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1998/06/10 産経新聞朝刊
【教育再興】(67)広島の教育(7)「組合外し」 “独立国”に変化の兆し
 
 「『臨教審』や『学習指導要領』は『日の丸・君が代』の強制や『天皇』美化を柱とするなど、私たちがすすめてきた同和教育や人権確立に逆行するなかみを数多く持っています」
 福山市同和教育研究協議会(福同教)の活動方針には昨年度まで、こう明記されていた。福同教は民間の教育研究団体。それぞれの立場からの教育への見方があっておかしくはない。
 が、公立学校の校長が同じことをいったとしたら、どうだろうか。福同教の会長は同市立大門中の中山浩志校長。「大きな矛盾です…」と中山校長は複雑な表情を浮かべた。
 同じような文言は県レベルの組織、広島県同和教育研究協議会(広同教)の「一九九七年度活動方針」にもあった。「『新学習指導要領』によって書きかえられた教科書を厳しく点検し、日の丸・君が代・元号・天皇制のもつ差別性を明らかにするなかで自主的な教材を編成しよう」
 しかし、わずかではあるが、変化のきざしが見え始めた。
 福山市教委は今月三日、福同教の活動方針から不適当な語句が削除されたことを明らかにした。また広同教の香渡清則事務局長も産経新聞社の取材に対し、活動方針の内容について県教委から指導が行われていることを認めるとともに、「学習指導要領は順守する。天皇制についても、われわれは『過去に侵略につながった』と認識し、それは否定するが、現在の象徴天皇制は否定していない」と組織のスタンスを説明した。
 
 広島県教委は今年、義務教育改革を打ち出した。その方向性を決める県義務教育改革推進協議会には、野球評論家で中教審「心の教育」小委員会委員を務める衣笠祥雄さんをはじめ、地域の教育長、PTA会長、小中校長ら多彩なメンバーが顔をそろえた。「教師の意識改革こそ必要ではないか」「保護者が学校に関心をもてない」など、今年四月の初会合では、熱心な議論が繰り広げられた。
 この会議には、これまで県内のあらゆる教育問題の場に参加してきた教職員組合のメンバーが含まれていない。県教委側がここまではっきりと「組合外し」の意図を打ち出したのは初めてだ。これまで「組合がメンバーに入って当然」という空気が強かっただけに、広教組(広島県教職員組合)側は「改革には一切協力できない。徹底的に県教委と闘う」と態度を硬化させたという。
 だが、この四月末から五月にかけての文部省による異例の現地調査の結果、広島の学習指導要領を逸脱した教育の実態が明らかになり、「改革への追い風が吹いている」と県教委は判断している。
 保護者の間にも、改革を歓迎する声が強い。今月五日に開かれた県PTA連合会の定例総会で、執行部は「学校の中には、保護者の知ることのできないルールがあり、閉鎖的な風潮がある」と学校運営を批判し、「開かれた学校作りが必要。改革に協力していこう」と出席者に呼びかけた。出席した木曽功教育長も「PTAの皆さんに学校のことをよく知る努力をしてもらいたい。どういう学校になっているか、はっきり見てもらいたい」と異例の“お願い”をした。
 
 文部省との「歴史的な和解」を目指す日教組は平成七年九月の定期大会で、反「日の丸・君が代」闘争の棚上げや学習指導要領の一部容認など、それまでの闘争路線から柔軟路線への方針転換を行った。その際、急激な変化についていけない地方単組から強い反発の声が上がった。
 「日教組は各地方組織の連合体。中央の意向が、必ずしも地方とは一致していない」と御手洗康・文部省教育助成局長は指摘する。実際、広教組は今月開いた定期大会で「日の丸・君が代・元号の強制に反対する取り組みを地域とともに進める」などとし、従来の闘争方針の継続を打ち出した。
 「広島はずっと、いわば『独立国』だった。しかし、この社会情勢の中でいつまでそれが続けられるのか」。ある日教組関係者は、ますます全国と乖離(かいり)しつつある広島の現状を危ぐする。
 それでも県下で約六千二百人の組合員を抱え、加入率三八%の広教組の影響力は大きい。実は、義務教育改革をめぐっても、当初、県教委は広教組に協議会の教員枠への参加を打診していた。が、非組合員も入れようとした県教委と、全員を組織から出そうとした広教組は歩み寄れず、交渉は決裂した。このとき、組合側は「なぜわれわれをそでにするのか」と県教委に迫ったという。
 木曽教育長は揺るがない決意をこう語っている。
 「改革を望むのは県民の声であり、改革に議論の余地はない。組合が反対しようと勇気を持って改善していかなければならない」
 
■広島県の義務教育改革
 今年4月、基礎基本の定着▽開かれた学校▽個性重視の教育−を柱に、市町村教育長、学校長、PTAらが改革の理念、方向性について議論する「県義務教育改革推進協議会」が発足した。7月には児童・生徒の学力を確かめるため、小学5年生と中学2年生の各2000人を対象に、国語、算数・数学、英語の学力調査を実施する予定。
 このほか、義務教育に関する県民アンケートや、基礎学力定着を目指した指導方法を探る「ニュースクールモデル事業」も行う。広島県では、義務教育改革のため、平成10年度当初予算案で1430万円を計上している。
 
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