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2000/11/27 毎日新聞朝刊
[社説]こども論 学校 カネも手間も時間も要る
 
 子供の育つ環境は、21世紀を目前にした今、大きく変わった。学校の意味も相当変容しているが、その存在はなお、子供の心に大きなウエートを占めている。教育改革、学校改革は、日本だけでなく、世界共通の課題だ。とりわけ近年の米国では動きが急で、今回の大統領選挙でも争点の一つになった。
 日本と米国の学校教育の間には、相当な違いがあり、それぞれ長所もあれば短所もある。初等中等学校の安全性や平均的な学力水準という点では、日本の方がまだ優れているといっていいだろう。何しろ、米国では銃器や麻薬が学校に持ち込まれることもまれではない。
 しかし、これからの時代には欠かせない「子供の個性に応じた教育」という点では、米国の努力はすさまじいものがある。日本の教育改革の方向を考えるうえで、大いに参考になるように思う。
 コネティカット州グリニッジの公立学校であるパークウェイ小学校では、英語、算数、科学は、3年生から英才コースを設けている。どんどん才能を伸ばしたいとの狙いによるものだが、特筆すべきは、障害児や学習の遅れがちな子供のためにも手厚い対応をしていることだ。
 障害児には、専従の補助教員を付け、ほとんどマンツーマンで指導している。英語を母国語としない子供のための特別教室もある。1クラス20人足らずの子供に、先生が2人、3人の教室も珍しくない。各種カウンセラーも多く、一人一人の子供を大事にしている。
 子供の個性に応じた教育を目指す姿勢は多くの学校に共通している。教育改革の一つの象徴として注目されるチャータースクールが増えている背景にあるのは、個々の子供に目を向ける少人数教育志向である。
 チャータースクールは、教師や父母が、理想とする学校を作りたいと公的機関に申請、認可を得て開設される。生徒1人当たりの教育費を、税金から公立と同額支給される新しいタイプの公立学校だ。すでに全米で1700校誕生、大統領選では両候補とも支持した。理想はさまざまだが、共通しているのは子供の良さを引き出し育てようという志だ。
 10人以下の学級も珍しくなく、カリキュラムは子供の数だけある、と話すチャータースクールもある。ここに来た子供たちは、「前の公立ではクラスに30人もいたから、先生の存在は遠かった。今は自分にも目を向けてくれる」などと話す。
 日本では、依然40人学級が基本だが、教壇から一方的に教えることで済んだ時代は、もう過去のものだ。生きる力の育成を目指す「総合的な学習の時間」などは、1人の教師が40人を相手にするのは、到底無理である。国語や算数も同じだ。
 日本では、高等教育同様、初等中等教育の公財政支出も、先進諸国に比べて劣っている。対国民総生産比は日本が2・8%なのに対し、米国は3・9%。大統領選では、両候補とも連邦予算の増額を公約した。
 日本では、子供を大事にしているようで、実はそうなっていない。取り組むべき問題は多々あることが、本欄でこれまで展開してきた「こども論」で浮き彫りになったように思う。複雑な時代に、次代を担う子供をしっかりと育てていくには、カネも手間も時間もかかる。その覚悟が今求められている。


 
 
 
 
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