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1998/06/08 産経新聞朝刊
【教育再興】(65)広島の教育(5)白い「指導要録」
 
 児童・生徒の教科の学習記録(評価)、出欠や特別活動の記録。そんな情報を網羅した「指導要録」は、すべての学校に備え付けることが義務づけられ、保管されている。
 ところが広島県には、その指導要録について、「記入しない」理由と方法を指示した事細かなマニュアルが存在した。
 「各教科の関心・意欲・態度は教職員の指導性の問題。子どものみ責任を負わせ『C』(努力を要する)と評価する差別に加担することはできません・・・。空欄とする」(各教科の学習の記録の「観点別学習状況」の記入について)
 「子供の生育歴、家庭の状況、あるいはその子をとりまく地域や学校はどうなのかといった背景を抜きにして、ただ形式的に出席状況を数字で記入し、その理由を登校拒否、病弱、怠惰等という文字で処理していくことには問題がある・・・。記入しない」(出欠の記録の「備考」の記入について)
 この結果、「各教科の学習の記録のうち観点別学習状況や所見、行動の記録のうち所見や指導上参考となる諸事項に関して、全員について未記入の小中学校がかなりある」(文部省の調査結果)という状況が広島県に生まれてしまった。
 
 このマニュアルに作成者の名前はない。だが、広島県内の学校にあてたこんな文書が平成八年七月十一日付で出されている。
 発信者は広島県同和教育研究協議会(広同教)の教科・教材専門委員会。「指導要録に関する実態調査の依頼」として調査表に記入して返送・提出するよう依頼している。
 調査事項は、指導要録の項目ごとにわたり、たとえば観点別評価欄については「A記入していない/B顕著なものだけを記入し、ほかは記入しない/Cすべて記入している」などの選択肢が示されている。
 「記入しない」という選択肢は本来、ありえないはずだ。広同教は「指導要録のもつ問題点を明らかにし、子どもの進路を保障するという立場から検討しよう」と『一九九七年度広島県同和教育研究協議会方針』で呼びかけている。
 また『広同教四十年誌』には、「指導要録記入の問題点」と題した部分で「観点別は記入しないとします」、所見欄は「記入しないこと(特記事項なし)を原則とします」、特別活動の記録の活動の状況については「空欄を基本とする」、出欠の記録欄の備考は「記入しない。遅刻、早退等の状況についても記入しない」(いずれも平成六年度の現状)と書かれている。
 広島市内の公立小学校に勤務する三十歳代の教師はいう。「児童の転校などの際、空欄が並んだ指導要録が送られてくると、『ああ、この学校はこういう方針なんだな』ということが分かる。空欄の指導要録から読み取れる“情報”とは、それくらい」
 
 「広同教としては、差別のない指導要録にしていこうと研究しているだけ。指導要録そのものに反対しているわけでもないし、不記入を主張しているわけでもない。まして記入しないように指示を出したこともない」。広同教の香渡清則事務局長はこう反論する。
 が、その一方で「血も涙もない教師なら指導要録を平然と書けるだろうが、心ある教師ならば、書くことへのおそれは必ずある」「なぜ書けない状況に置かれているのか。学校長も含めて真剣に考えることが必要」などと話す。
 広同教には広島県内のすべての公立小、中が加盟する。各地域(郡市)同教には市教委などの加盟もある。会長や委員長は校長が務める場合が多い。
 その意向が各学校に対して、どれだけの影響力を及ぼしているのか。
 文部省の調査の結果、中学校二十七校中二十校で、指導要録の「所見欄」の未記入が見つかった福山市の福山市同和教育研究協議会(福同教)会長を務める中山浩志・市立大門中校長は「指導要録をどう書くか、あるいは書かないか、ということは福同教のなかで決まるが、ここで論議された結果は各学校でさらに話し合われる。押しつけということはない」と説明する。
 では、そこで「書くな」という結論が出たら、校長はどうするのか。
 「校長としてはあくまで書いてください、というしかない。しかし実際に指導要録を書くか書かないかを判断するのは現場の先生。無理やりに書かすわけにもいかない・・・」
 中山校長はこう話している。
 
■指導要録
 学校教育法施行規則第12条の3は「校長は、その学校に在学する児童等の指導要録を作成しなければならない」と定めている。記入する内容、様式については文部省が各都道府県あてに全国共通の参考例を示し、それをもとに各地域の教育委員会が決定、各校長の責任で記入する仕組み。入学前の経歴や進学先、就職先などを記載する「学籍に関する記録」(20年間保存)と、各教科の観点別学習状況や評定、所見、さらに行動記録や進路指導記録などを記載する「指導に関する記録」(5年間保存)の2つの様式に分かれている。
 
■広島県同和教育研究協議会(広同教)
 「同和教育の正しい理解と実践について研究協議を行う」(広同教規約)ことを目的にした民間の教育団体。広島の場合、全公立学校を含む大部分の学校が加盟した地域ごとの同教(郡市同教)などで構成され、委員長には県内の学校長が就任する。学校単位の加盟のため、校長や各市町村教委の職員もメンバーになるが、全国の同教の中には校長は加盟しないケースもある。広同教には例年、広島県から一定の助成金が支出されるほか、郡市同教にも各市町村からの助成がある。
 
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