1998/04/01 産経新聞朝刊
中教審・中間報告を読む 明星大教授 高橋史朗 大人の意識改革が出発点
「心の教育」に対して、「学校で心を教えることなどできない」「上から押しつけることは問題だ」といった意識が教師や親の中に根強くある。
このような教師や親の意識を変えることができるかどうかが、「心の教育」の成否のカギを握っているといっても決して過言ではない。
その意味で、中間報告が大人の意識改革の必要性を強調している点に注目したい。子供の心がわからなくなっている教師や親の心を問い直すことが、「心の教育」の出発点といえる。
日教組が実施した「教職員の悩みアンケート」調査(中間発表)によれば、最近の子供の変化や指導の難しさに悩む教職員は約八割おり、「心の教育」について四七%が、学校が抱える諸問題の解決には「効果がない」と答えている。
「心の教育」は「効果がない」のではなく、効果がある「心の教育」のできる教師が少ないだけなのだ。
「普通の子」がいきなりキレるのではなく、その前にあるサインに教師や親が気づいていないだけなのだ。「きちんとしかられた経験」がないことが「その一因になっている」との指摘は、その通りであろう。
ストレスそのものが悪いのではなく、ストレスに耐える力がなく、ムカつきキレてもナイフで刺したりしない自己抑制力がないことが問題なのである。
このような力を育てるのは、本来、家庭の役割である。中間報告に掲載されている調査結果を見ても、「じっと耐える」特性を父親から学んだ高校生は、米国五一%に対して日本は一八・九%と極めて低い。
売春も「本人の自由でよい」と考える中高生が増えているが、子供と対決し、子供の壁になれない「友達のような父親」が増えていることが、子供たちの規範意識の崩壊の根因といえよう。
その意味で、中間報告が「父親の影響力を大切にしよう」と訴えている点は評価できるが、家庭における父親の役割とは何かが明示されていない点が大きな問題点である。
「母親とは異なった視点や手法で子育てにかかわっていくこと」「夫婦で複眼的な子育てをしていくことを大切にしてほしい」などと抽象的な表現で訴えても、父親として具体的にどうかかわっていけばよいのか、まったくわからない。
「夫は、男女の固定的な役割分担にとらわれずに、家事・育児の役割を積極的に担っていくことが一層求められている」と指摘するだけでは、「父親の影響力」を発揮することはできない。
もし、父親の役割を明示することが「男女の固定的な役割分担にとらわれる」ことになると考えているのであれば、「中教審、お前もか!」と言わざるをえない。それなら「父親の影響力」など強調するなと言いたい。答申でこの問題点を解決するよう求めたい。
少し辛口の感想を述べてきたが、評価できる点も多い。まず、「命の重さに対する感性の希薄化」を重視し、「柔らかな感性」の大切さを強調している点である。
また、「我が国や郷土の伝統、文化の価値」「家庭内の年中行事や催事」「有害情報から子供を守る仕組み」「心に響く」「体験的な」道徳教育を強調し、保護者・地域は「学校・教員を支えよう」と呼びかけている点にも注目したい。
「心の教育」は、教師や親が子供の心や自分自身に気づき、「大人が変わることによって、子供が変わる」教育である。今、鋭く問われているのは、戦後五十数年間の日本人の心・生き方そのものであり、大人の意識改革なくして「心の教育」はありえないことを肝に銘じる必要がある。(寄稿)
◇高橋 史朗(たかはし しろう)
1950年生まれ。
早稲田大学大学院修了。
スタンフォード大学フーバー研究所客員研究員、明星大学助教授を経て現在、明星大学教授。
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