はじめに
SRO年報平成13年度版(マラッカ・シンガポール海峡の情勢)をお届けします。本年報は平成13年4月〜平成14年3月の間にマラッカ・シンガポール海峡で発生した、海賊事件、海難事故及び海洋汚染事故について概観するとともに、関係者による取組みや新たな動向について説明したものです。
平成13年には、9月11日の米国における同時多発テロとそれに続く対アフガン戦争という2つの大きな事件が発生し、テロリストによる一般市民や公的施設を対象とした攻撃の脅威の存在が明らかになりました。シンガポールでは、いち早く、港・空港でのセキュリティを強化するとともに、12月には、13名のイスラム過激派「ジュマ・イスラミア(イスラム共同体)」メンバーを含む15名を逮捕しました。イスラム教徒の多いインドネシア、マレーシアにおいても、首脳がテロリズムに対しては断固たる態度をとることを宣言するとともに、米国主導の対アフガン戦争にも支持を表明しました。
世界的ネットワークを持つと言われるテロリスト集団とマ・シ海峡の海賊とは決して同一のものではありませんが、そのようなテロ集団が船舶・船員や臨海施設を対象とした攻撃をする可能性は排除できず、また、両者は海上治安対策の面で共通する点があると言えます。
海賊対策については、10月に東京で開催された政府間の「海賊対策アジア協力会議」で、(1)情報ネットワークの構築、(2)キャパシティ・ビルディング、(3)海賊の防止及び抑止のための国際協力を主な内容とする地域協力協定の締結が提案されました。海上保安庁も、12月にはタイと海賊対策連携訓練を行い、平成14年3月にはジャカルタで第2回の海賊対策専門家会合を開催するとともに、インドネシアと海賊対策連携訓練を実施しました。
海難・海洋汚染事故としては、6月にジョホール水道で発生したケミカルタンカー「インダ・ルスタリ」の転覆事故が挙げられます。流出したフェノールにより付近の養魚場に約1,500万円の被害が生じましたが、この事故を受けて、ジョホール港湾庁はケミカル防除対策を充実させました。また、シンガポールでも5月に、ケミカル産業協議会が、ケミカル流出時の対応サービスを提供する「アジアケミカル輸送緊急センター」を設立する等、対応が難しいといわれてきたケミカル流出対策についても取組みが具体化していることが注目されます。
この他、当事務所が参加した各種国際会議、マレーシア及びインドネシアに対して実施した現地調査等の結果もとりまとめてありますので、これらが、少しでも皆様のご参考になれば幸いです。
平成14年12月
(社)日本海難防止協会シンガポール連絡事務所
所長 志村 格
第1編 海賊事件の実態と海賊対策
第1章 総論
2001年における海賊及び船舶に対する武装強盗事件(以下「海賊事件」という。)の発生件数は、国際海事局(IMB)海賊情報センターの統計によると、全世界で335件であり、前年の469件(過去最高)に比べ28.6%の減少を示しています。これまで、海賊事件の発生件数は、統計をとり始めた1991年から前年の2000年まで、増加傾向を示してきました。ここにきて、やや傾向に変化が見え始めたといった感がありますが、海上交通の大動脈であるマラッカ・シンガポール海峡は海賊多発地域であり、我が国にとっても、決して見過ごすことのできない大きな問題となっています。
マ・シ海峡における海賊事件の新たな傾向としては、マラッカ海峡に面したスマトラ島北部の海域において、船舶の乗組員が人質に取られ身代金を要求されるという事件が続いて発生しました。犯人像について、一部のマスコミは、インドネシアからの分離独立を求めるアチェのゲリア組織(自由アチェ運動)が「マラッカ海峡を通航する船舶は、自由アチェ運動から許可を得なければならない」と発表したことを受け、これらの人質身代金要求事件との関連性を指摘していますが、確定的なことは判明していません。
海賊の正体は何か?といったことがよく議論されますが、前述の人質身代金要求事件のようにゲリラ組織ではないかとされたり、また、アロンドラ・レインボー号事件のようなハイジャック事件においては、国際犯罪組織の関与が明らかになっている反面、夜陰に乗じて船を襲い船員の金品を強奪するといった多くのケースでは、経済的に困窮した海峡付近の漁民が行っていると言われたりしています。また、特定の地域では国家警察や海軍の一部の者が海賊行為に関与しているといったことも言われており、その実態は、海賊行為の規模・態様によっても異なっています。このように、一概に海賊事件といっても、その実態は多様かつ複雑であり、これが海賊撲滅を一層難しくしている要因の一つでもあります。
マ・シ海峡の海賊事件に対処するため、同海峡沿岸国であるインドネシア、マレーシア及びシンガポールでは、それぞれの国の海上警察組織が単独で海賊対策を実施するとともに、共同で対処するための取り組みも行われていますが、ある国の領海内で海賊を行い他の国の領海へ逃亡した場合等には、国家管轄権という大きな壁が立ちはだかり、なかなか思うような効果が上がっていないのが実状です。
この海峡沿岸三国の中では、シンガポール沿岸警備隊が装備的にも勢力的にも、一番しっかりとした組織ですが、その守備範囲はシンガポール海峡のシンガポール領海内に限られています。マレーシアの海上警察も昨年から海賊に対して威嚇射撃を行う等警備を強化し、それなりの成果を挙げていますが、インドネシアについては、そもそも、実質的な取締権限がどの組織にあるのか、つまり、海上警察なのか、海軍なのか、海運総局警備救難局なのか、また、どの組織が一義的な責務を有しているのかなどが不明であり、かつ、装備についても、海賊側にも劣ると言われるほど非近代的なものとなっています。
海賊対策については、沿岸当事国のみならず、国際海事機関(IMO)においても、積極的な取り組みが行われています。1998年から2000年にかけて実施されたIMO海賊対策プロジェクト第1フェーズに引き続き、新たに第2フェーズが開始されました。また、「海賊捜査コード」の策定、IMO識別番号の船体への表示などの取り組みが行われています。また、民間組織についても、国際海事局が海賊情報センターを運営したり、インタータンコ他国際海運団体が海賊をテーマにした会合を開催するなど積極的な取り組みを行っています。
更に、マラッカ・シンガポール海峡の利用国の一つである日本も、2000年4月に開催された海賊対策国際会議以降、海上保安庁が定期的に巡視船、航空機を東南アジアに派遣し、海賊パトロールや沿岸国海上警備機関との海賊対策連携訓練を実施したり、海賊対策専門家による会合を定期的に開催したり、東南アジアの海上警備機関から留学生を受け入れるといった取り組みを実施しています。2001年の10月には、アジアにおける海賊対策のための地域協力協定締結に向けての取り組みも始まりました。
しかしながら、海賊問題のうち、発生件数の大部分を占める追いはぎ的な海賊については海上警備の強化が有効であると考えられますが、それとてもマ・シ海峡の全域にわたって常時パトロールを実施するといったことは無理であり、さらに、ゲリラ組織・テロ組織によるものや、麻薬組織を含む国際シンジケートがからむものについては、海上警備の強化だけでは対応しきれないものがあります。昨年来、海賊対策として、各国海上警備機関の能力向上、海上警備機関間の連携や情報ネットワークの整備が有効であるとの国際的な共通認識が得られ、関係国の関係機関、民間団体などが一致団結し海賊対策に取り組んでいるという姿勢は十分評価できるものであり、海賊撲滅のため継続的にねばり強く実施していくことが大切であると考えられます。
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