日本財団 図書館


IV. 1982年海洋法条約第43条による協力協定
 マラッカ・シンガポール海峡における国際航行上の安全は、国際社会全体にとって戦略上重要性が高い。海上テロの脅威は、国際社会が共同して国際航行を行う船舶で混雑する海上交通路の保安の強化を図る上で、重大な障害となっている。だがその反面、海上テロの脅威は、利用国と沿岸国間の協力関係を改善してマラッカ・シンガポール海峡の海上保安を強化する良い契機ともなる。この協力体制を実現する最も有効な手段は、海洋法条約第43条による協定である。10
 海洋法条約は、国際航行に使用されている海峡の海上保安に関する海峡沿岸国の義務については規定していないが、2002年12月のSOLAS条約修正により、沿岸国は自国領海における船舶に対して、テロヘの脅威に関する保安評価を実施することを義務付けた。
 また、国際航行に使用される海峡の通航権を行使する船舶を保安するための費用を、沿岸国が総額負担するのは妥当ではない。利用国は通航権の主要な受益者であるため、費用の一部を負担するべきである。
 主要な海洋国家が協調してマラッカ・シンガポール海峡における海上保安を強化する機は熟した。この機会に、主要な利用国とマラッカ・シンガポール海峡の沿岸国との間で交渉を行い、マラッカ・シンガポール海峡の通過通航権を行使する船舶に対するテロ行為及びその他の攻撃を、共同で抑制するための協定を結ぶべきである。この種の協定は、海洋法条約第43条で要求されていることから、これに沿った内容になると予想される。同条約の規定は次の通りである。
海峡利用国及び海峡沿岸国は、合意により、次の事項について協力する。
(a)航行及び安全のために必要な援助施設又は国際航行に資する他の改善指定の海峡における設定及び維持
(b)船舶からの汚染の防止、軽減及び規制
 国際航行援助施設により安全性を高めることは、海峡を通航する船舶に対する攻撃の防止・抑制となり、海上保安の拡充につながる。この協力協定は、それを実現させるためのものである。特に海上テロの脅威を考慮すると、国際航行援助施設により安全性を高めることは、海上保安を高めることと同様に重要である。さらに、米同時多発テロ以降のIMOの対応は、今日では海上保安が海上安全の一部であることを実証している。
 マラッカ・シンガポール海峡の安全を脅かす国際テロの脅威は、第43条で要求されている海峡利用国と沿岸国の間の合意に向けての交渉を実現する新たな原動力となる。東南アジアの主要な国際航路を往来する船舶に対する国際テロの脅威は切実な問題である。双方が可能な限り早く合意に達し、マラッカ・シンガポール海峡の通過通航権を行使する船舶に対するテロ行為及びその他の攻撃を共同で防止・抑制することは、IMOをはじめ海峡沿岸国、利用国、ひいては国際社会にとって利益となる。
 第43条に基づくマラッカ・シンガポール海峡における海上保安強化のための協力協定には、次の条項が盛り込まれることが予想される。
1. すべての締約国は、マラッカ・シンガポール海峡の通過通航権を行使している船舶に対するテロ行為及びその他の攻撃について、協力して抑制及び防止する義務を負う。
2. 海峡沿岸国は、オイルタンカー、危険物質を積載している船舶など、特に標的となりやすい船舶が締約国の領海内で通過通航権を行使しているときに、これらの船舶に対する攻撃を抑制するように協力する義務を負う。
3. 沿岸三国はそれぞれ、マラッカ・シンガポール海峡の通過通航権を行使している船舶に対する攻撃を犯罪行為とみなし、厳重な刑罰を科すという法令を制定する。海峡の分離通航方式に基づき制定された、海路の通航権を行使する船舶に対する攻撃は、沿岸三国の法令により、発生した領海を問わず犯罪行為とする。
4. 利用国は沿岸国に対し、沿岸国が海上保安を強化し、海峡の通過通航権を行使する外国船に対するテロ攻撃を防止できるように、資金援助及び技術支援を提供する義務を負う。
5. 利用国は沿岸国に対し、沿岸国における港湾施設の安全性を高めるためのISPSコードの要件に適合するように、資金援助や技術支援を提供する義務を負う。
6. 利用国及び沿岸国は、マラッカ・シンガポール海峡の通過通航権を行使する船舶に対する攻撃を防止及び抑制するための協力協定を締結する。この協力協定の内容は次の事項を含む。(a)連携パトロールまたは合同パトロール、あるいはその両方、(b)攻撃を受けやすい船舶の海軍力または旗国による護衛、または(c)テロリストが乗船している可能性のある船舶またはテロ活動に従事している可能性のある船舶に対する巡視及び立入の許可を、海軍力に速やかに与える旨を含む、不測事態への対応計画。
 海峡周辺の海上保安を強化するためには、沿岸国と利用国との間の他の協力協定についても考慮しなければならない。
 第一に、この地域の多くの開発途上国には、海上の石油天然ガス資源を開発利用する目的で排他的経済水域に建設された人工島、施設及び構築物がある。開発途上国の中には財政的・技術的にこれらの島や施設、構築物のセキュリティを強化できない国がある。開発途上国の主権が及ぶ水域の通航権を行使している利用国は、これらの人工島や、施設、構築物のセキュリティを強化するための支援を提供すべきである。
 第一に、海峡周辺国は船舶に対する武装強盗、海賊行為、海上テロに関する自国の法律を見直し、海峡周辺を航行する船舶の安全を脅かす行為に対応するように、法律を改正するべきである。また、船舶に対する海賊行為及び武装強盗対策として、地域的又は小地域的な協定を締結することも検討する必要がある。
 
