(2)珊瑚礁
南シナ海は珊瑚礁が豊富なことでも有名である。しかし南シナ海の珊瑚礁も、世界の他の地域の場合と同様に、環境問題の深刻な危機にさらされている。世界全体の珊瑚礁の約30%が東南アジアに分布している。珊瑚礁は極めて多様性に富んでおり、全世界の漁獲高の12%に相当する魚介類に稚魚の育成地、エサ場を提供している点は重要である。珊瑚礁は東マレーシアの総漁獲高の30%、フィリピンでは25%に貢献していると推測されている。珊瑚礁が提供する製品、及び珊瑚礁の働きがもたらす生態系への貢献は、南シナ海地域全体で米ドル換算で毎年137億9,200万ドルに達する(ただし、東南アジアの珊瑚礁の3分の1が南シナ海に分布し、米ドルで6,076ドルha -1 year -1の価値があるものと仮定)。 7
今日、珊瑚礁が直面している危機は、主に人間活動の影響によるものである。珊瑚礁の破壊が他の分野に及ぼす影響には生物多様性の減少、珊瑚礁における漁獲高の減少、絶滅危倶種の問題、珊瑚・貝類及び珊瑚礁の動植物の売買などが含まれる。例えば、中国海南省では珊瑚礁の95%が損害を受けている。ベトナム沿岸における珊瑚礁の被害については、全くデータが得られていない。
表2: 南シナ海におけるマングローブ林破壊の原因及び破壊による損失
国名 |
過去の面積 (ヘクタール) |
現存する面積 (ヘクタール) |
% 損失面積 |
マングローブ林の破壊の原因 |
エビ養殖 |
ウッドチップ 及び紙パルプ |
都市開発/住居 |
国内利用 |
カンボジア |
170,000 |
85,100 |
50 |
|
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|
|
中国 |
42,001 |
14,749 |
65 |
|
|
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|
インドネシア |
4,254,312 |
733,000 |
83 |
|
|
|
|
マレーシア |
505,000 |
446,000 |
12 |
|
|
|
|
フィリピン |
400,000 |
160,000 |
80 |
|
|
|
|
タイ |
550,000 |
247,000 |
70 |
|
|
|
|
ベトナム |
400,000 |
252,500 |
37 |
|
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合計 |
6,321,313 |
1,938,349 |
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合計(全世界) |
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18,107,700 |
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出典:Spalding et al., 1997: ISME 1993.
(3)海草
海草の周辺には、複雑な海洋生態系が数多く形成されており、商業的に重要な魚介類(エビ、カニ等を含む)にとって貴重な育成地及び栄養源を提供している。さらに、海草は海洋の循環にも重要な役割を担っている。もう一つの機能として、海草は海底の堆積物を浸食から保護している。海草が減少すれば生産性の鎖が途切れ、生態系そのものが崩壊してしまうであろう。海草が提供する製品、及び海草の働きがもたらす生態系への貢献は、南シナ海地域全体で米ドル換算22,400ドルha -1 year -1と推測されている。 8
インドネシア、タイ、フィリピン、およびマレーシアの海草の20%ないし50%が損傷を受けている。その他の海洋生態系と同様、海草環境の破壊が他の分野に及ぼす主な影響としては、生物多様性や漁業の生産性などへの打撃がある。海草を保全する最良の方法は、そっとしておく事である。主な対策としては、トロール漁の禁止、栄養塩を減らして水質を改善する、汚濁の原因となる土砂等の流入対策、適切な漁業用具の使用などが考えられる。
珊瑚礁やマングローブなどと比較して、海草は南シナ海周辺の海洋生物のうち最も研究が遅れている生物種である。海草の分布は未調査で、南シナ海の海草の現状評価は、一部の国における限られた研究結果に基づいているのが実態である。
(4)河口域および湿地帯
湿地帯には一致した定義が存在せず、理解が異なる場合がある。 9 一般的には、泥炭湿地、湿地、沼地、塩湿地を指す言葉である。湿地帯は栄養塩のフィルターとして機能するほか、多くの渡り鳥の季節的な生息地にもなっている。湿地帯は独自の多種多様な動植物生態系を形成しているが、埋め立て、陸上起因の汚染、沿岸の地形学的変化、野鳥観察ツアーなどの影響で危機に瀕している。また、最近では、一部の湿地帯は養殖に利用されている。外来の植物が湿地帯全体を占拠してしまう場合もある。世界のあちこちで見られる古典的な例として、ホテイアオイを挙げることができる。しかも、湿地帯は小規模で簡単に出入りできるため、公害や外部の影響を受けやすい。
