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1998/09/03 産経新聞朝刊
【教育再興】(94)平和教育(12)紙上討論(下)生徒への心配り欠ける
 
 「どうしてあの先生は日本政府や日本軍のやったことへの糾弾を繰り返し、謝罪、反省というのに肝心の生徒の心を傷つけたことに対する真摯(しんし)な反省はないのか」
 東京都足立区立第十六中学校で、社会科の「紙上討論」授業に対し、生徒の母親(四九)が疑問を提起したところ、担当の社会科教諭(四八)が母親を非難するプリントを配り、生徒が転校した問題で、母親は教諭の姿勢をこう批判した。
 問題の授業は昨年六月の「沖縄の米軍基地」をテーマにした紙上討論。前回も書いたが、米軍を「悪」とみる一方的な内容だった。父親がアメリカ人、母親が日本人と二つの国籍を持つこの生徒は昨年二学期から社会科の授業を受けなくなり、十二月から登校拒否に陥った。今年四月、別の中学校に転校した。
 「先生の授業で傷ついた人がいることは確かだから、それはちょっとかわいそう」。問題が起きた後の紙上討論で、こう書いた生徒もいた。
 これに対し、社会科教諭は同じプリントで「米軍による人権問題や不平等は日本に住んでいる限り考えなければならない事実。…プライベートな問題ではない」と答えている。さらに、紙上討論に疑問を感じた母親が校長に電話をかけた行為を「攻撃」「真実を知る権利の侵害」とし、「未来の主権者である生徒たちに社会科の授業で教えることは当然」「(この親に)『そんなつもりはなかった』のは事実でしょうが、あの大日本帝国皇軍という侵略軍の兵士たちだって『侵略』をしていた『つもりはなかった』のです」と書いていた。
 
 この教諭が同中に赴任したのは昨年四月。それまでは、同じ足立区の区立第十二中に勤務していた。その時期の紙上討論授業を、朝日新聞の平成九年十一月二十二日付東京版は「中学生マジで現代史を討論」「170人紙上で熱く」という見出しで、こう書いている。
 「憲法、戦争責任、君が代・日の丸、従軍慰安婦…現代史の重いテーマを、足立区立の公立中に通う、ごく普通の中学生たちが考え抜き、討論を重ねてきた。その二年間の記録が一冊の本になり、好評だ。『中学生マジに近現代史』(ふきのとう書房)…」
 掲載された時期は、「紙上討論」の授業で傷ついた生徒の母親が教諭を名誉棄損で東京地裁に訴えた直後にあたる。
 朝日の記事は裁判でも、「(この教諭の授業が)生徒たちに生きた社会科教育をなすものと評価され、新聞などでも報じられている」として、教諭側から証拠提出されている。
 
 近現代史のテーマについて生徒に意見を書かせる紙上討論の授業で、「在日米軍は北朝鮮があるから必要ではないか」という生徒の意見には、「そのうわさの出所は米軍」とし、アンダーラインを引かせた。教諭は「北朝鮮が日本にミサイルを打ち込んで何のメリットがあるのか」「ソ連の消滅で日米安保条約は存在理由を失っている」などと自説を展開した。
 「先生はしつこい。なんで米軍にこだわるのか」と書いた生徒には、こんな教諭のコメントが返ってきた。
 「アサハカに満足して生活しているという態度を選ぶのは君の問題であって先生の関知するところではありません」
 「(教科書に沿った)授業を多くしてほしい」という要望には、「(ふだん)そんな印象をまるで受けなかった君の文章には驚いたが、これからは授業を無駄にしないことが期待できそうですね」
 「先生の言葉遣いが気になります。『ド厚かましい』『恥知らず』とかの言葉は、もっと他の言葉は使えないのですか」には、「私はいつでも『馬』は『馬』といい、『鹿』は『鹿』といい、『馬』を『鹿』というものには『馬鹿』ということをためらったことのない人間です。『恥知らず』であるという事実をそれを知らない人に教えてあげるのは『先生』の仕事だと思っています」
 「感性・心の教育」を提唱する高橋史朗・明星大教授は足立十六中の問題について、「偏向教育以前の問題で、教師の独善性ばかりが目立つ。今日、教育には従来の『ティーチング』に加えて『ケアリング(心くばり)』『ヒーリング(いやし)』の三つの柱を統合した教育こそ求められている。生徒への心配りをしながら教育を進めることが不可欠なのに、この教諭の『紙上討論』と称したやり方は教師の一方通行に過ぎず、ティーチングの悪しき事例だ」と指摘する。
 
■足立16中問題の裁判経過
 日米両国籍を持つ生徒の母親が平成9年10月、社会科教諭に名誉を傷つけられたとして、慰謝料200万円を求める訴訟を東京地裁に起こした。8回の口頭弁論が開かれ、母親側は、自分を非難するプリント(昨年7月の授業で配布)が事実に反し、わが子がこうむった精神的な被害も主張した。これに対し、教諭側は朝日新聞の記事や専門家の指摘を引用し、授業内容の正当性を強調、プリントについても、母親が足立区教委への電話で授業の疑問を指摘した行為が民主主義の批判のルールを逸脱し、これを生徒に教える必要性があった−などとして全面的に争っている。
 
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