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2001/05/02 産経新聞夕刊
【和田秀樹のべんきょう私論】内申書という評価システム 主観が強い懸念
 
◆心にストレス?
 私が中学受験を勧める別の理由として、内申書という評価のシステムに疑問をもっているということもある。
 現在、全国の都道府県の中で、入試のペーパーテストを内申書(調査書)の学習の記録より重視するとされるところは3つしかない。
 つまり、レベルが高いとされる公立高校に進みたければ、基本的に内申点を上げなければいけないわけだ。
 勉強だけでなく、課外活動や体育や音楽のような科目も評価されることのメリットを主張する声もあるが、どうしても教師の主観の要素が強くなる。少なくとも、生徒の側からすると、「先生によい子に見られないといけない」と考えやすくなってしまう。
 たとえば仲間はずれにされたときに、そうでなくても辛い体験であるし、ストレスであるのに、さらに内申点が下がるのではないかと気にしないといけない。精神科医の私から見て、これが子どもの心にいいようには思えない。
 さらに思春期は、親などの大人世界からの心理的な自立を始め、自分を作っていく時期と考えられている。そのために大人の作ったルールや言うことに反抗したり、親や教師に秘密を持ち始める時期でもある。
 こういう時期に行動が監視され、それがいちいち評価されるのであれば、子どもは自分らしさを出すのが難しくなる。高校に行きたいがために、自分らしさを出すより、教師がどういうものを求めているかをいつも考えていないといけなくなるのだ。
 つまり、内申書重視は、子どもの心のストレスになる上、発達にも悪い影響を与える可能性が強い。少なくとも私はこんな環境に自分の子どもはおきたいとは思えない。
 ところが、最近、どんどん教師からの観察点のウエートが高まっている。
 第1回の本欄で紹介したように、前回(平成元年)の指導要領の改訂時に、評価方法も変えられた。これは新学力観と呼ばれ、生徒の学力をテストだけでなく、授業態度や意欲も加味して評価するようにされたのだ。それまでは主要教科の内申点は、中間テストや期末テストの点に基づいてつけられていたのに、教師の主観が大きく影響するようになった。
 結果は感心できるものではない。90年代から子どもの勉強時間は減り始め、ペーパーテスト学力の低下も目立つようになる。さらにこのころから、校内暴力や生徒間暴力も急増し、引きこもりといわれる人も増えてきた。
 社会の変化もあり、これらがすべて新学力観導入のためとはいえないだろう。しかし、導入時期と同時に、これらの問題が生じているのであれば、その原因を分析する必要はあるだろう。
 今回の指導要領改訂に際しての、評価に関する答申では、この新学力観のウエートをさらに高めるという。
 一方、アメリカなどの諸外国では、学力といえばペーパーテスト学力のことである。この結果が見える学力を上げようと各国が教育改革に積極的に取り組んでいるし、小さいころからのペーパーテストも各国ではどんどん増やされている。もちろん、彼らが日本人の学力を評価するときもペーパーテスト学力で測ることだろう。
 ペーパーテスト学力も上げようと一生懸命教えてくれる私立校の方が、子どもの精神的発達のためにも、メンタルヘルスのためにも、そして何より外国で通用する学力を身につけさせるためにも有利であると、私自身は思うのである。(精神科医)
◇和田 秀樹(わだ ひでき)
1960年生まれ。
東京大学医学部卒業。
東京大学医学部付属病院精神神経科助手を経て現在、一橋大学経済学部非常勤講師、東北大学医学部非常勤講師、川崎幸病院精神科顧問などを務めるかたわらマスコミにて積極的な言論活動を展開している。精神科医。


 
 
 
 
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