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1998/08/26 産経新聞朝刊
【教育再興】(86)平和教育(4)地球市民かながわプラザ
 
 「この館に来て、なんで戦争なんてしなくちゃならないか不思議に思いました」(小学六年男子、12歳)、「せんそうは人々が傷つくだけで、ぜんぜんいいことがないのに、なんでやったんだろうと思いました」(小学六年女子、11歳)
 神奈川県横浜市の「地球市民かながわプラザ」(平山郁夫総館長)。「国際平和展示室」の出口近くに、ここ数日間に書かれた感想文を掲示するコーナーがある。子供たちのほとんどは「なぜ戦争をしたのか、理解できない」という思いをつづっていた。
 展示には、戦った理由についての言及がほとんどない。パネルの一つに若い兵士たちが満州の地で整列している写真があるが、添えられた文章には「戦争がアジア、太平洋の各地域に広がると、人々は戦闘だけでなく、病気や食料不足でもたおれていきました」などとあるだけだ。
 何のために戦ったのか−を知らされないまま、パネルの若者たちは戦争の悲惨さの象徴として現代の子供たちに見られている。そして、子供たちは「なぜ」と首をかしげる。
 
 昨年五月、国際平和展示室の展示計画をめぐって神奈川県は揺れた。計画では、過去の戦争のコーナーの大半を日中戦争のあった十五年間に限定し、“従軍慰安婦”がいたとされる慰安所の位置を地図パネルで示すなど、アジアへの加害を強調する内容だった。
 高谷清県議(県政21)は計画内容を初めて聞いたとき、「これはだれが、どこに作る施設なのか」と県の担当者に詰め寄った。「韓国政府が作るんじゃない。日本人が作る施設だろう」。高谷県議は「自虐的な展示が多い『ピースおおさか』(大阪国際平和センター)と同じものを神奈川に作る気なのか−と思い、ぞっとした」と話す。
 同プラザのルーツは、自民党も含めた“革新県政”で知られる長洲一二・前知事が昭和六十二年に打ち出した「かながわ国際こども館・平和館構想」にさかのぼる。同年に設けられた構想懇談会では、坂本義和・東京大学名誉教授が座長を務め、平和館の専門部会は西川潤・早稲田大学教授が部会長を担当。いわゆる“進歩的文化人”が当初からかかわっていた。
 昨年六月の県議会では、「従軍慰安婦という言葉自体が当時はなく、県民の間で見解が分かれる問題を県の施設で扱うことにも問題がある」として、自民党県連や高谷県議らが岡崎洋知事に計画見直しを求めた。一方、社民党を中心に「加害展示を行うべきだ」とする意見も強く出された。同党の林貞三県議は「公式にではないが、教職員組合や人権団体からも展示に賛成の声が党に多く寄せられた」と話す。
 岡崎知事は計画見直しに応じ、戦争展示には欧米諸国によるアジアの植民地化も含めた「世界的な視野」が盛り込まれた。「日本支配下のアジアの姿」の項目は「戦争の時代の人々の姿」に替わり、「女性・子どもの各国での境遇」に視点が移された。同プラザには、展示物を子供に説明するボランティアが配置されているが、戦争のコーナーは「ボランティアの主観が入ってはよくない」(清水博也事業部長)とし、説明員を配置していない。
 高谷県議は「議会のチェック機能が正常に働いた」と評価する一方で、「あまりにも客観視しすぎて、蒸留水のような展示になった」と苦笑もする。
 「日本を悪とする偏向展示は除かれたが、『なぜ戦争に追い込まれたのか』『欧米によるアジアの植民地化に抵抗した一面もあった』という先人の苦労が伝わってこない内容になってしまった。公共施設では、これが限界かもしれない」
 
 冒頭の子供たちの感想について、清水事業部長は「その『なぜ』の部分を自分で調べてほしい。館内には情報フォーラムという図書室があり、興味を持った子供が自分で学べるようにしている」と話す。
 そのフォーラムに、戦争関係の本は約百五十冊あった。しかし、その大半は吉見義明・中央大教授、藤原彰・元一橋大教授ら“自虐史観”の学者らの著作で占められている。「さまざまな見解がある」として展示が避けられた“従軍慰安婦”も、ここでは日本軍を糾弾して政府に補償を求める意見しか読むことができない。
 フォーラムの司書は「恣意(しい)的な選択ではない。藤岡信勝氏(自由主義史観研究会代表)らの本はまだ出版数自体が少なく、数の差が反映されているだけ」と言う。しかし、展示物への配慮とはかけ離れた図書の偏向ぶりは、表面上は消えた“自虐展示”の根深さを物語っている。
 
■地球市民かながわプラザ
 建設費113億1100万円、展示費17億2000万円をかけて今年2月にオープン。「こどもファンタジー展示室」「こどもの国際理解展示室」「国際平和展示室」の3室の常設展示があり、国際平和展示室は、100年前の世界▽メディアで感じ取る戦争の時代▽戦時下の人々の生活▽神奈川の空襲▽戦争の傷と記憶▽戦後の神奈川▽アジア・太平洋の時代▽平和な21世紀へ−などの項目に分かれている。7月末現在の入館者数は約13万3000人。
 
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