の持続的利用を地域主導で議論する地元に根付いた合意形成のあり方について研究を行い、統合的沿岸域管理モデルとして提案することを目的とする。
なお今年度は2年計画の初年度として、次年度実施予定のケーススタディ実施に向けた基礎調査を中心に実施した。
2. 検討対象地区の選定
2-1 検討対象地区の選定
本研究は、沿岸域の自然環境の保全・利用状況等を検証しながらケーススタディの検討対象地区を選定し、当該地区における地域主導型の沿岸域管理モデル構築の要件を明らかにすることを目指している。
具体的には、港湾利用、海上交通、漁業操業、プレジャーボートの利用といった海面利用の輻輳問題や富栄養化問題等が顕在化しやすい、大都市圏を抱える閉鎖性海域を対象とすることが想定される。
わが国では、三大湾といわれる東京湾、伊勢湾、大阪湾が検討対象地区の候補になると考えられるが、特に、以下の理由により東京湾を検討対象とした。
(1)観音崎と富津岬を結ぶ線以北の内湾で、湾面積の約6割、海岸線の9割以上を港湾区域が占めており1、港湾利用、海上交通、漁業操業、海洋レクリエーション等による海面利用の輻輳が顕著である。
(2)都市再生本部の第三次都市再生プロジェクトで大都市圏の「海の再生」の対象として東京湾を選定、七都県市・関係省庁により構成される東京湾再生推進会議が「東京湾再生のための行動計画」を策定し、東京湾の再生を目指した「東京湾蘇生プロジェクト」が進行している。
(3)富栄養化による慢性的な赤潮・青潮の発生により、湾内の生物・生態系に大きな影響を及ぼしている。
さらに、地域主導型の沿岸域管理に関するケーススタディを実施するために、東京湾の中から海域利用や自然環境の状況、沿岸陸域での環境問題等を総合的に勘案し、以下に示す条件から「木更津地区」をケーススタディの検討対象地区とした。
(1)内湾において、港湾区域が設定されていない自然海岸を有し、比較的良好な自然環境が保たれている。
(2)(1)の海岸線・海域を挟むように千葉港と木更津港の港湾区域が設定されているほか、漁港区域(牛込、金田、小糸川、富津)、漁業区域(区画・共同漁業権)等が設定されており、多種多様な海面利用が共存している。
(3)東京湾アクアラインの開通以降、同地区の経済状況はストロー効果により停滞・下降傾向にあり、今後沿岸域も含めた大規模な再開発が行われる可能性がある。
なお、本ケーススタディにおける検討範囲については、今後の検討の中で関係者の議論により詳細な範囲を設定することとし、本年度は暫定的に以下の範囲を検討対象として設定する。
○海岸線:市原市と袖ヶ浦市の境界線から、富津岬突端までの範囲
○海域:千葉港袖ヶ浦地区および木更津港の港湾区域を含む地先海域
○陸域:小櫃川・小糸川流域を含む内陸部
2-2 東京湾の概況
(1)海域利用
一般的に、洲崎と剣崎を結ぶ線以北を「東京湾」と呼び、特に富津岬と観音崎を結ぶ線以北の水域を「内湾」と呼ぶ。
東京湾には、千葉港、東京港、川崎港、横浜港の4つの特定重要港湾と、木更津港、横須賀港の2つの重要港湾が存在し、さらに、中ノ瀬航路、浦賀水道航路の開発保全航路が設定されている。
図2-1 東京湾の港湾区域および開発保全航路
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出典:東京湾環境データブック、国土交通省関東地方整備局、平成15年3月
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(2)海岸線の状況
内湾部の海岸線は、江戸川と荒川の間と、木更津市と袖ヶ浦市の境界線から小櫃川の間、木更津漁港から富津岬までの間以外は、すべて港湾区域に指定されている。特に、木更津市と袖ヶ浦市の境界線から小櫃川の間には、盤洲と呼ばれる東京湾最大の自然干潟が広がっている。
図2-2 東京湾の海岸線
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出典:同前
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(3)流入河川
東京湾に流入する主な河川は、江戸川、荒川、隅田川、中川、多摩川、小櫃川などがあり、これら河川の流域面積(水質汚濁防止法による総量規制指定地域)は約7,549km2におよぶ。
図2-3 東京湾に流入する河川の流域
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出典:同前
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