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はじめに―POSの誕生
 みなさんもご存知のとおり,POS(Problem Oriented System)は,1968年,ローレンス・ウィード(L.Weed)によって提唱された医療の場における患者のための問題解決技法です。ウィードがアイルランドで診療に携わっていた当時,「診療は患者の問題を上手にリストアップするところから始めなければならない」と言い出し,彼の下で働くレジデントにプロブレム・リストを作ることを指示して,患者の問題解決に取り組みました。そしてその体験を論文にまとめてアメリカの医学雑誌『New England Jounal』に投稿しました。それが1968年には『Medical Record, Medical Education and Preventive Care』という本として出版されました。
 1970年,私がアメリカの心臓病学会に出かけた折,有名な心臓病学者であるハースト(J.W.Hurst)教授が「これまでは心臓病の専門医を養成するのに4年間は必要だと思っていたけれども,ウィードの方法論を取り入れれば半分以下に短縮できるのではないかといま実験しているところだ」という話をしていました。そして,その結果をやはり『New England Journal』誌に発表して,アメリカの医学教育・看護教育がウィードのPOSシステムによって展開すべきことを強くアピールしていました。私は帰国してすぐこれを聖路加国際病院の病棟でやってみようと提唱したのですが,忙しい病棟レジデントはなかなか私の提案にはのってくれませんでした。
 1973年に再訪米した際,私は,ハースト教授が見事にこのシステムを大学や病院で実践しているのを見ることができました。私は,日本の医療を本当に患者中心のものにするためには,このシステムの導入が不可欠であると考え,ウィードのテキストの紹介に着手して1973年に『POS―医療と医学教育の革新のための新しいシステム』(医学書院)を出版,つづいて1987年にはハースト教授の解説書『POSの原点と応用』(医学書院)を翻訳しました。同じころ当時の川崎医科大学の柴田進学長もこのシステムに関心をもたれ,日本では川崎医大がいちばん早くこのシステムを導入されました。
 1979年,私はライフ・プランニング・センターに「POS研究会」を発足させ,このシステムの研究と普及に努めましたが,これは「POS医療学会」として発展し,2003年3月には,第25回を数えるまでに至っています。日本では,このシステムが患者さんを主体にした記録であるということから,革新的かつ意欲的なナースの間に普及していくことになりました。
 
POSの原点
 「POSによる記録とは,患者の問題が,患者のQOLを大切にしながら,もっとも効果的に解決されるように,いつも全人的立場から問題を取り上げ,考え,かつ行動する一連の過程の記録である」―これは私がPOSについて定義した言葉です。POSとは,常に全人的ケアを目指して,患者のために,患者の側にあって,患者と共に,サイエンスと身につけた技術をもって,いのちの主体である患者に人間的なケアを実践するシステム(パラダイム)であり,また哲学でもあります。POSはそのべースとなるシステムの流れの精神に沿って,水が容器の形や環境によってその姿を変えるように,医療チームの数と質とのさまざまな配置の中で,それぞれの独自性を尊重しつつ協同して働く,そこにシステムの真価があり,そしてそれが行動として示されるものです。したがって,POSはサイエンスであり,またアートでもあるといえましょう。
 
図1 チームワークによるPOS
 
 私が1973年に出版した『POS―医療と医学教育の革新のための新しいシステム』(前掲)の中には,医療・看護・介護の変化によってチームの構成とその役割も革新的に変えられなければならないことを提示しました。現代の医療はチームプレイによってなされます。日本では医療と看護と介護が縦割りになって実施されていますが,医療はそのように別個に提供されるものであってはなりません。あくまでも一人の患者を対象にして提供されるものなのですから,そのケアの記録もこれら三者が共用できるものでなければならないのは当然です(図1)。医療チームの各人の役割に従来のごとき縦割りの壁がある限り,21世紀の医療・看護・介護は望ましい方向にはいかないのではないかと思います。
 POSは,1960年代にウィードによって蒔かれた種が時代の流れとともに,現代までどのように医療の変化を取り入れてきたか,あるいは取り入れなければならないかということを検証しながら,私の話を展開していきたいと思います。
 
出現率 項目 主唱者 日本への
導入年
医療思潮
1967-84 看護過程(4段階) ユラ
ウォルシュ
1984 ホスピス誕生
1968 POMR(POS) ウィード
ハースト
1979 QOLの思想
1973-75 全米看護診断   1990 インフォームド・コンセント
1980 看護は健康問題への診断・治療の参与      
1981 フォーカス・チャーティング ランピー 1997  
1983 医療費の診断別定額払いに DRG/PPS サケット 2000  
1985 看護の多専門職・行動計画,クリティカル・ケア,ケアマップ   1995 医療ミスへの対応
1991 アメリカ看護協会看護課程(6段階)      
1997 Evidence-Based Medicine (EBM)   1998 最新かつ最良の状態を良心的に正しく明瞭に用いて,個々の患者のケアについての決定をする
1998 Navative-Based Medicine (NBM) Trisha    
 
