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1-3 セッション3「管理のシステム(メカニズム)」における報告・討議
1-3-1 報告の要旨
(1)セッション3-1では、IMOのコージ・セキミズ海洋環境部長が「新しい海域管理システムとしての海洋電子ハイウェイ(MEH)プロジェクト」と題して、MEHプロジェクトの概要と2004年からマラッカ・シンガポール海峡で実施されるMEHデモンストレーションプロジェクトについて報告した。報告の要旨は以下の通りであった。
(1)MEHの目的は、最先端海洋航海技術と環境管理保護システムを統合したElectrical Navigation Chartを提供することである。
(2)MEHは潮流などの情報もリアルタイムに通報できる他、原油流出時における三次元予測モデルなどの環境保護システムの開発に連接することもできる。MEHにより航行船舶を集中管理することが可能となり、航行の安全が図られ、海賊や武装強盗の予防ができ、海難による汚染を防止することができる。また、海運界が必要とするその他様々な情報を提供することも可能である。
(3)マラッカ・シンガポール海峡でのデモンストレーションプロジェクトは、航行が過密であるばかりでなく、沿岸部に豊富な資源を有するマラッカ・シンガポール海峡をMEHの運用の先駆として実施するプロジェクトである。主権の問題などがあり調整が必要であったが、海峡3カ国の同意によって可能となった。汚染防止と航行援助設備については日本財団の支援を得ている。
(4)プロジェクトの全体像としては、
フェーズ1; MEHシステムの試験的運用
フェーズ2; MEH実用システムの開発
を計画している。
 フェーズ1は、2004年からの5ヵ年計画である。2009年からのフェーズ2では、マラッカ・シンガポール海峡での試験運用の成果を評価し、ペルシャ湾岸から東アジアまでの運用を展開していくこととしている。
 
(2)セッション3-2では、PEMSEAのチュア・ティアエン地域プログラムディレクターが「東アジア海域の環境安全保障の実現に向けたパートナーシップの構築」と題して、PEMSEAの成果と今後について報告した。報告の要旨は以下の通りであった。
(1)総論
 海洋安全保障という言葉は、国防、食料安全保障、環境安全保障といったものを総合している。東南アジアの海域は、世界の海上貿易の中心であることはもちろんのこと、生物多様性という面から見た場合でも世界有数であり、周辺国にとって海洋安全保障が重要なことは論をまたない。しかし、近年、環境の急激な悪化と資源の破壊が進み、資源利用を巡る紛争も頻発するようになっている。
 環境の急激な悪化を食い止めるため、包括的計画を実行する人材育成と資金調達を進め、地方・地域間の海洋利用を巡る紛争を減少させ、気候変動条約、生物多様性条約、国連の活動などを批准遵守し、環境への投資を経済効果に結び付ける努力が必要である。
(2)PEMSEAの果たした役割、これから果たすべき役割
a. 汚染の防止の努力【1993-1999】・・・試行段階
 1993年、GEF(地球環境ファシリティ)の資金援助を得て、統合的沿岸域管理(ICM)構想を導入した環境保護と経済開発への取り組みのためのプロジェクトを開始した。中国のシャーマン、フィリピンのバタンガスがモデルケースとして選定され、大きな成果を得た。今、シャーマンは環境を悪化させずに17〜19%の経済成長を持続させている。
 また、海峡の安全航行と環境問題に如何に取り組むことができるかをテーマにして、マラッカ・シンガポール海峡を対象としたプログラムに取り組んだ。環境と生態系に係わる調査が実施され、海峡の海図が整備され電子情報管理システムが構築された。これが、MEHの開発に繋がっている。
b. 環境管理パートナーシップの構築(1999-2005)・・・継続運用段階
 試行段階における評価から、環境問題には政府間、行政組織間そしてマルチセクター間の協力が必要であることが認識され、継続運用段階では「パートナーシップの構築」を主要なターゲットにおくこととした。これに基づき、1999年に「東アジアの海洋における環境管理のためのパートナーシップ」(PEMSEA)が始動した。
 官僚組織の弊害や縦割り行政が大きな障害となっており、環境悪化や乱開発には省庁の責任が大きい。PEMSEAでは、社会・経済セクター、NGO、学術分野、メディアの参加を図りパートナーシップを強化させている。
 