結論
 マラッカ・シンガポール海峡は非常に重要な輸入貿易ルートの要衝である。国際社会は、マラッカ・シンガポール海峡の通航権を行使する船舶の安全確保に多大な関心を抱いている。船舶に対する海賊行為や武装強盗は、長年にわたり海峡の安全を脅かし、現在でも深刻な問題となっている。米同時多発テロ後の海上テロの脅威により、海峡の保安がクローズアップされている。
 マラッカ・シンガポール海峡における海上保安への脅威に対処する上で最も重要な国際条約は、1988年SUA条約及び議定書である。海峡の沿岸三国と他の周辺諸国は、同条約及び議定書の締約国になるべきであるIMOの法律委員会は、現在、1988年SUA条約及び議定書の修正を検討中である。修正案は、海上テロ対策として条約の更新を意図しており、海上テロに対抗する強力な手段となるだろう。
 米同時多発テロが契機となり、IMOは海上安全の項目に、新たに海上保安の概念を盛り込むこととなった。1974年SOLAS条約の2002年の改正が2004年7月1日に発効する。これにより、船舶及び港への海上テロ行為に対する保安が格段に向上するだろう。これらの修正は、マラッカ・シンガポール海峡を航行する船舶への海賊行為や武装強盗に対応する助けとなるはずである。海賊やテロリストが船をハイジャックすることは困難になるだろう。
 世界の海上保安網における最大の弱点は、例えばマラッカ・シンガポール海峡のように、主要な国際航路が一カ所で狭まっている地点である。マラッカ・シンガポール海峡の海上保安を強化するには、主要な利用国と海峡沿岸諸国が協力して、共同で義務を負担するのが最良の方法である。すなわち、海峡沿岸国が主要な利用国から支援を受けることにより、国際航路に沿って外国船舶が領海内を通過する際に航行の安全を保障する義務を、より効果的に果たすことが可能になる。海洋法条約に基づく特別な通航制度の主要な受益者として、主要利用国が負担するのが妥当である。問題の解決に向けて双方が現実的なアプローチをとれば、海峡沿岸国の主権を損うことなく、マラッカ・シンガポール海峡の海上保安を強化できるだろう。
 