南シナ海の湿地帯の総面積は1,290万ヘクタールである。湿地帯が提供する製品、及び湿地帯の働きがもたらす生態系への貢献は、南シナ海地域全体で米ドル換算で年間約1,907億2,600万ドルと推測される(予想される生態系的及び経済的価値は米ドルで14,785ドルha -1 year -1である)。 10
こうした各種の生態系が損傷を回復するのに要する期間を考慮すると、珊瑚礁、マングローブ、河口域、及び海草床が失われることによって、長期的に深刻な影響が表れる可能性がある。珊瑚礁の破壊は、南シナ海地域の全ての国で進行している。過去70年間に、マングローブ林の面積は70%減少した。このまま減少傾向が続けば、2030年には全てのマングローブ林が失われるであろう。 11
海中生物について詳細な研究はなされておらず、どの程度の影響が出ているか詳しいことは分かっていない。
(5)海産物資源の乱獲
水産資源の枯渇は、南シナ海で最も深刻な問題であろう。魚介類はアジアの10億の人口にとって主要なタンパク源であり、世界のどの地域よりも多くの人口が漁業によって養われている。従って、食料安全保障、生態系の破壊、紛争という3つの要素が海洋において関連していることは、この地域のほとんどの国にとって自明なことである。タイ湾では、水産資源を巡る東南アジアで最も激しい争奪戦が昔から繰り広げられていたが、従来の漁場が枯渇するにつれ、残された南シナ海の資源を巡る争いはさらに熾烈さを増しつつある。水産資源の問題は、現在も、そして将来的にも南シナ海周辺の住民及び各国にとって中心的課題の一つであり続けるであろう。
水産資源の減少にはいくつかの要因が考えられるが、漁業規制が行われていないことは重大な問題である。南シナ海の国々は発展の水準が異なっているため、漁業能力に差が生じている。領土要求における意見の相違も、水産資源の争奪戦の原因となっている。トロール漁のような近代的な漁業技術が、沿岸の水産資源を危機に陥らせている。また、原始的な破壊的漁法もインドネシア、中国、フィリピン、ベトナムにおいて依然として続けられている。この漁法はタイやマレーシアの一部地域でも行われている。火薬や薬品を用いた漁業は珊瑚礁や生物の生育地、及び繁殖地の破壊につながる。
1990年代初頭、南シナ海における漁獲高(中国を除く)は68億米ドル、漁獲高は950万トンであった。 12 最大持続漁獲量(maximum sustainable yield)の代わりに最大経済的漁獲量(maximum economic yield)が基準に用いられていたならば、これほどの乱獲を招くことはなかったであろう。ある研究によれば、この場合の水揚げ量は現状の50%まで減少する一方、水揚げ量の減少による利益の減少は現在の漁獲高による総利益の28%程度に留まる見込みである。
南シナ海に関する漁獲高の記録及び在庫の評価は得られていない。海洋資源や生物の生息地を監視することは明らかに非現実的である。監視活動は、現状を調査して破壊の状況を把握し、修復が可能かどうかを調査することを目的とするべきである。
(6)油汚染
最近の調査では、南シナ海の海洋汚染の総量は350万トンと見積もられており、そのうち48%が陸上起因と推測されている。 13 南シナ海は最も通航量の多い海洋航路の一つで、油汚染の影響を受けやすい環境にある。座礁船からの油の流出は、南シナ海における油汚染の主因ではない。 14 唯一最大の汚染源は、生活雑排水及び工業廃水である。
沿岸海域および洋上における洋上起因の油汚染は、船舶、及び石油やガスの探査/採掘プラットフォームが汚染源である。同海域を通航する船舶(商用船、漁船、観光船、バルク石油タンカー)は増加傾向にあり、船舶に起因する油汚染の危険性は増大している。油汚染の規模が限定的であっても、簡単に生分解されない物質や毒性の強い物質を含むことがあるため、海洋環境にとって過酷な結果を招く可能性がある。海洋環境における油汚染は越境的問題である。油は海流と風の両方に乗って、海面に拡散して行く可能性がある。
(7)陸上に起因する公害
世界中どこでも同じであるが、大都市の廃棄物(下水を含む)、工業廃棄物、炭化物など、海の汚染要因のほとんどは陸上で発生している。農業排水には海洋環境を汚染する栄養塩、農薬、堆積物などが含まれている。南シナ海の沿岸諸国では、河川の堆積物や固形廃棄物、国内の農業及び工業から発生する廃棄物等が、主な汚染物質源として河川と沿岸水域の両方の環境に大きな打撃を与えている。
