3. CDM推進事業の現地調査始まる
財団法人日本気象協会 竹内義治
(調査当時:当協会調査役)
1. はじめに
二酸化炭素に代表される温室効果ガスの大気中濃度の増加が原因とされる地球温暖化が進んでいると考えられています。このままCO2濃度の上昇が続くと今世紀末には地球の平均気温が数度も上昇し、人間をはじめとする地球上の生物に大きな影響が生じることが懸念されています。そこでCO2の大気中への放出を削減する枠組みが京都議定書で決められ、2008年から2012年の期間までに削減する数値目標が各国に割り当てられました。我が国は1990年度を基準として6%の削減枠が与えられ、様々な分野でCO2排出削減技術の開発に取り組んでいます。一方で、CO2排出の枠組み対象外となっている開発途上国では、近年の著しい経済発展により、急速にCO2の排出が増大するとともに大気汚染も深刻の度を増しています。開発途上国の経済発展にも寄与し、かつCO2や大気汚染物質の排出増加にも歯止めをかける仕組みの一つとして、クリーン開発メカニズム(CDM)が京都議定書で導入されたことはご承知の通りです。
国土交通省では運輸分野のCDM事業を推進するために、「平成15年度地球環境問題解決のためのクリーン開発メカニズム(CDM)推進事業」を予算化し、当協会が受託して実施することとなりました。ここでは、CDM推進事業の事業内容の概要と2003年9月に行ったタイ王国バンコク市での調査について説明いたします。
2. 本年度CDM事業の概要
運輸分野のCDM事業を推進するに当たり、もっとも大きな課題がベースラインの設定です。そしてそれに必要な自動車の排出係数の整備や排出量算定手法をマニュアル化することが重要となっています。そこで近年の経済発展とそれに伴って自動車の普及の著しいタイ王国バンコク市を対象として、運輸分野のCDM事業を推進するために必要な基礎資料の蓄積を目的とした調査を行うこととしました。その概要は次の通りです。
(1)走行モード調査
交通分野のCDM事業を実施するためには、CDM事業を行わなかった場合のCO2排出量即ちベースラインを、種々の排出量推定モデルにより精度良く推定する必要があります。この推定には自動車の走行モードの把握が不可欠です。ところが、現在、バンコクにおける自動車交通の走行モードの実態を表すデータは公表されていません。しかしバンコク市内の交通事情は日本のそれとは大きく異なり、自動車からのCO2排出量の推定に日本の10・15モード燃費を用いると、実走行実態から大きくかけ離れ、誤差が大きくなる恐れがあります。このため、バンコク市内において実走行による走行状態調査を実施し、得られたデータについて統計分析を行い、代表速度別の走行モードを調査することとしました。
(2)排気ガス等の測定
現地調査で得られた車速別の走行モードを用いてシャーシダイナモ試験による排気ガス測定を行います。測定の対象車種等は、バンコク市内を走行している代表的な車種、燃料種別(ガソリン、軽油)、大きさ(大型、中型、小型車)、車齢などを勘案してできる限り交通全体を代表する視点で選び、それぞれシャーシダイナモ試験を行い、排気ガス及び単位走行距離当たりの燃料消費量の測定を行います。対象とする排気ガス濃度はCO2のみならずNOx、HC、PM等も含めて測定し、大気汚染観測データと併せて、CO2排出量推定の精度検証を行う基礎資料として整備することとします。
(3)排出係数の分析
バンコク市に適用される車速別の走行モードで測定するシャーシダイナモ試験で得られる測定データを分析し、単位走行距離当たりのCO2排出係数及び大気汚染物質(NOx、HC、PM等)の排出係数および単位走行距離当たりの燃料消費量を分析し、CO2排出量算定に最も重要なパラメータを整備することとします。
(4)二酸化炭素排出量の試算と手法の検討
バンコク市内の燃料販売量及び自動車登録台数、交通量データを収集し、それらのデータと(2)の排ガス測定から得られる各車種毎の単位走行距離当たりの燃料消費量データ等により、自動車からのCO2年間排出量総量を試算し、二酸化炭素排出量算定手法について検討します。
3. 現地走行モード調査
