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はしがき
 レーダーが船舶の航行安全上、欠かすことのできない機器であることは誰でもが認めるところであって、そのため、船舶安全法によっても、その設置が義務付けられている。しかし、いまや設置義務の有無にかかわらず、小さな漁船やボートに至るまでの、ほとんどの船舶に装備されているのが現状である。
 だが、これだけ普及しても、レーダーが高度の電子機器であることに変わりはなく、その装備方法や取扱いを誤ると所期の性能を発揮することはできない。
 このため、本書はレーダーについての原理、取扱い、調整、保守等について解説し、その理解を深められるようにしてある。各位は本書を学習することによって、より完全な作業ができるようにして頂きたい。
 なお、本書は競艇の交付金による日本財団の助成金を受けて作成したものである。
 
第1章 レーダーの基礎
1・1 まえがき
 終戦後レーダーの研究や使用は、昭和25年(1950)1月18日付米軍の日本政府宛覚書AG413、684号によって一切禁止されたが、船用レーダーは航海安全上極めて重要な計器であるので船舶への装備を許可するように運動した結果、翌昭和26年(1951)8月7日の日本政府宛覚書で航海用に必要な船用レーダーについては禁止が解かれ、装備が許可されることになった。これを受けて海上保安庁の巡視船や青函連絡船に相次いで装備が始まった。その始めの頃の状況は、電波航法研究会の雑誌電波航法研究報告第1輯に報告されているが、民間で最も早く船用レーダーの装備が完了したのは、当時の青函連絡船洞爺丸及び渡島丸で共に昭和25年10月18日であった。また社船として最初にレーダーの装備がなされたのは三井船舶の吾妻山丸(昭和25年12月)で、官庁船としては海上保安庁の巡視船「おき」(昭和26年2月)であった。
 戦時中の日本海軍のレーダーの表示方式はAスコープ(図1.1)であったが、上記の戦後輸入装備されたレーダーはすべてPPI方式の表示器(図1.2)であって、その能力には驚かされたものであった。写真1.1は昭和25年11月13日青森港碇泊中の渡島丸で撮った映像で、レンジは6海里、沖合約3海里の輝点は入港中の洞爺丸である。
 この写真はレーダー指示器(表示器)の上に三脚を立てて暗幕をかぶせて撮影したもので、恐らく日本で最初に撮影されたPPI画面の一枚である。
 船用レーダーの映像解析を研究するには、船用レーダーによる各種物標からの反射強度を測定することが第一であり、幾多の困難を乗り超えて、清水市折戸の商船大学天文講堂に備えたレーダーで、昭和28年11月28日、清水港を出航して横浜に向かう駿河湾航行中の三井船舶所属の有馬山丸(約8700トン)及び付近航行中の約50トンの漁船を追跡して、日本で始めて商船を対象としたレーダー反射強度の測定を行った。この結果、図1.3のような反射強度の測定結果を得たものである。
 
図1・1 Aスコープ方式の画面
 
図1・2 PPI方式の画面
 
1・2 レーダー(Radar)とPPI
 初期のレーダーは、パルス・レーダー1といわれるもののみであったが、現在はCW(連続波)を用いるCWレーダー2や、周波数を変えるレーダー等いろいろな種類のレーダーが目的に応じて利用されるようになった。更にPPI方式で得た情報をデジタル信号として、方位と距離の極座標の位置(θ、r)を直角座標の位置(x、y)に座標交換を行って、テレビのような昼光型表示器を用いるようにもなったが、ここでは船用として最も広く用いられる基本的なパルス・レーダーを主に解説をすすめることにする。
 
写真1・1 青森港停泊中の渡島丸のレーダーの映像
 
図1・3 有馬山丸及び約50トンの漁船の反射強度
1 パルス状の電波を発信して、物標から反射して帰ってくる反射パルスを受信するまでの時間で距離を知るレーダー。
2 連続波状の電波を発信して物標から反射して帰ってくる連続波を受信して、発信波と受信波の位相差から物標の距離を知るレーダー。
 
