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1998/06/14 産経新聞朝刊
【教育再興】(71)広島の教育(11)福岡の試み(上)県教委と組合の対立
 
 福岡県立伝習館高校は、旧藩校として創立百七十五年の伝統を誇る。その伝習館高で昭和四十五年二月の建国記念の日の前日、あるビラが生徒らに配布された。
 「国家幻想の破砕を!建国記念日の虚偽をはぎ、己の観念の内なる国家を対象化するための討論と登校を呼びかける」
 このビラを作製した教師らは授業で教科書をほとんど使わず、過激な思想を教えたり、一年生の定期テストで「社会主義社会における階級闘争」などの論述問題を出したりしていた。
 そんな教育が、福岡県では昭和四十年代初めまで、問題化しなかった。多くの高校教師が、そうした教育に疑問を持たなかったからだ。
 ストライキには一〇〇%近い教師が参加。週に一度は「自宅研修日」。そんな中の昭和四十二年、文部省教科書検定課長だった吉久勝美さん(七五)は県教育長として着任した。
 「一斉ストも偏向教育も違法。組合の力で正しい道理を曲げるわけにはいかない」。そう意気込んで着任した吉久さんを待っていたのは、県高校教職員組合(高教組)の猛反発だった。
 
 指導力を失った校長、偏向した教育内容…。「いまの広島の状況は、以前の福岡に通じるものがある」と指摘する教育関係者は多い。その福岡の教育改革の出発点が、吉久さんの取り組みだった。
 吉久さんの着任一週間後に行われたストをめぐり、県教委はそれまでは高教組幹部だけだった処分対象を拡大し、初めて現場の教職員にまで広げて処分した。半年後には、組合の推薦者以外の教頭を初めて校長に昇任させた。これまでにない強い姿勢だった。
 これに対し、全国でも例のない校長着任拒否闘争が始まった。学校の正門には組合員らがピケを張り、着任しようとする校長に対して罵声(ばせい)を浴びせた。ゴールデンウイークが明けても十一人が校長室に入れない状況となった。
 県教委は七月、闘争を主導していた二十一人に対し、信用失墜行為を行い、職務専念義務に違反した−などとして懲戒免職処分を決定した。これに対し、高教組はさらに、戦術を変えながらも着任拒否闘争を継続した。ピケ戦術は放棄したため処分にまでは至らなかったが、今度は、教師が校長と話をしない「無言闘争」や、校長の依頼をすべて断る「非協力闘争」が始まった。
 一方で、人事院勧告の完全実施を求めたストには、全国で最も高い参加率となる七〇−九〇%台の教師が毎回参加。四十二−四十六年までの六回のストで、延べ五万四千人が停職や減給などの処分を受け、組合員約二万四千人が四十六年十二月、「処分は懲戒権の乱用」などとして福岡地裁に提訴した。
 四十五年六月には、「特定の思想を鼓吹し、教科書を使わず、一律に評価を行うなど、職務上の義務に違反した」として、伝習館高校の教師三人が懲戒免職となった。十二月には、この三人が原告となって処分の取り消しを求める行政訴訟が起こされた。
 
 「闘争至上主義は、教壇を放棄していることと同じ」。県教委と組合の対立が激化し、泥沼化する中で、こんな批判が現場の教師から出始めた。
 四十五年七月。炭鉱の町として知られた大牟田市で、四十九人が高教組を脱退し、同市高校新教組を結成した。
 「生徒のため、ストに参加しないでおこうとか、早朝補習をしようと思っても、組合から反対される。教師の間にそんな状態への批判の声が高まった結果」と吉久さんはいう。十一月には、伝習館高校に五人だけの教職員会ができるなど、各校単位などで次々と新組合が結成された。
 高教組内部にも四十六年九月、内部改革を目指した「組合正常化促進連盟(正促連)」が発足。四十七年三月には、各校単位で新教組を結成していた教師らが集まり、「県高校教職員会連合(福高連)」を結成した。
 だが、ようやく始まった改革の道のりは、平たんではなかった。正促連らのメンバーに対して、夜中から明け方までの二十分おきの無言電話がかかり続けた。「子どもが事故に遭うぞ」といった脅迫電話もあった。
 
■校長着任拒否闘争
 福岡県教委によると、福岡県高校教職員組合は各校単位の分会で校長推薦者を多数決で決めて県教委に提示。被推薦者は「組合の機関決定を尊重し、協力する」と誓約しており、県教委はこの中から、校長を選んでいた。昭和43年に慣行が破られ、高教組は校長着任拒否闘争を展開。免職の21人を含む50人が懲戒処分を受けた。うち43人は処分取り消しを求めて福岡地裁に提訴。最高裁は平成元年9月、組合専従の本部役員9人について「生徒や社会に多大な影響を与えた」として処分相当とし、組合専従でない免職処分者12人については「裁量権の乱用にあたる」とした1、2審を支持した。
 
《福岡県の教育をめぐる動き》
(昭和)
41年
4月
高校で週1回の自宅研修日設置
42年
10月
吉久勝美教育長着任。ストライキに対し、大量処分
43年
4月
校長着任拒否闘争開始
 
7月
校長着任拒否闘争で21人が懲戒免職
45年
6月
伝習館高校の3教師懲戒免職
 
7月
大牟田市高校新教組が発足
 
12月
伝習館高の3教師が処分取り消し求め福岡地裁に提訴
46年
4月
高校の自宅研修日を廃止
 
9月
「福岡県高教組・組合正常化促進連盟(正促連)」発足
12月
スト処分に対し、2万4000人のマンモス行政訴訟
47年
3月
高教組脱退者が「県高校教職員会連合(福高連)」を結成
 
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