(3)セッション3-3では、オーストラリアのウーロンゴン大学海洋政策センターのサム・ベイトマン教授が、「海上紛争防止システム−行動計画の提案−」と題して報告し、紛争予防における情報の収集と共有の重要性を訴えた。報告の要旨は以下の通りであった。
(1)海洋管理体制を構築することによって海洋秩序を維持し、紛争リスクを低減し、もって海洋の安全利用を図るための地域海洋協力が必要である。過去の経験からいえば、この地域の海洋協力はトップダウンでは機能せずボトムアップが望ましい。
(2)対テロ戦争への対応の中で、アメリカの海洋戦略用語の中に、Maritime Domain Awareness(海洋把握)が追加された。どのような船舶がどの海域にいて何をしようとしているかを把握しておくことである。アメリカは単独あるいはカナダの協力を得て海洋把握が可能であるが、東アジアの国々では地域海洋協力が必要なはずである。
 海洋で今何が起きているかについての総合的な知識は、海洋安全保障の不可欠の要素である。共通の利益を有する隣国同士であれば、安全保障上のジレンマや情報流出といった危倶なしに海洋協力が促進できるはずである。そのような協力は、信頼安全保障醸成としても重要である。
(3)この地域でも、過去に関連した情報共有化の構想が幾つか提唱され実施に移されたものがあるが、継続しているものは僅かである。主な理由は、意識の低さと資金不足である。現在も続いているものとしては、ASEAN地域フォーラムや西太平洋海軍シンポジウムなどがある。継続と発展のためには利他的な発想が必要である。
(4)行動計画の策定では、まず小さな第一歩を踏み出すことが重要である。私論として、積み木方式の三段階アプローチを提唱する。まず、海洋把握と情報共有の促進を図るための基礎構想を作り、次にデータベースを構築し、最後にリアルタイムの監視・情報交換を実施することである。
 共同行動として、過去に日本がOPKを提唱したことがあった。この種の協力は海軍よりも沿岸警備隊のほうが適している。究極的には、地域沿岸警備組織の構築が求められるかもしれない。
 
1-3-2 討議の概要
 以上の報告を受け、環境と開発のための意欲的なプログラムであるPEMSEAや航行安全と環境保護を目指すMEHプログラムの意義、さらには紛争予防のために必須となる海洋情報の収集と共有化のための国際協力の重要性を理解した上で、「海を護る」ために必要な各種メカニズムとその統合的運用について意見が交換された。持続可能な海洋利用のためには科学的な調査と監視が必要であり、それによって海洋のセキュリティーが高まるとの共通認識を得ることができた。
 
1-4 セッション4における総合討議の概要
 セッション1「概念の形成」、セッション2「Highly Accessed Sea Areasの現状」そしてセッション3「管理のシステム」の結果を踏まえて総合討議が実施された。討議では、「海を護る」ための概念と今後の取り組みの在り方について具体的な提示があり、忌憚のない意見の交換がなされた。
 討議の冒頭で、筑波大学の河野真理子助教授と韓国外交通商部のセオハン・リー教授がそれぞれコメントをした。河野助教授は、国連海洋法条約の補完の必要性と同条約採択後の状況からして国際協力の重要性が増大しているとして、国家主権と国際協力のバランスを確保すること、および国家利益を超えた国際社会全体の利益を考慮することの重要性などについて、公海漁業やストラドリング魚種の管理などの事例を引用しつつ指摘した。リー教授は、韓国の海洋資源・環境対策を取り上げ、韓国はアジアで唯一といえる海洋全体を所掌する海洋水産部を設立し取り組んでいるものの、現状に体制が追いついていないなどの不備があり、さらに総括的な海洋環境保全戦略が必要になっていることなどを、具体的な法令を引用しつつ紹介した。セッション2で紹介された、インドネシア群島水域管理体制の問題点と併せ、「海を護る」ための国内体制を検討する上での参考になるものと思われる。
 全体討議では、主権に対する考え方を見直す時期にきているのではないか、海洋法会議で示された“Common Heritage of Mankind”は海洋全体に適用されると受け取ることができる、国連海洋法条約が区分する各種海域を意識し過ぎると環境や安全の面で縛りがかかり過ぎる、それを補完する考え方で海洋安全保障を打ち出していくことが必要、国家管轄水域は沿岸国が管理を「委託」された海域と解釈することが重要、といった意見が出され、セッション1の討論の終わりに秋山会長が示したガバナンスに基づく概念を打ち出す方向に意見がまとまっていった。そのような考えをベースにして議論が展開され、沿岸警備隊や海軍の協力をテーマとして取り上げてはどうかといった意見と共に、そのような協力は今や実施に移す段階であって、このような場で実施すべきは実際の運用によって生じる問題の総合的な評価ではないか、といった今後の研究の在り方に及ぶ議論が交わされた。
 
2. 議長総括
栗林忠男
現職:東洋英和女学院大学教授/慶應義塾大学名誉教授
学歴:慶應義塾大学法学部法律学科卒業、同大学院法学研究科修了(法学修士)/オーストラリア国立大学大学院法学研究科修了PhD.(法学博士)
慶応義塾大学教授、同学生部長、同法学部長、常任理事を歴任し、2002年定年退職。1985年ケンブリッジ大学ダウニング校フェロー、日本学術会議会員、文部科学省総合科学技術審議会海洋開発分科会委員、世界法学会理事長を歴任。現在防衛庁自衛隊員倫理審査会会長、文部科学省宇宙開発委員会・安全部会特別委員などとして活躍中。「注解・国連海洋法条約下巻」「現代国際法」など著書多数。
 
