第2編 航海用レーダー
第1章 航海用レーダー等の変遷
レーダーの語源は、Radio Detection And Ranging(無線探知及び測距)あるいは、Radio Direct And Ranging(無線方位測定及び測距)の略であるともいわれている。
レーダーはその名前が示すように、電波(パルス波)を発射して周囲の物体や地形を探知し、これをブラウン管(C.R.T)上に映し出す装置であって、それらの物体や地形の方位と距離を容易に測定することができる。
このレーダーは第2次世界大戦中に軍用として発達をしてきたが、戦後間もなく一般商船に使用されるようになり、天候や昼夜の別なく自船の周囲の陸地の状況や相手船の存在などを知ることができることから、多くの船舶で受け入れられるようになった。今日では、商船とはいわず漁船をも含めて必需品的なものとなり、ある程度以上の大きさの商船や漁船などでは、すべてレーダーを装備するのが常識となってきた。
国際海事機関(IMO)〔この機関は1982年5月までは政府間海事協議機関(IMCO)と呼ばれていた〕は1971年(昭和46年)10月の第7回総会で航海用レーダー(Navigational Radar Equipment)の性能基準(Performance Standard)についての勧告に関する決議を採択した(決議A.278(VII))。これは勧告の文章にもあるように、1960年の「海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS条約)」の第5章12規則の中で船舶へ装備することが規定された航海用レーダー(Shipborne Navigational Radar Equipment)の性能基準を定めたものであるが、その規定は、のちに述べる1974年のSOLAS条約まで実現しなかった。
IMOは更に1973年11月の第8回総会で前の決議の補足として、航海用レーダーの制御つまみに付けるシンボルマークについての決議(A.278(VIII))を採択した。
日本は、このような国際条約によってレーダーを船舶へ強制装備することが決議される前に、昭和50年11月に船舶安全法の関係省令である船舶設備規程を改正して、次のような船舶には航海用レーダーを備えなければならないことにした。
(1)総トン数500トン(旅客船、危険物ばら積船(船舶安全法施行規則第一条第三項の危険物ばら積船をいう)並に引火性又は爆発性のガスを発生する液体にして危険物以外のものを運送するタンカー及びタンク船にありては総トン数300トン)以上の船舶には1台のレーダー
(2)長さ200メートル以上の船舶には予備を含めて2台のレーダー この規定とともに船舶設備規程によってレーダーの性能要件が定められたが、この場合、将来の条約改正を見越して総トン数1600トン(以下1600GTと略す)以上の国際航海に従事する船舶の場合は前記IMOの決議A.278(VII)に基づくレーダーを、また、500(300)GTから1600GTまでの範囲の船舶の場合はそれから若干性能を落としたレーダーでもよいという規定が作られて公布された。同時に、改正された船舶等型式承認規則では、このレーダーのうち前者を甲種、後者を乙種と呼ぶことにしている。 また、レーダーは電波を発射する装置であるため、電波法にも航海用レーダーの技術的条件が規定されることになり、無線設備規則の中に
(1)IMOの決議A.278(VII)相当のもの
(2)(1)よりも性能を落としたもの
(3)(1)(2)の規定に入らないもので、別に郵政大臣の告示によるもの
の三種類のレーダーが規定された。(3)については、次の3種類が告示された。
(1)乙種レーダーに相当するもの
(2)空中線電力が5kw未満の小型レーダー
(3)波長がミリ波のレーダー
電波法による無線機器型式検定規則には、レーダーの技術的要件や試験方法などが規定され、前述の(1)のレーダーを第1種レーダー、(2)のレーダーを第2種レーダー、(3)のレーダーを第3種レーダーと呼んでいる。
第1種レーダーは甲種レーダーに第3種レーダーのうち(1)のレーダーは乙種レーダーに相当しており、この場合の第2種レーダーと第3種レーダーのうち(2)と(3)は、レーダーの装備を強制されていない船舶用のレーダーということになるが、もちろんそのような船舶に第1種及び第3種の(1)のレーダーを装備しても差し支えない。
