2000/10/14 毎日新聞朝刊
[新教育の森]教育改革国民会議 中間報告の実現性は・・・
首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」の中間報告が先月、まとまった。3月に発足して約半年間、26人の委員が第1〜3の分科会に分かれ、6、7回の分科会審議と9回の全体会を重ねて、改革の方策を探った。14日の福岡市を皮切りに国民から直接意見を聞く4回の「公聴会」を経て、年内に最終報告が出される予定だが、提言は、どう実行に移されるのか。実現性はあるのか。中間報告の提言を点検し、向こう1、2年の実現可能性を予測した。(可能性は★の数で表示。三つが最も可能性が高く、一つは低い)。【澤圭一郎】
◆全教科で達成度試験★★
◇復権狙う高校
提言は、高校で全教科について「学習達成度試験」を実施することを求めている。卒業までにどれだけ学習の成果が上がったかを測るのが目的で、何度でも挑戦できるように、年に複数回実施するという。学年も問わずに受験できるものを想定している。ともすれば大学入試に左右されがちな高校教育の位置付けをはっきりさせる方策だ。
最近、議論になっている「学力低下」問題では、高校側も「大学入試の科目にない教科は生徒が勉強しない」と現実を指摘する。入試のあり方を見直さないと難しいものの、学習達成度試験はある意味で、高校の教育理念を取り戻す可能性を開くものと言える。
中間報告は「大学側が入学選抜要件として活用することもできるようにする」と述べ、「現行の大学入試センター試験を見直し、達成度試験に切り替えることが望ましい」と提言している。達成度試験の役割を大学入試センターに負わせる発想は、4月にまとめられた大学審議会の「大学入試の改善について」の中でも「資格試験的な取り扱い」という項目で述べられている。
大学入試センター試験の改革が今後、進められる見込みだが、資格試験的な取り扱いが合意を得て実施されれば、達成度試験にもつながりそうだ。
◆小中高、道徳の教科化★
◇新課程の構想外
「学校は道徳を教えることをためらわない」。国民会議は「善悪をわきまえる感覚が、常に学問に優先して存在することを忘れてはならない」と強調し、道徳を教科に位置付けるよう求めている。具体的には「小学校に『道徳』、中学校に『人間科』、高校に『人生科』などの教科を設け、専門の教師や人生経験豊かな社会人が教えられるようにする」と提言している。
しかし、1年半後には新しい学習指導要領が実施され、教育課程が切り替わる。道徳の教科化は、そこに盛り込まれていない。「まずは新課程をやってみてから」と文部省の幹部も言うように、タイミングが悪く、これがすぐに実行される可能性は低い。さらに、教科に位置付けると、子供たちの「評価」が必要になる。心の問題をどう評価するのか、専門の教師をどう育成するのかなど課題も多い。
とはいえ、道徳教育の重要性に対する認識は高まっており、文部省は来年度以降、児童・生徒が身につけるべき道徳の内容をまとめた「心のノート(仮称)」を作成し、3年計画で小中学生全員に配る計画だ。
◆問題生徒に厳格対応★★★
◇学習環境、配慮
学級崩壊のように一部の児童・生徒のために授業が成り立たなくなる状態や、校内暴力、いじめにき然とした対応を求める提言も盛り込まれた。
分科会の審議では、「ほかの子供の学習する権利を妨げる子供を排除する権限と義務を学校に付与する」という表現も見られた。
しかし、「『排除の理論』になるなら問題」「問題児といわれる子の中には、特異な才能を持つ子もいる」という意見も出され、結局、「問題を起こす子供以外の子供たちの教育環境を守る。問題を起こす子供に対する教育の方策を講じる」という文章に落ち着いた。
学校教育法の26条は「市町村の教育委員会は、性行不良で他の児童の教育に妨げがあると認める児童があるときは、保護者に対して、児童の出席停止を命ずることができる」と定めている。しかし、「実際には難しい」(第1分科会委員)のが現状だ。出席停止は教育を受ける権利を奪い、教育の責任放棄だという見方があるからだ。