自動車の走行モードは、アイドリング、発進、加速、定速走行、減速、停止の組み合わせであり、そのパターンは道路状況、信号の有無、信号サイクル、混雑状況など様々な要因で変化しています。走行モードは車速の変化やエンジン負荷の時間変化などから分析できますので、走行モード調査として、車速、エンジン回転、走行位置を連続測定することとしました。また、バスなどは停留所での停車、バス優先レーン等の有無で他の自動車とは異なる走行モードとなっていることが考えられます。そのため、バンコク市内の代表的な車種である、乗用車、小型ディーゼルトラック、バスを調査対象車種としました。
観測方法は、
(1)乗用車の走行モード:タクシー3台にGPS、車速計測装置を設置して連続計測
(2)小型トラック走行モード:日本通運の市内配送用小型トラックにGPS、車速、エンジン回転、NOx濃度の計測装置を設置して連続計測、ただし日曜日は休み
(3)バス走行モード:BMTA(バンコクバス公社)所属の3台のバスにGPS計測装置を搭載して連続計測という方法で行いました。計測は0.1秒から1秒の間隔でサンプリングし、メモリーに保存しました。当初はバスも車速及びエンジン回転を直接バスの信号から取り出す計画でしたが、現地のバスは型が古く、車速が電気信号ではないことやエンジン回転信号の所在が不明でしたので、GPSによる速度で代用せざるを得ませんでした。車速信号の取得できたタクシーや小型トラックの車速信号とGPSから求めた車速を比較しましたところ、非常に高い相関が得られ、GPSデータで大部分が代用できることが分かりました。但し、都市中心部では高層ビルや高架鉄道の下ではGPS信号の信頼性が低くなりますので、十分なデータが取得されない可能性も考えられ、今後の解析に期待されるところです。
各車種の走行データは6〜8日間について、タクシーはほぼ24時間、小型トラックは概ね日中、バスは早朝(1時頃)から深夜(22時〜24時頃)までの時間帯で取得でき、走行距離も各車1000km以上となって膨大な量となりました。
図1には一例としてタクシー1の市内走行状況を示しました。市の中心部の大通りを始め、郊外や中心部のsoiと呼ばれている細街路も走行していることがわかり、バンコク市の自動車走行状態を表す貴重なデータが取得されたことを示しています。
写真1. |
走行モード調査のバスへのGPS アンテナの取り付け作業 |
写真2. |
バスの運転席に設置した走行モード記録装置(タイ語で注意書きを書いてくれました) |
図1. |
走行モード調査の走行ルート(タクシー1の場合;図の太線でタクシーが走行した道路を示します) |
4. 今後の取り組み
バンコク市で行った現地走行モード調査で得られたデータは、6速度程度の代表走行モードの作成のための分析に使用されます。その結果はシャーシダイナモ試験に用いる走行モードとして利用します。これらのデータは単に走行モードの策定に利用されるだけではなく、道路交通政策のための貴重な基礎資料としての活用も期待されています。今回の現地協力機関となった、OTP(Office of Transport and Traffic Policy Planning, Ministry of Transport), Chulalongkorn University, PCD(Pollution Control Department, Ministry of Natural Resources and Environment)等では当事業に大きな関心を示し、積極的な協力を申し出ています。
今後は、これらの現地協力機関の協力により、シャーシダイナモ試験を行う予定です。そしてCO2排出量の算定に必要な基礎データとして、CDM推進に欠かせない基本データが整備され、CDM事業や都市交通政策での活用が期待されます。
最後に、本調査では上述の現地協力機関を始め、走行モード調査に快く車両を提供していただいたばかりではなくデータの収集にも積極的な協力をいただいた日本通運タイ、装置取り付けにご協力いただいたいすゞ自動車タイ、及び調査のためのバスを提供していただいたBMTA(Bangkok Mass Transit Authority)、現地調査に参加していただくとともに計測機器の貸与や測定について直接ご指導をいただいた独立行政法人国立環境研究所の小林伸治博士、近藤美則博士、日本から適切なご指示をいただいた日本大学理工学部福田敦助教授及び現地交渉に尽力いただいたTuenjai Fukudaさんなど、多くの方々に言葉に尽くせぬご協力をいただきましたことに、深い感謝を申し上げます。
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