参考文献
1 下記のIMB Piracy Reporting Centreのウェブサイトで閲覧可能
http://www.iccwbo.org/ccs/news_archives/2003/piracy_ms.asp
2 Joseph Brandon, op-ed comment, International Herald Tribune, 5 June 2003
3 本文は下記のAustralia Treaties Libraryのホームページで閲覧可能
http://www.austlii.edu.au/au/other/dfat/treaties/1993/10.html
4 1988年大陸棚に所在する固定プラットフォームの安全に対する不法な行為の防止に関する議定書。本文は下記のAustralia Treaties Libralyのホームページで閲覧可能
http://www.austlii.edu.au/au/other/dfat/treaties/1993/11.html
5 1970年ハイジャック防止条約の本文は下記のAustralia Treaties Libraryのホームページで閲覧可能
http://www.austlii.edu.au/au/other/dfat/treaties/1972/16.html
6 1970年ハーグ条約のスキームに従う他のテロ防止条約は次の通り。(1)民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約、1971年9月23日モントリオールで署名。(2)国際的に保護される者に対する犯罪の防止及び処罰に関する条約、1973年12月14日の国連総会で採択。(3)人質行為防止条約、1979年12月17日の国連総会で採択。(4)爆弾テロ防止条約、1997年12月15日の国選総会で採択。(5)テロ資金供与防止条約、1999年12月9日の国連総会で採択
7 ARF Statement on Cooperation Against Piracy and other Threats to Maritime Security, 2003年6月、ASEAN事務局のホームページ:http://www.aseansec.org/14837.htm.
8 法律委員会第86回会期(2003年4月28日〜5月2日)の概要については、下記のウェブサイトを参照
http://www.imo.org/Newsroom/mainframe.asp?topic_id=280&doc_id=2678#2
9 コードを含む修正条項の本文は、下記のAustralian Legal Information Institute(AUSTLII)のホームページで閲覧可能www.austlii.edu.au/au/other/dfat/treaties/notinforce/2003/11.html
ISPSコードの本文は、下記のシンガポール港湾局(MPA)のホームページで閲覧可能
http://www.mpa.gov.sg/homepage/other-notices/ISPS-Code.pdf
10 第43条に関連する法的事項の背景については、Singapore Journal of International & Comparative Law, Volume 2, 1998及びVolume 3, 1999で報告された事項を議題とした2つの会議(シンガポールで開催)において提出された論文を参照。
 
討論概要
セッション1: 概念の形成
二つの論点
1-1 新しい海の安全保障を考えるうえにおいて、地域的なアプローチと、IMOやその上の国連といったような機関による普遍的なアプローチのいずれが効果的であるか、また、合意の枠組みに参加しない国々をどのように取り込むのかという問題がある。この二つの点について、討議の中でコメントを頂きたい。
 
ガバナンスとマネージメント
1-2 ガバナンスという言葉が使われているが、一部の人にとっては不快に感じる用語である。1998年の国際海洋年に海洋問題世界委員会(IWCO)が用いたように、「オーシャン・マネージメント」と言い換えることもできる。国際社会にはガバナンスの制度はなく、海洋資源を子々孫々にまで残すためのガバナンスの態勢は整ってはいない。オーシャン・ガバナンスというと、主権の重複をどのようにして整合するのかといった問題も出てくる。
 
1-3 「オーシャン・マネージメント」のほうが政治上の微妙な感情を生じさせず使いやすい。ガバナンス論では、だれがガバナーなのかという問題もある。
 
1-4 ガバナンスという言葉、あるいはガバナンスセオリーという議論、これがレジームセオリーとどこが違うかが重要である。
 グローバルガバナンスという言葉と対比させ、Integrated Ocean Managementという言葉を同時に使った。Integrated Managementという場合には、マネージする主体がはっきり意識された上で議論される。主体としては、国家、国際組織、個人、個人の集合としてのシビルソサエティーなどがイメージされる。Integrated Managementは、その主体、つまり個人、国家、国際組織、などの目的が一致しておれば、確かにマネージメントと言えるが、Integratedという言葉自身がマジックになる。そもそも、Integratedのマネージメントとは何であろうかと考えたとき、マネージメントという発想とやや違うガバナンス、つまり、どういう状態が人間全体にとっていいのか、といったことを問題にしようとすると、Integrated Managementという言葉で表しきれないのではないか。つまり、われわれが問題を解決するときに、イシューごとに特定して解決を求めながら、それぞれのレジームを改正していく形でマネージできると思いがちである。しかし、現在の問題は、そういう個別のイシューエリアごとに合理的な解決を目指すということはもちろん必要だけれども、それを全部寄せ集めたときには、将来の世代にとってどうかとか、持続性があるかとか、そういうことがレジームごとの問題解決の中からは必ずしも見えてこないという部分があるのではないだろうか。そこに注目して、レジーム相互の、いわば複合的な問題解決を図る実質を持つような物事の決定をどのように表現するかというと、それを表現しているのはガバナンスという言葉なのだと思う。
 
1-5 オーシャン・ガバナンスとしてIMOが適切な組織なのかということになると、そのような水準には到達していない。しかし、IMOが将来どのような役割が果たせるのかについて、今、長期的なビジョンを練り上げているところであり、オーシャン・ガバナンスといった面についてもIMOが大きな役割が果たせるようになると確信している。
 
海洋の治安と安全
1-6 SUA条約の改正を効果的なものとする必要がある。そのためにも、各国はSUA条約の批准を検討しなければならない。また、国連海洋法条約43条の下での協力についても大きなビジョンが必要である。セキュリティについて、IMOとしては、SOLAS条約の改正と批准が重要であるし、ISPSコードを実施しなければならない。
 