陸上起因の汚染は、固形廃棄物(プラスチック、ガラス、空き缶など)、下水など都市の廃棄物による割合が大きいと思われる。南シナ海周辺の7カ国の人口によって、毎年600万トンの有機物が排出されるが、このうち処理施設によって取り除かれるのは4カ国の11%にすぎない。中国では上海、広州、及び香港、ベトナムのホチミン市、タイのバンコク、フィリピンのマニラ、インドネシアのジャカルタ、シンガポールと、南シナ海の沿岸に位置する主要都市はどれも大規模で、しかも成長を続けている。これらのうち、下水処理施設を有する都市は数えるほどしかない。結果的に、廃棄物は川や海に直接排出されている。多くの場合、汚水は直接海に垂れ流されて赤潮の原因となるほか、海全体をバクテリアで汚染している可能性がある。沿岸地域の経済活動に伴い排出される産業廃棄物も、処理されることなく直接海に廃棄されている。
浮遊物/堆積物は、陸上起因の汚染のもう一つの主要な原因である。不適切な農業慣習や森林伐採によって露出した地表は、風雨による土壌の浸食を招く。耕地への転換を目的とした森林伐採は、河川や沿岸地域における浮遊物やシルト(沈泥)の主な原因である。問題のある技術的慣習も、大規模な堆積物が河川や海に流れ込む原因となる。森林伐採や焼き畑農業は百万トン単位で堆積物を生み出し、河川を経由して沿岸地域及び三角州へと流出する。南シナ海の河川の多くに大量の浮遊物が流れ込んでおり、海洋環境に対して越境的な影響を与えている。
(8)大気汚染
大気汚染も南シナ海の環境問題に含まれる。大気汚染の主な原因は、二酸化炭素、二酸化硫黄、その他の温室効果ガス、増加を続ける煙突や森林火災によって放出される煤煙、南シナ海周辺の新興工業国の自動車が出す排気ガスなどである。
森林火災によって生じる煤煙や、工場のばい煙が生む酸性雨など、越境的な大気汚染が地域全体に広がっており、住民の健康と経済活動に深刻な影響を及ぼしている。南シナ海の海岸線に沿った都市で石炭を燃やす火力発電所、アルミ溶鉱炉、セメント工場、製鉄所などの煙突からは、さらに大量の炭素、硫黄化合物が排出されている。自動車からも粒子状物質やエアロゾルによる汚染が発生しており、大都市では特に問題となっている。
土地の劣化、水不足、急激に悪化しつつある大気品質、有害添加剤、未処理廃棄物の投棄など、東南アジアは多くの環境問題を抱えている。それぞれの問題が複数の原因を抱えており、しかもその結果同士は互いに影響し合っている。こうした環境問題の主な原因を表3に示す。
結論として、南シナ海では陸上起因の汚染源が内陸・沿岸の両方の汚染の主役を担っている。船舶起因の汚染源の寄与は比較的小さいが、大規模な油流出など、大量の油が放出された場合には深刻な被害につながる可能性がある。現時点では、大気からの汚染物質の流入は軽微であると考えられているが、その根拠となっているのは入手可能なデータが極めて信憑性に乏しいこと、空気の寄与について影響を評価することが困難であることなどである(大気の化学的特性は分析が困難で、研究を行うには大規模の調査を行う必要がある)。ただし、大気中の汚染物質は国境を越えて最も移動しやすい汚染物質であることも指摘しておかねばならない。
表3: 南シナ海における公害の発生源、順位
発生源 |
順位及びデータベース |
国内の水環境の汚染に対する寄与(L=低、M=中、H=高) |
Ca |
Ch |
Indo |
Mai |
Phil |
Tha |
Viet |
・国内の廃棄物 |
1-Fair |
M |
H |
H |
M |
H |
H |
H |
・農業廃棄物 |
2-Poor |
M |
H |
H |
M |
H |
H |
H |
・工業廃棄物 |
2-Poor |
M |
H |
H |
H |
H |
H |
H |
・堆積物 |
3-Poor |
M |
H |
H |
M |
H |
H |
H |
・個体廃棄物 |
4-Fair |
H |
H |
H |
M |
H |
H |
H |
・炭化水素 |
5-Poor |
L |
M |
H |
M |
M |
M |
M |
・船舶起因の汚染源 |
6-Poor |
L |
M |
M |
M |
M |
M |
M |
・大気中 |
7-Poor |
L |
M |
H |
M |
H |
M |
M |
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出典:UNEP, Strategic Action Programme for the South Chins Sea,
UNEP SCS/SAP Ver. 3, 24 February 1999, p. 11.
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