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オー・ミステイク
―初めてのヨーロッパ旅行―
(財)関西交通経済研究センター主任特別研究員 小村 和年
 
 今年五月、私は、UITP(公共交通国際連合)の世界大会に出席し、ヨーロッパの交通政策を調査するという調査団(団長、運輸政策機構N先生)に参加させていただいた。私は、経済成長の次に実現すべき共通の価値を模索する中で、以前からヨーロッパの地方都市を見てみたいという希望をもっていたが、何しろ外国語が全くできず、延び延びになっていた。敬愛するN先生にくっついておれば何処へ行っても言葉に心配はない、私は無理をお願いして団員に加えいただいた。
 
■UITP総会(団長のN先生と筆者)
 
オー・ミステイク
 
 最初の訪問地は、大会の開かれるマドリッド(スペイン)である。マドリッドは湿度が低い。ヨーロッパの気侯のさわやかさは、話には聞いていたが体感するのは初めてで、汗かきの私には実に快適であった。
 ところが、喜んだのも束の間、一夜明けると、喉がやられて風邪をひいたような状態になっていた。これほどの乾燥とは思わなかった。これはまずい。二日目の夜は、バスタブに熱い湯を一杯にして寝た。しかし、症状は悪くなるばかりで、このままでは折角のヨーロッパ旅行を最悪の体調で過ごすこととなる。
 三日目の夜は、一計を案じ、バスタブに熱湯シャワーを出しっ放しにしてみた。しばらくすると部屋に水蒸気が漂い、喉が楽になってきた。自分はアジア・モンスーン地帯の民、体質的にウエットにできていることも気が付いた。私は、自分のアイディアのよさに満足感を覚えながら眠りについた。
 何時間くらい経ったときであろうか、顔にポタリポタリと水滴が落ちてくるので目が覚めた。私は、寝るときは、明かりを全部消して真っ暗にするので、部屋で何が起こっているのか見当がつかなかった。手探りで電灯をつけてみて驚いた。部屋一面に湯気が充満し、一メートル先も霞んで見えない。バスルームからはもくもくと白煙のように湯気が立ち上がっていた。
 
■UITP展示風景
 
 
■UITPセッション(座長をつとめるのはN先生)
 私は、ようやく状況を把握することができた。シャワーを止め、窓を開けて、湯気が晴れるに従って状況の深刻さが分かってきた。壁という壁、調度という調度は大粒の水滴に蓋(おお)われ、毛布もシーツもトランクの中まで湿気を含んでしっとりしている。この高級ホテルでとんでもないことをしてしまった。「オー・ミステイク!」、不思議に反省の言葉が英語で出てきた。私は、バスタオルをもって壁や調度を拭き始めた。時刻は夜中の三時を少し回っていた。
 
マドリッド・ウェリントンホテル ロビー
(写っているのは、この高級ホテルを水浸しにした東洋人)(写真上)
カールスルーエ郊外の駅
(この地域のランドマークになっている)(写真下)
 
 
ヨーロッパのまちづくりに思うこと
 マドリッドでの日程を終え、我々はチューリッヒ(スイス)に飛んだ。チューリッヒでは、二時間余りの乗り換え時間を利用して、空港地下駅やライトレールを見、チューリッヒ湖畔を歩いた。湖の美しさと共に、湖畔の街並みの美しさに目を奪われた。
 チューリッヒからはシュツトガルト、カールスルーエ、フランクフルト、ケルンとドイツを縦断し、ブラッセル(ベルギー)まで列車で移動した。私は、列車の旅が好きだ(この行程に惹かれて参加したようなもの)。座席は三列でゆったりしており、N先生のガイドを聞きながら、何時間も飽きることなく窓の外を眺めた。まさに至福の時間であった。車窓に広がる田園風景を見ながら、「ドイツの農業はこんなに美しく残っているのに、何故日本の農村は無惨に荒れ果ててしまったのだろうか」、そう思うと胸が痛んだ。
 各地で、大学の先生や専門家に現地を案内していただき、意見交換をした。スペイン語もドイツ語も通訳は英語までなので(この調査団は英語のできることは大前提だったらしい)、英語と日本語の相性が悪い私には、会話の三分の一も理解できなかったが、それでも街を見れば気付かされること、感ずることが多くあった(紙数の関係で要点のみ)。
 
■路上レストラン
 その第一は、大人のまちづくりが行われているということである。街中いたるところにカフェテラスがあり、多くの人が談笑しているが、その殆どは中高年である。レストランも劇場も客の大部分は中年以上で、特別なものを食べているわけではないが、生活を楽しんでいるのがよく分かる。私は、自分達が高度成長期の中に大きな忘れ物をしてきたような気がした。
 第二は、街並みが整然として美しいということである。古い町にはたいてい大きな教会があり高い塔が聳(そび)えているが、これがランドマークとなり、周囲数キロには、この塔の景観を毀(こわ)すような建物はない。七〜八階建ての建物にも殆ど赤い三角屋根があり、街全体がデザインされ、これが市民のコンセンサスになっていることがよく分かる。われらが大阪城を超高層ビルが見下ろしているのは、ビルの立地と引き換えに、なにやら大きなものを失っているような気がした。
 
■車窓に広がるドイツの風景
 
 
■至福の列車旅
 
 第三は、本物志向ということである。たとえばヨーグルト、本場のはずなのに、日本のように目先を変えた何十種類もの商品はない。大きなスーパーマーケットでもせいぜい二種類くらいであるが、コクのある深い味わいは、さすがに本場、品質で勝負してきたことを感じさせる。すべてにおいて、目先を変えるのではなく、中身の質が問われる社会には、何ともいえない落ち着きと安心感があるように思われた。
 
■カフェテラス風景







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