 上記の成果要約を踏まえ、栗林議長が会議を次のとおり総括した。
 
 今回の国際会議は、昨年の第1回会議に引き続いて“海を護る”という新しい海洋安全保障の概念を更に明確化しかつ具体化することを目的として実施された。
 冒頭に奥脇教授氏から、レジーム論からガバナンス論に移ることはパンドラの箱を開けることになるかもしれないとの話があった。まさに、会議ではいろいろな考えや提案が示され、あたかも羅針盤のない船が海に乗り出したかのように思われたが、セッションを重ねるごとに、各分野、各レベルでの国際協力が一層必要であることが強く認識されていった。また、単なる管理以上のことを意味する海洋ガバナンスの方向に考えが収束していったように受け取れた。少なくとも“海を護る”という新しい海洋安全保障という概念は、従来以上に幅広く捉えるべきものであるという点については、全員のコンセンサスが得られたと思う。
 2日間の会議では、いくつかの具体的な提案があった。これらを次回につなげたいと思う。これからの海洋問題を考える上では、政府問での話だけではなく、このような専門家による実際を踏まえた客観的な分析・考察が重要である。
 これからSOF海洋政策研究所では、今回の成果をもとに、新しい安全保障の概念を明確な言葉で表すとともに、構想を実行に移すための具体的な措置について取り纏めていくことになる。パネリストの各位には、提言に結び付くような意見や情報をSOF海洋政策研究所にお寄せ頂きたい。
 会議では、「海を護る」ことの難しさ、問題点、時には将来への期待について率直に話し合えた。前回同様、一般参加者を交えて非常に活発な話し合いができ、多くの成果を挙げたと思量する。会議の円滑な進行を支えてくれた事務局の方々と同時通訳の皆さんに感謝申し上げたい。
 
閉会挨拶
秋山昌廣
現職:シップ・アンド・オーシャン財団会長/政策研究大学院大学客員教授
学歴:東京大学法学部卒業
大蔵省入省。東京税関長、大臣官房審議官を経て1991年に防衛庁に移り、人事局長、経理局長、防衛局長、事務次官を歴任し、1998年退官。1999-2001年ハーバード大学客員研究員として安全保障および海洋問題を研究。2002年学習院大学特別客員教授。「アメリカの世界戦略と日本の自立」(正論2000.2)「日米の戦略対話が始まった」(亜紀書房2002)などの著書・論文多数。
 
 昨年および今年の会議では、参加者の何人かがプレゼンテーションをして議論をしたが、来年の会議では、何らかの合意された、あるいは、議論された結果を外部へ発表できないか、アピールできないか、と考えている。何をアピールするのか。簡単に言えば、“海を護る”概念の明確化と具体的な何らかの提案なりアピールなりを考えている。
 いろいろな所で海の問題が議論され、会議やワークショップが開かれ、プロジェクトが進められている。その背景にある重要な要素とか原則とか、そういうものを“海を護る”概念として明確化できるのではないか。
 そして、アブストラクト的な内容だけではアピール度が低いので、具体的な提案なり、リコメンデーションなりが出来ないかと考えている。
 会議の中でもいろいろと議論され、
・コーストガードの国際協力の問題
・海洋問題や海洋政策に関する研究所のリストアップ
といった具体的な提案が出されたが、一般に出されていない新しい提案が出来ないだろうか。何か良い提案があれば、シップ・アンド・オーシャン財団まで知らせて欲しい。
 コーストガードの協力、それ自体は既に行われておりあまりアピールしないから、規模、場所、共同演習の期間とか、例えば南シナ海で12カ国が共同演習するとか、何か具体的にアピールする内容がないかと考えている。
 中国におけるコーストガードの創設を期待するとか、中国と日本の共同演習を提案するとか。これは非現実的なことではない。冷戦終結後、日本の海上自衛隊が米国以外と初めて海上共同訓練をしたのはロシアである。その次が韓国で、そして今ASEANと多国間の共同演習を行っているが、中国とは艦船の相互訪問もしていない、大変プアな状況にある。
 具体的な提案とともに海を護る概念の明確化をしていきたいと考えている。
 “海を護る”概念の明確化についても、奥脇先生や河野先生から示唆的な発言があった。ガバナンスとレジームとの関係あるいはその違い。国際協力と主権との関係、特に主権の権限をある程度移譲したら、国際協力から何らかの価値を保証されるのか、といった重要で示唆に富む話があった。
 来年も極力同じメンバーで会議がもてることを期待する。







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