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2002/02/06 毎日新聞朝刊
[社説]新指導要領 基本理念をぐらつかせるな
 
 完全学校週5日制のもと、ゆとりの中で、基礎基本を確実に身に着け、「生きる力」を育成することを目指す新しい学習指導要領が、小、中学校では、この4月から、全面実施される。学習内容を約3割削減したのと、生きる力、考える力をはぐくむ核として、「総合的な学習の時間」を新設したのが特徴だ。
 が、目前に迫った今も、現場ではなお不安と戸惑いが交錯している。先月開催された日本教職員組合、全日本教職員組合の教育研究全国集会でも、新指導要領の評価と対応が焦点の一つになった。
 今なお現場に不安が渦巻いているのは、この「ゆとり路線」こそが学力低下を招き、日本を衰退させるとの批判が、急速に広がってきているためだ。
 批判された文部科学省が、学力低下を心配する父母らに配慮するあまり、新指導要領の基本的な考え方、路線を変えたと受け取られるような言動を取っていることが事態を一層複雑にさせている。
 宿題や放課後の補習授業、さらに指導要領の内容を超えた発展的な学習を奨励した、「確かな学力向上のためのアピール」(1月17日)は、その典型だ。かつての画一的な「詰め込み路線」に戻るかのような印象を与えるだけでなく、各学校の創意・工夫に委ねた部分を広げた新指導要領の考え方にも逆行する。準備を重ねてきた現場は、混乱するばかりだ。
 文科省が、はしの上げ下ろしまで規定する時代ではない。学習塾を集めて「社会体験を」と要請したのも、余計なお世話だろう。
 今、文科省に第一に求められるのは、基本姿勢を明確にすることだ。もし路線転換なら、はっきりそう言うべきである。「ゆとり教育の修正ではない」(遠山敦子文科相)のなら、ぶれることなく、新指導要領の理念を現実のものにすべく努めなければならない。
 成否のカギは、「総合的な学習の時間」の生かし方だろう。学力低下をもたらすとの廃止論もあるが、教科書がなく、各学校の創意工夫に委ねるこの時間は、教育の本来あるべき姿であり、大きな可能性を持つ。教研集会では、総合学習の是非論より、どう意義のある時間にするかの視点からの報告が目立った。教師にとっては腕の見せどころであり、教育行政は、教師が力を発揮できるよう支援し、環境整備を進めてほしい。
 文科省の第二の務めは指導要領の不断の検証だ。厳選は良いとしても、学問的教育的配慮のない安易な削減との批判が免れないことは、かねて指摘したとおりだ。
 教育課程は、専門的継続的な調査研究、データが不可欠だ。遅きに失したが、ようやく常設のカリキュラムセンターが発足し、全国レベルの到達度調査を行う体制が整った。文科省は必要に応じて随時改訂することを考えてよい。
 現場は、「指導要領は最低基準」という、特に今回強調された文科省の見解を生かすべきである。一般教科においても、自主的にカリキュラムを工夫し、個々の子供の力を伸ばしてほしい。


 
 
 
 
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