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2003/05/19 毎日新聞朝刊
[新教育の森]義務教育改革審議 小中一貫模索の東京・品川区
 
◇4・3・2「子供の発達に沿う」
 遠山敦子文部科学相の諮問を受け、中央教育審議会(会長、鳥居泰彦・慶応義塾前塾長)は「初等中等教育改革の方策」について審議を始めた。就学年齢の弾力化や企業の学校経営参入など、審議の結果が教育の現場に及ぼす影響は大きい。諮問に先行して「小中一貫」に取り組み始めた学校はどう変わろうとしているのか、教師たちはどう受け止めているのかを探った。【清水忠彦、横井信洋】
 
◇小6中1合同授業
 「一貫校というのは、小中学校の9年間を、ただ同じ校舎で勉強させればいいというものではありません」
 東京都品川区立第二日野小の竹内秀雄校長(58)は言う。
 同小は同じ区内の日野中学との一貫校を目指し、昨年度から準備を始めた。新校舎を建て、カリキュラムを確立したうえで、06年度に本格的にスタートする予定だ。
 竹内校長が強調するのは「9年間でどのようなカリキュラムを組むかで成果が大きく左右される」という点だ。一貫校では、小中の9年間を▽基礎重視の前期(小1〜小4)▽教科担任制を積極活用する中期(小5〜中1)▽選択教科の枠を増やす後期(中2〜中3)に分け、それぞれが密接に関連したカリキュラムを作る。
 試行段階の現在は5、6年で教科担任制を取り入れている。クラス担任のほかに、国語、算数、英語など各教科ごとの担任を置いた。中期での完全な教科担任制に子供を慣れさせるのが目的だ。
 また、9月から5、6年の児童に任意の教科を選択させ、週に計4時間の割合で別枠の授業を行う。その際、例えば同じ算数でも基礎を中心に学ぶクラスと発展的な内容のクラスに分け、習熟度別に学ばせる。小6と日野中1年との間で英語、体育の合同授業も始めた。
 もし、同校が検討しているカリキュラムがすべて実現すれば、現行の学習指導要領の枠を大きくはみ出すことになる。
 その極めつけは、学校独自の新教科「市民科」を作る計画だ。吉村潔・同区教委指導主事によると、「道徳」と「特別活動」を統合し、ボランティアの実践や人間関係を築くためのコミュニケーションの方法などを盛り込むという。「これまでは、道徳の理念は教えても、どう実践するかという指導が乏しかった」と吉村指導主事は話す。新教科の教科書はもちろん、ない。
 
◇小5で精神に変化
 では、なぜ「6・3」ではなく「4・3・2」なのか。それは、4年と5年の間に、発達段階の大きなヤマがあることが理由という。
 同区教委によると、不登校の児童・生徒は小5と中1・2で著しく増加する。中学入学による環境の変化のほか、小5では、体の変化(女子の初潮、男子の著しい体力増進など)や精神面での変化が影響しているといわれる。そこから、児童の発達段階にそぐわない「6・3制」よりも、「4・3・2制」の方がふさわしいという考え方が生まれた。
 同小は児童数74人の小規模校。同区では00年度から小学校の学校選択制が導入されたが、児童の争奪をめぐって学校間の競争が始まった。小中一貫の試みは学校の人気につながり、入学者数を増やしたい地域の期待をも担っている。
 竹内校長は「皆が手探りで最善の学校像を模索している。子供の成長をダイナミックにとらえた新しい教育で、自分が社会に必要だと認識できる子供を育てたい」と語る。
 一方で課題も山積している。吉村指導主事によると、その一つは「中学の先生と小学校の先生の考え方の違いや双方の校風の違いを、どう乗り越えるか」だという。
 カリキュラムにしても「例えば、算数と数学でも、関連した課題は同じ単元で勉強するといった細かい工夫も求められる」と指摘する。
 同区では2例目の一貫校も検討しているが、文科省が中教審に正式に諮問したことで、その流れが加速するとみられる。
 
◇「競争過熱」と疑問も−−6・3制見直し/株式会社参入
 15日に諮問を受けた中教審の鳥居会長は、秋以降に随時出す予定の答申について「国民の合意に近く、世界標準からみて、将来に禍根を残さないものにしたい」と述べ、教育の自由化を進める考えを示唆した。
 だが、今回の諮問に、教師の間では疑問や反発の声がある。兵庫県姫路市の市立中教頭は「自由化は時代の流れ」と受け止めつつも、実際にどれほど進むのか、いぶかる。
 例えば、文科省が求める学校の個性化。「国や県はこれまでも学校の独自の取り組みに口をはさむこともあったので、急に姿勢を変えられるのか。『勉強も部活もしつけも』という保護者の要望も無視できない」と言う。
 東京都新宿区の小学校教諭は6・3・3制の見直しや株式会社の全面参入が決まると、すでに実施されている学校選択制とあいまって、競争が過熱することを心配する。「教育熱心な学校だとアピールするために年間の授業計画をこと細かに公表しているが、実際には教科書会社のマニュアルをほとんど丸写ししている。自由化が進めば、こんな無意味な作業がもっと増える」と予測する。
 一方、自由化を求めてきた民間側は「中途半端な自由化」を危惧(きぐ)している。
 構造改革特区で株式会社による学校設置や公立学校の運営の民間委託を提案した通信教育大手の「ベネッセコーポレーション」(本社・岡山市)の担当者も同じだ。「公務員の教員を抱えたまま運営を任されても、学習指導要領を超える内容の教育はやりにくいし、人件費の削減も難しい。あまりメリットはないのではないか」。自治体が建物をつくり、教育内容は保育園の民間委託のように民間会社にすべて任せるべきだという。
 
◇実態踏まえ議論必要−−苅谷剛彦・東京大教授(教育社会学)の話
 義務教育にかかわる国の役割や制度設計の基本が今、根本的に問われている。小手先の改革案の積み上げではなく、財政のあり方を含め、義務教育の原理原則、戦後教育の枠組みを問い直す議論が必要だ。
 これまでの改革のどこに問題があり、教育の実態がどう変化しているのか、現場の声や実態の把握が不十分だった従来の改革論議の轍(てつ)を踏まない議論が求められる。


 
 
 
 
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