1960年のSOLAS条約はその後もIMOで改正作業が続けられ、新しく1974年のSOLAS条約として調印された。更にこの条約の再改正である1978年の議定書の第5章12規則によって、1600GT以上のすべての船舶に航海用レーダー(1台)を、また、10,000GT以上の船舶には2台のレーダーを装備しなければならないことになった。1974年のSOLAS条約が昭和55年5月24日に発効するのに伴って、船舶安全法と電波法の関係法令が次の様な省令によって改正された。
*電波法の一部を改正する法律(昭和54年法律第67号)
*船舶設備規程等の一部を改正する省令(昭和55年運輸省令第12号)
*電波法施行規則の一部を改正する省令(昭和55年郵政省令第12号)
*無線設備規則の一部を改正する省令(昭和55年郵政省令第15号)
*船舶等型式承認規則の一部を改正する省令(昭和55年運輸省令第14号)
*無線機器型式検定規則の一部を改正する省令(昭和55年郵政省令第20号)
その改正内容を整理すると以下のとおりである。
(1)予備を含めて2台のレーダーを装備する船舶が1978年の議定書に合わせて「長さ200メートル以上の船舶」から「総トン数10,000トン以上の船舶」に改められた(船舶設備規程の改正)。
(2)電波法が改正〔電波法の一部を改正する法律(昭和54年法律第67号)〕されて、船舶安全法によって船舶に備えなければならないレーダーは型式検定に合格したものでなければならないことになった。ただし、郵政省令でその除外例が設けられた。
(3)1974年のSOLAS条約に応じてIMO規格のレーダー(甲種・第1種)を、1600GT以上のすべての船舶に装備することが強制されるようになった(船舶設備規程の改正)。
(4)電波法による性能要件の中で、トルーモーション表示の場合には距離測定精度などの規定が適用除外になっていたのを適用するように改め、また、そのときの方位測定精度の適用除去の文章も船舶安全法のものと合わせた。更に、電波法の距離分解能の規定に「最小レンジにおいて」という条件を加えた。 (無線設備規則第48条の改正)
(5)無線設備規則で性能要件が規定されているレーダーは三種類(第1種、第2種及び第3種)になった。すなわち、旧規則の郵政省告示で性能要件が規定されていたレーダーのうち、旧第3種の(i)のレーダーを規則の中に取り入れてそれを第2種とし、旧第2種が第3種となった。また、告示によるレーダーをそのため第4種と改めた。なお、従来から各種のレーダーの船舶への適用に関する条文は告示で定められていたが、これを規則の本文中で規定するように改めた。(無線設備規則、第48条及び無線機器型式検定規則の改正)
(6)(5)の結果、新しい第2種レーダーの性能要件が無線設備規則の中に規定された(同上)。
(7)(2)項にあげた郵政省令による型式検定の除外例として
(1)外国において検定規則で定める型式検定に相当する型式検定に合格しているものと郵政大臣が認めるもの
(2)船舶安全法第6条の4の規定による型式承認を受けたもの をあげ、また一方、運輸省では、船舶等型式承認規則の「運輸大臣の行なう型式承認を受けなければならない」という規定に、「電波法第37条の規定により郵政大臣の行う検定に合格した航海用レーダーの型式については、この限りでない」と除外例を設け、その場合の型式承認手数料の割引をして、運輸、郵政両省の相互承認の形をとることになった。(電波法施行規則第11条の5と船舶等型式承認規則第6条と別表の改正)
これより少し前のカーター大統領の当時、世界各地でタンカーの事故が続発し、これによる環境汚染を防ぐため、米国では幾多の対策が考えられたが、その中の一つにCollision Avoidance System(MARADの用語)があり、1977年(昭和52年)10月17日に法律95-474“Port&Tanker Safety Act”を定めて、米国の水域に入る10,000GT以上のタンカー及び危険物運搬船に対し、1982年(昭和57年)7月1日までにElectronic Relative Motion Analyzer(ERMA・USCGの用語でIMOのARPA相当)を設置することを義務づけた。米国はこの種の装置を各国に呼びかけたが、時期尚早の声の中にIMOで取り上げられ、1979年(昭和54年)7月1日までに性能基準をまとめることになった。その後、米国はこの問題がIMOで取り上げられたのでこれを激励し、かつ、協力するために従来の提案を取消してIMOに同調すると公表した。(1978年(昭和53年)7月24日、FRVol.43No.142)すなわち、この時点でUSCG固有の性能基準要求は取消しになったので、以後はIMOの性能基準にのみ注目すればよいことになったわけである。