 レーダーの原理は、アンテナから発信されたレーダー電波(パルス)が物標に当たって帰ってきた電波を受信した時、そのアンテナの方向から物標の方位(θ)を知り、送信パルスを発信してから反射パルスを受信するまでの時間から物標の距離(r)を知ることにある。
 レーダー(Radar)の語源は、Radio Detection and Rangingであるといわれ、上記の原理をEcho Principleといっている。
 物標の方位を1度以内の精度で測定するには、電波を細くしてアンテナから発射する必要があり、その細さの程度はビーム幅(第2章2・5節)で表される。初期の船用レーダーではビーム幅が1度とか2度であったが、最近のレーダーでは0.5度とか0.2度のものが用いられる。
 物標の距離を高い精度で測定するには、非常に短い時間を測定する技術が必要で、例えば10mの精度で測定するには、電波の空気中の伝搬速度は3×108m/sとみなされるから、0.0033×10-6秒(0.033マイクロ秒)の精度で時間を測定する必要がある。
 以上の精度を実現するためには、非常に短い波長の電波を使用しなければならず、マイクロ波(SHF; 3波30GHz)又はミリ波(EHF; 30〜300GHz)という電波が利用される。
 船用レーダーの実用化は、このマイクロ波の発信と受信の技術開発並びにマイクロ秒という極めて短い時間の測定技術の開発が進んだことから始まったということができる。
 
 初期の船用レーダーでは、反射物標の距離すなわち反射波が帰ってくるまでの時間を測定するには、Aスコープという表示方法が用いられた。Aスコープとは図1.1のような表示で、縦軸に反射波の強さをとり、横軸に時間をとった表し方であるが、左端に発信パルスが表れ右に伸びる線上に反射パルスが表示される。また、その中間には可変の距離測定パルスあるいは固定の距離測定パルス(これらはそれぞれ可変距離目盛あるいは固定距離目盛と呼ばれる。)があって、可変の距離測定パルスにあってはこれを反射パルスに重ねて目盛を読み、固定の距離測定パルスにあっては反射パルスの位置を補間法によって読み取って測定する。一方、物標の方位は、反射パルスが表れたときのアンテナ方向を読み取って測定する。
 その後船用レーダーでは、長残光性の蛍光面を持ったブラウン管を利用して、図1・2のように自船を中心とした平面図のように物標を表示するPPI(Plan Position Indicator)という表示方法がとられるようになった。この画面は、アンテナをモータで回転させこれに同期して中心から周辺に向かって電子線を走らせ(これをスイープという。)、反射波があったらその強さに応じて明るく光らせる方式で、海岸線があればPPI画面に海図のような陸地を描き、船があればその方向と距離に応じて輝点が表れるものである。長残光性の蛍光面を持ったブラウン管を利用しているので、アンテナが数回転以上する間輝点として光っている。それでスイープが移っても映像が残り、円形の平面図として表示されるのである。
 可変距離目盛は設定した距離を半径とした円となり、固定距離目盛は一定の距離ごとの同心円となる。物標の距離rと、反射波が帰ってくる時間tとは、(1・1)式の関係がある。
 ただし、cは電波の空気中の伝搬速度で一般的に3×108m/sとして計算する。(最近の測定によれば近似的に2.998×108m/sであるといわれている。)
 
 
 自船からの距離が1海里である他船の反射波は、何秒後に帰ってくるかを計算してみれば、(1・1)式のrに1852mを、cに3×108m/sを入れて、
 
 
 約12.35μsを得る。従って、2海里の距離の他船からの反射波は、24.7μs後に、5海里の距離の他船からの反射波は61.75μs後に帰ってくることになる。また、2海里ごとの固定距離目盛は24.7μsごとのパルス発生器で得られ、5海里ごとの固定距離目盛は61.75μsごとのパルス発生器で得られることとなり、それぞれ約40.5kHz及び16.2kHzの周波数のパルス発生器である。







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