1998/02/10 産経新聞朝刊
【教育再興】緊急報告 荒れる教室(19)所持品検査「人権」に揺れる現場
栃木県黒磯市の教諭刺殺事件(先月二十八日)や東京・亀戸の警官襲撃事件(今月二日)など中学生によるバタフライナイフを使った殺傷事件が相次いだことに伴い、町村信孝文相はナイフなど持ち物検査について、早い段階から明確な見解を示した。
「子供の人権も大切だが、学校現場は持ち物検査に憶病すぎるのではないか」(先月三十日の閣議後会見)
「校長の判断で十分な配慮をした上で、所持品検査をしてもいい。『積極的にやれ』というつもりはないが、必要と判断した場合は及び腰ではいけない」(今月三日の閣議後会見)
六日、都内のホテルに各都道府県教育委員会の生徒指導担当者らを集めた緊急会議でも、町村文相は「いささか腰が引けている教育委員会もある。必要なときには、毅然(きぜん)たる措置を講じてほしい」と改めて要請した。
これに対し、「所持品検査の法的根拠は」という質問が上がった。文部省の河村潤子中学校課長は「学校は教育目的達成のために生徒の規律を維持する権限があり、所持品検査はその一つの方法」と答えた。
黒磯市の事件後、持ち物検査をめぐり、栃木県教育委員会と同県警の間で意思疎通などに齟齬(そご)が生じ、ぎくしゃくした。
同県教委によると、所持品検査を容認する方針は事件翌日の二十九日夜の教育事務所長会議で確認されたが、これを対外的に明確に打ち出さず、小中学校向けの通知でも「刃物所持の把握」というあいまいな要請にとどめた。
三十日、県教委と県警が合同で開いた緊急会議で、県警は県教委に早急な持ち物検査の実施を強く要請したが、県教委は消極的だったという。
県教委が「児童生徒の了解を得た上で、持ち物検査を容認する」方針を公式に認めたのは今月二日。黒磯北中で三十一日に持ち物検査が行われたことが明るみになったこともある。
その二日、県警には「ようやく、県教委の姿勢が積極的になった」(幹部)と評価する声が上がったが、依然、県教委の意向をはかりかね、同夜、改めて文書で持ち物検査の要請をした。
「家庭や地域がもっと何かできなかったのか」「地域や家庭の教育のあり方を話し合っている委員として申し訳ない気持ちでいっぱいだ」
先月三十日、東京・麹町の会場で行われた文部省の生涯学習審議会の小委員会(座長=奥島孝康・早大総長)では、こんな意見が相次いだ。
同小委ではこの日、参考資料として、「子供と親の会話の頻度は最近、増えている」という総務庁の調査が示されたが、委員からは「会話は多くなっても、会話の中身や親の質が問われているのではないか」という反論もあった。
町村文相は同じ三十日の閣議後会見で家庭教育にも触れ、「最近、子供が学校に携帯電話を持ってきて授業中もしゃべる。電話代は何万円もかかる。そういうものを買い与える親は何を考えているのか。子供の欲望を無制限にふくらませ、親が『はいはい』と買い与えるようなことはよろしくない」と話した。
東京都世田谷区は「学校だけで子供たちを教育する時代ではない」として、平成九年から学校・家庭・地域の代表者が定期的に話し合う「学校協議会」の組織づくりをスタートさせた。メンバーには、児童相談所や警察、地域商店会の代表も加わり、子供たちの生活指導だけでなく、学校教育にも踏み込んだ話し合いを行っている。
いじめ問題など生徒指導に詳しい小宮山要・桜美林大教授(心理学)は「これまで学校は問題を家庭や地域に隠し、校内で処理しようという意識が強かった。事件が起き、それを地域や家庭が知った段階では協力のしようがない」と、普段からの連携の必要性を強調する。
■持ち物検査と校則
校内暴力が社会問題化した昭和50年代、校則を厳しくする学校が増え、持ち物の規定を校則に細かく定めた上で所持品検査を厳しく行う傾向が強まった。しかし、60年前後、「丸刈り」など校則の是非論や校則をめぐる訴訟など校則見直しの動きが全国に広がり、所持品検査は急速に減った。文部省は63年の都道府県教委の中学・高校の担当者会議の初等中等教育局長あいさつで、校則について「学校には一定のきまりが必要だが、児童生徒に消極的に守らせるのではなく、自主的に守るようにすることが大切」とし、細かすぎる校則の見直しを求めた。
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