総合管理の体制
1-7 「海を護る」のは誰のためか、海洋の最善利用の目的は何かを明確にする必要がある。海と陸は不可分につながっており、生態系のみならず政治、社会、文化の面でも不可分であって、枠組みやレジームを持って全体的にアプローチすることが必要である。「海を護る」ことは人類の生存のためのセキュリティであると言える。しかし、枠組みがなく、総合して管理する体制がないということが問題である。
 
1-8 陸と海をインテグレートした形で開発するため省庁間を横断して取り組む、といったことがよく言われる。これを国際航行に使われる海峡について適用するにはどうすべきか。複数国が絡むことになれば、IMOと沿岸国の協力が必要になる。ここに一つのインテグレーションの形がある。利益を得るのは利用国であり、ユーザーは安全確保と環境保護のための負担を分担しなければいけない。ところが、この負担の分担というところが今、欠けている。IMOの海洋環境委員会が取り組んでいるところであるが、油汚染の防護や航行の安全などをインテグレーションするための負担分担が必要である。ばらばらで管理できる時代ではなくなっている。IMOを通じて協力することが大切である。
 
1-9 海と陸とのインターフェースを理解することが重要である。しかし、陸上起因の海洋汚染については、国内問題であるので口を出してもらいたくないという国が多い。注意深く対応する必要がある。
 海上の安全については、IMOが現実的で重要な役割を果たしている。IMOはモニタリングの役割もできるのではないかと思う。
 
1-10 SOLAS条約やSUA条約の改正は、枠組みから言うと条約とは相当違った要素を取り込んでいる。9.11以降の変化、われわれの現状認識の変化を反映しているのであろう。本来ならば、特定のテロ対策レジームを作り、沿岸国や旗国に役割を割り振ることになるが、時間の関係から、既存の条約の枠組みを改正しようとしているのではないか。現実的な対応としてはやむを得ないかもしれないが、それは、海洋秩序全体を変えるのではなく、現在の必要を満たすために既存の枠組みを使ってやっているとも考えられる。
 海洋の秩序全体が変わっていくのだから、例えば、海峡沿岸国が合意しないのであれば、海峡地域に強引にレジームを当てはめていくことがあり得るとの意見もあるだろう。そういうことが有るのか無いのかは、将来、われわれがどのような海洋秩序を考えるのかというところから見なければ答は出ないだろう。
 
安全保障のための地域的アプローチ
1-11 海洋の安全保障について地域的なアプローチの重要性が指摘されていた。チョーク・ポイントやシーレーンを対象とした地域各国による共同パトロールや多国間訓練、演習が提唱された。これについて、地域各国はどのように考えているのだろうか。2年前に日本が東南アジアに艦船を派遣する意思を示したときには中国が反対した。もし日本が海上保安庁の船を派遣するとしたら中国はどういう対応をするだろうか。
 
1-12 共同パトロールや多国間演習は既に行われている。これを制式化していく作業が必要である。その場合、地域諸国の態度が鍵となり、また諸国の主権の尊重が重要となる。
 10年ほど前にイギリス海軍がマラッカ海峡の海賊パトロールを申し出たとき、大英帝国がまたやってくるのかと言われ反対があった。しかし今では、日本などの協力もみられるようになった。海峡国においては、多国間協力が自らの能力を構築することになるとの考えも生じている。中国は石油を輸入しており、マラッカ海峡への依存度を高めている。中国もシーレーンの安全保障を大事に考えている。中国もまた「海を護る」ために一緒に努力する国であると考える。
 
「海を護る」概念とオーシャン・ガバナンス
1-13 ガバナンスよりもマネージメントの方が適当ではないかとの指摘があったが、中国語では同じ言葉となり区別はない。
 
1-14 ガバナンスという中国語を創って欲しい。中国ではコンピュータ、あるいはデジタルという言葉についても新しい中国語を創っている。ガバナンスという言葉が中国語でどう表されるのか考えてみてほしい。
 奥脇教授が「Governance without Government」とおっしゃった。大変示唆的だと思う。現在、海洋問題について世界を統率するオーソリティはない、法律はあるけれども法の執行はない。このセッションは、新たな概念の形成がテーマである。海洋の秩序維持を新しい概念で考えてみたいというのが提案である。結論的に言うと、海を護るための国際共同体、インターナショナルコミュニティ、漢文の文法に従えば「護海共同体」といったものの形成をイメージしている。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION