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ボスニア・ヘルツェゴヴィナ国の運輸現況
眞弓 武文
1. 経緯
 ボスニア・ヘルツェゴヴィナ国(以下、「ボ」国とする。)は1991年6月、スロベニア、クロアチアの両共和国の独立官言をきっかけに、内戦が激化、その後も民族間の紛争が続いた。同内戦での死者は6,000人強を数え、1993年までに企業就業者の100万人が解雇され無就労者となり、経済活動は壊滅状態となった。1995年の和平基本合意(デイトン合意)を受け、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ連邦(以下、FDとする。)とスルプスカ共和国(以下、RSとする。)から構成される新たな国家ボスニア・ヘルツェゴヴィナ国として再出発を図ることとなった。
 RSの首都であるバニャ・ルカ市は、「ボ」国北部に位置し、国内避難民の順調な帰還ならびに自然増により内戦前の1991年より人口が増加しており、現在の人口は約22万人である。バニャ・ルカ市の公共輸送は基本的にはバスのみで運行されており、バニャ・ルカ市役所(以下、市役所とする。)がバス運行の許認可権を有し、監督官庁はRS運輸・通信省となっている。また、市役所はバス運行会社であるオートプレボス社(以下、オートプレボスとする)の監督の権限も持っている。オートプレボスは同市最大のバス会社であるが内戦前、1日当たりのバス発車回数が530回であったものの、内戦による混乱と機材の老朽化の結果、路線数の減少を余儀なくされ1998年には約40%に減少し、発車回数は315回/日となった。「ボ」国では、戦後復興と公共輸送網の修復に全力を注いでおり、公共輸送システムの再構築による経済活動の活性化することが緊急の課題となった。
 「ボ」国政府は、バニャ・ルカ市の公共輸送システム改善のため、我が国の無償資金協力においてバス35台及び維持管理用の工具をオートプレボスに対し調達した(E/N金額:6.98億円、引渡しは2000年3月)。我が国の援助によって既に延べ1000万人を輸送した実績を持つ。
 JICA専門家は、市役所とオートプレボスの関係改善、運営助言、技術指導を行った。
 
表 輸送人員
  2000 2001 2002
連結バス 1,209,667 1,297,951 1,378,248 3,885,866
大型バス 1,906,501 2,051,421 1,959,183 5,917,105
低床バス 317,529 447,675 480,485 1,245,689
3,433,697 3,797,047 3,817,916 11,048,660
オートプレボスの運営は、バニャ・ルカ市の公共交通を基本的に担う我が国の援助によるバス35台と都市間を結ぶサバーバン及び「ボ」国と他国とを結ぶ国際路線を担う62台で成り立っている。
 
2. 国情
「ボ」国は、ヨーロッパ大陸北東部に位置する内陸国で、北と西はクロアチア、東はユーゴのセルビア、モンテネグロと国境を接している。国土面積は5.1万km2である。南部に国土の脊梁山脈をなすディナルアルプス山脈が発達している。気候は、西から地中海性気候・温暖温湿気候・西岸海洋性気候となり内陸部は冬の寒さが厳しい。年間平均気温は、最高約28℃〜最低-5℃である。
 歴史的に「ボ」国は、古くはオスマントルコや隣国からの侵略や第一次世界大戦の火種になった過去をもち、1991年にはボスニアの分割をめぐる内戦が勃発し民族紛争に発展した土地柄である。
 1995年12月のデイトン合意を受け新たな国家が建国され、FDとRSの2つのエンティティには、それぞれ省庁が存在しRS運輸通信省は、FD運輸通信省と連携を取りながら両エンティティ間の運輸・通信セクターにおける行政監督業務を行っているものの、デイトン合意に基づく各エンティティの既得権益を侵害することはないものの複雑な国家形態となっている。
 
図 「ボ」国の官庁組織図
 
3. 問題点
 
(1)民営化
 経済活動の復興においてEUの指導により、2001年から公的企業である公社の民営化が推進された。2001年からRSの公社の民営化が盛んに行われるようになった背景には、RSの民営化推進法整備が先行されたことが大きく影響している。RS財務省民営化の定款によれば、民営化にともない各企業は減価償却費を企業内で財蓄し、機材の更新と機材の更新にともなう租税義務を民営化した各企業に対し義務付けている。
 しかしながら、政府の狙いとは裏腹に民営化した企業は、減価償却費の積み上げが出来ない企業が多く、民営化した企業の経営者は制度の改革を望む声も多い。現在のオートプレボスは民営化にともない人員削減等が行われ人員は約800名から460名に削減された。
 オートプレボスは民営化したことで、リストラ等を行える環境が整ったわけであるが、リストラについては不況の「ボ」国において雇用機会を奪うことは避けたいと同社は考えている。
 オートプレボスも例外ではなく、我が国から調達された調達機材においても減価償却の対象になるであろうとの予測の基に減価償却費の積み上げを計画している。RSの減価償却費の算出率等は約6.3年で新規機材の調達を行う厳しいものであるが、同社の大きな負担となる。
 一方、オートプレボス側では「ボ」国におけるバスの耐用年数が約15年であることから減価償却費の計算方法の変更を求める方向であり、現在、オートプレボスと市役所との間で同計算方法について協議を行っている。
 
(3)経営状況
 オートプレボスの収支バランスは、ややマイナス傾向である。また、減価償却費を蓄えるためにさらに業務の見直し等を行う努力が必要である。
 
(4)維持管理
 オートプレボスには、約8,000m3の敷地を有する修理工場がある。バスの維持管理は、同社のワークショップにて行われている。維持管理体制は、技術及び定期点検部門等から構成され勤続年数10年以上の技能工が技術管理を行っているが、若年層の技能工が不足しており、育成が望まれる。
 
(5)機材の問題点
 調達機材については、引渡しから約3年が経過しているが消耗部位を除き、稼動している。しかしながら、チェコ製バスの部品の品質が不均一であるため不具合が発生している。表のとおりの不具合個所はあるものの、オートプレボスの整備工場で修理できるものであるため運行ダイヤに影響を与えるものではない。
 
表 バスの主な故障部位
故障部位等 故障原因
トランスミッションの電装ケーブルに短絡によりバスが走行不能になる トランスミッションの電装ケーブル被履の剥離(電装ケーブルの品質不均一)
燃料タンクの燃料漏れと悪臭 燃料タンク上部の亀裂(燃料タンクの品質不均一)
エンジンに冷却水が混入しエンジンから白煙を排出。
環境汚染とエンジン出力不足
エアコンプレッサのガスケットの劣化による水漏れし、冷却水が燃焼室へ侵入(エアコンプレッサガスケットの耐久性不足)
 
(6)技術協力の必要性
 整備工場の包括的な管理と技術指導のための専門家及びオートプレボス社の運営・経営指導の専門家が派遣されれば、同社の運営状況及び調達されたバスが永年に渡り使用されるであろう。
 「ボ」国における我が国の公共輸送セクターの支援は、1998年及び1999年にサラィェヴォ市公共輸送力復旧計画(1期、2期)、2002年にモスタル市公共輸送力復旧計画が実施されており、調達機材の技術仕様等が類似している。しかしながら、各プロジェクト実施機関の間で技術情報等の交換が全くないため、修理等で同じ様な問題に直面している。この問題に対する改善策として、2003年2月と3月にJICA派遣専門家の指示によって3社の実施機関による合同会議が催され、技術的な問題等を話し合う機会をもった。その結果、技術交流が行われた。3社は定期的な技術交流会が必要との要望から今後も開催することに合意した。
 今後は、技術交流会を定期的にかつ永続的に実施することが我が国が調達したバスの円滑な運行と維持管理の面で重要である。
 
(7)市内公共輸送の効率化
 表のとおり利益が低く路線番号3と8Aは収益性が低いため、コストの連結バスの運行を止める。乗客数の極端に少ない路線3と14Aはミニバスの運行を検討する等の検討が必要であろう。今後は、公共輸送のニーズとコストの分岐点を見極め、路線の統廃合やバスの配車を再検討する工夫が必要である。
 
表 市内公共輸送の状況分析
 
(8)違法輸送業者の締め出し
 2001年頃からバニャ・ルカ市の公共交通に違法コミューター(俗に言う白タク業者)が現れ現在までに30台程度が運行しており、バス業者の運行及び運賃収入を脅かしている。また、違法業者の運行するミニバスは安全装置や座席数が公共輸送用に要求された仕様ではないため安全上問題である。バニャ・ルカ市役所は、関係省庁と連携し違法業者の取り締まりを強化する必要がある。
 
(9)メーカーとの連携
 調達機材は調達から既に保証期間の1年が過ぎているが維持管理にかかる技術情報をメーカーから入手し、修理や保守点検に活用することが必要である。
 
(10)市役所との連携、支援
 オートプレボスは、社会福祉の一環として、盲人50人、戦争孤児に無料乗車チケットを配給、年金受給者は1人当たりに20マルカの支援及び、学生への割引を行っている。
 これは、市役所が本来実施すべき福祉事業であるため改善が望まれる。
 
4. 今後の見通し
 経営的には同社の中で黒字部門である国際バス路線とバスターミナル周辺の物品販売の強化が今後、同社の運営を左右することとなろう。また、観光開発や誘致が進めばバス需要も伸びると思われ、同社では積極的にこれらを推進する方針である。
 バスの運行面では、アイドリングストップ運動や各種キャンペーンを展開しており、バス需要の活性化を行っている。
 維持管理面では、技能工の技術を向上させ再修理の頻度を押さえる努力を行っている。技能工のインセンティブを上げるためコンテスト等を開催することも考えられている。
 
無償協力により調達された大型バス(12m)
 
連結バス(18m)







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