POSの発展過程
 最近のアメリカ医療界の話題と世界の医療の潮流を看護の面から概観してみることにしましょう。
 まず,1967年に4段階からなる看護過程がユラ(H.Yura)とウオルシュ(M.Walsh)によって発表され,翌1968年にウィードがPOSを主唱しました。その後全米看護診断などのさまざまの看護上の理論が展開され,1981年にはフォーカス・チャーティングが唱えられました。そして,1983年には医療費の診断別定額払いである DRG/PPS(Diagnosis Related Groups/Prospective Payment System=診断群別包括支払い制度)が医療システムに大きな変化をもたらしました。その後,1985年には,看護の行動計画,クリティカル・ケア,ケアマップなどが取り上げられ,1991年にはアメリカ看護協会の6段階の看護過程が生まれました。そしてその間にEBM(Evidence-Based Medicine)の思想が入り込んできました。EBMとは,最新かつ最良の科学的証拠となる資料(文献)を用いて,個々の患者のケアについて問題解決の手を打つことです。アメリカではHMO(Health Maintenances Organization=民間健康保険会社)の進出とEBMが医療の内容を非常に変えてきたという認識を私たちはしっかりと理解しなければなりません。
 一方,ロンドン郊外に世界で初めての近代的ホスピスであるセント・クリストファーズ・ホスピスが誕生したのは1967年です。この時点で,治癒の望めない患者のQOLについての視点が医療の場に導入されはじめました。その翌年にはローマクラブが発足し,地球上の人間のQOLを重んじるために文明の「成長の限界」が提唱されました。また,1970年頃からアメリカにインフォームド・コンセントの考えが起こり,そして1980年代には医療ミスヘの対応が厳しくなり,診療録の開示へとつながっていきました。このような一連の流れの中で,診療録の形式や意味が問題とされるようになってきました。
 このような大きな医療のうねりの中で,1970年,先にも触れましたように,アメリカ・ジョージア州のエモリー大学で,ハースト教授がPOSを医学生の教育に利用したところとても効率的だったというので,この形式の記録は看護記録にも取り入れられるようになり,またたく間に全米に普及していきました。
 問題リストの各項目についての医学的イニシャル・プランは医師が立てるにしても,患者をケアするための経過記録はナースによってSOAP(S=Subject, O=Object, A=Assessment, P=Plan)が記載されるようになりました。SOAPではとくにA,すなわちアセスメントの重要性が強調されました。ハースト教授は全米を駆け回ってこのシステムの普及に努力されたのですが,その結果,POSはハリソン教授やセシル教授などの有名な内科教科書にも必ず記載されるようになり,アメリカ全土に定着していきました。
 ところが,日本ではとくに看護の領域においては,POSの形式を輸入はしたけれども,内容が定着をみないうちに,看護過程,看護診断などの考えがたてつづけにアメリカから導入されました。後ほど詳しく触れますが,POSと看護過程とはきわめて類似したシステムであるにもかかわらず,わずかな違いの看護過程が強調されて日本に紹介されてしまったのです。これはPOMR(Problem-Oriented Medical Record)が医師であったウィードによって提唱されたことへの看護界の抵抗だったのかもしれません。
 ところで,ウィードの示した問題解決技法も,ウィードがまったく新規に始めたのではなく,その10年以上前にE.ホーネットが『Art of problem solving』という本でこの問題解決法を紹介しています。「人それぞれに問題がある,国それぞれに,大学それぞれに,病院それぞれに問題がある。問題解決は万人共通のものである。そして誰もが問題解決をしなければならない。幸いなことに,人間は問題解決を好む。だから,問題解決の基本テクニックを身につけよう」とホーネットはその著書で述べています。
 
表2 看護へのPOSの適用
1. SOAPの簡略化
2. 24時間の患者情報を医師に正しく伝達する仕方を考え,一方,ナース同士の申し送りの簡略化をする
3. ナースの発見するフレッシュな患者の問題の取り上げ方を医師に伝達する
4. 患者の医療情報を正しく医師に伝達することにナースが強く関わる
5. フローシートの活用
6. 患者や家族へ情報を要領よく伝授する(患者や家族への伝達情報に個人差をつけてわかりよく伝える)
7. ナースと医師の役割の重なり合いを理解する







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