IMOでは第9回の総会(1979年(昭和54年)11月)で、自動レーダープロッティング援助装置(ARPA)の性能基準に関する勧告が決議として採択され、それ以後、10,000GT以上の船舶への搭載を義務づけることを目的として熱心な討議が行われ、その性能基準が定められた。
わが国では、この決議を受けて、運輸省は昭和58年3月8日に船舶設備規程に、装置の名称を「自動衝突予防援助装置」として、その性能要件を規定するとともに、船舶等型式承認規則も改正して型式承認の対象とすることになった。一方、郵政省では、この装置はレーダーの付加機能として扱い、昭和58年1月31日に無線設備規則を改正(第48条第1項第7号ハの追加)して自動レーダープロッティング機能と呼び、その技術的条件の一部のみを規定して、残りの規定は郵政大臣の告示によることにした。
その後IMOは、さきの総会で決議したA.278(VII)の航海用レーダーの性能基準を、2台のレーダーを装備する場合及びレーダービーコンとの関連などを含めて全面的に見直し、新たに1981年(昭和56年)11月の第12回総会で決議して、A.477((i))航海用レーダーの性能基準の勧告(Recommendation Performance Standards for Radar Equipment)となった。
前の決議からの実質的な改正点は次のとおりである。
(1)新勧告は1984年(昭和59年)1月1日以降に装備をするすべての航海用レーダーに適用される。
(2)表示器の大きさ(有効直径)が、船の大きさによって拡大装置なしで次のようになった。
500GT以上 1,600GT未満・・・180mm(9インチ)
1,600GT以上 10,000GT未満・・・250mm(12インチ)
10,000GT以上 1台は・・・340mm(16インチ)で
もう1台は・・・250mm(12インチ)
(3)距離範囲を、3海里シリーズ(0.5〜0.8、1.5、3、6、12、24海里)と、2海里シリーズ(1、2、4、8、16、24海里)の二者から選ぶことになった。
(4)固定距離環が、3海里シリーズは、”6本”に、2海里シリーズは”4本”になった。
(5)可変距離環を装備しなければならなくなった。そして、可変距離環の許容誤差を固定距離環と同じにした。
(6)分解能の規定が詳しくなり、2海里以下のレンジで、その50〜100パーセントの距離で、同じような二つの小物標で、というようになった。
(7)10度の横揺れ又は縦揺れでも性能を満たすことになった。
(8)走査の方向を時計回りとした。
(9)クラッター除去装置の規定が詳しくなった。
(10)スタンバイから動作までの時間が15秒以内になった。
(11)真運動表示での自船のオフセンターは、表示器の半径の75パーセントまでで中断することと規定された。
(12)レーダー・ビーコンとの関連動作ができるように水平偏波モードで動作でき、レーダー・ビーコンの表示を妨げる信号処理装置のスイッチが切れること、と規定された。
(13)2台のレーダーの装備が要求されるときには、それらが単独に、かつ、相互に無関係で、しかも2台が同時に動作できるよう装備され、非常電源が備えられているときには、それで両方のレーダーが動作できるようにすること。また、相互の切り換え装置を設けてもよいが、一方のレーダーが故障したときに、もう一方のレーダーに電源断などの不当な影響を与えないような装備とすることが規定された。
この決議の国内法規化は、電波法において昭和59年1月30日付けで無線設備規則の改正が(但し、この条項の施行は同年3月1日)、また、無線機器型式検定規則の改正が昭和59年2月20日付けで行われ、同じく3月1日に施行されている。また、船舶安全法も昭和59年8月末に改正された。
1974年のSOLA条約はその改正手続の一つとして、IMOの拡大海上安全委員会の決定によって改正ができることになっているが、1981年の秋に開催された拡大海上安全委員会では、第5章12規則の航海用レーダー関係の改正とARPAの導入について次のような改正を決定し、所要の手続き後、1984年の秋に発動することになった。
(1)レーダーを装備する船舶を1600GTから500GTに拡大した。
(2)10,000GT以上の船舶にARPAを装備することが、在来船への一定の経過措置と例外規定を含めて新しく規定された。
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