国民会議では「昔の問題児といわれた生徒と、今の問題行動を起こす生徒は性質が違う」という現場の意見も出た。学校全体が方策を失うほどの深刻な事態ならば、提言は説得力を持つ。乱用には慎重でありつつも、文部省は具体的に動き始めている。同時に、問題のある教員を教壇に立たせない方策についても、方向性が明確になってきた。
◆就学年齢の弾力化★
◇「差別助長」の声
「5歳から7歳までの幅の中で、親と学校の判断で小学校に入学できるように義務教育開始年齢を弾力化するという議論も出されたが、この点については今後、さらに検討する必要がある」。提言には盛られなかったが、中間報告にはこんな記載がある。
現行の学校教育法は、小学校の就学年齢を満6歳と定めており、弾力化するには法律改正が必要になる。「規制緩和」という趣旨と、「6歳が一律に就学年齢にふさわしいのか」という疑問から出た提案だが、現在の小学校で異年齢の子供が入って、教師がマネジメントできるのか疑問は多い。
大田堯・日本子どもを守る会名誉会長は「発達に応じた教育を目指すならば、丁寧な教育として評価できる」と話す。だが、早期教育や英才教育を目指す要素があれば、「差別にもつながる」とクギを刺す。
「親と学校の判断」の基準についても明確にする必要がある。
◆企業の教育休暇制度★
◇「義務付け」課題
国民会議は「家庭の教育力の向上」を重要課題に掲げている。提言には「親が信念を持って家庭ごとに、例えば『しつけ3原則』と呼べるものを作る。親はできるだけ子供と一緒に過ごす時間を増やす」と書かれている。しつけは、それこそ各家庭で決めることで、実現性はその対応次第だ。 「親はできるだけ子供と一緒に過ごす」という提言に実効性を持たせるため、「企業は、年次有給休暇とは別に『教育休暇制度』を導入する」との考え方が提言では示された。企業の姿勢が問われるが、不況下で余裕はあるだろうか。経済団体連合会や東京商工会議所などは見解を明らかにしていないが、「(国民会議の)事務局とも懇談して、考えていきたい」(経団連)と慎重に検討する方向だ。
東京都内のある企業の役員は「通常の休暇すら取っていない現状で、制度だけ作っても有名無実になることは容易に想像できる」と言う。休暇を取ることに抵抗感の強い風土があるのは事実で、実際に教育休暇制度を機能させるには、労働省などとも協力して「義務付け」にする必要があるだろう。見通しは明るくなさそうだ。
◆教師の修士号取得義務★★
◇資質向上、カギ
「プロフェッショナル・スクールの設置を進める」という提言の中に、この項目が盛られた。諸外国では修士号や博士号を持つ多数の専門家が活躍している。社会や経済のグローバル化の中で外国と競争していくためには、日本でも高い専門性を備えた人材が必要だという観点からの発想だ。
国家公務員などの人材には今後、特に高い専門性が要求されるとしている。社会的ニーズも高く、充実している理科系の大学院に比べ、文科系の大学院は需要がさほど大きくないという現状が背景にある。
教員も「教える専門職」という位置付けで、この対象とされた。しかし、問題は、大学院を出ることで“優秀な教員”になれるかどうかだ。
◇中間報告の要旨
《教育の原点は家庭》
(1)親が信念を持ち、家庭で「しつけ3原則」と呼べるものを作る。子供と一緒に過ごす時間を増やす
(2)企業は年次有給休暇とは別に教育休暇制度を導入する
《道徳教育をためらわない》
(1)小中高校に道徳や人生科の教科を設ける。死とは何か、生とは何かを含め、人間として生きていく上での基本の型を教え、自らの人生を切り開く高い精神と志を持たせる
(2)自然体験、職場体験、芸術・文化体験などの体験学習を充実する
《奉仕活動を全員が行う》
(1)小中学校で2週間、高校で1カ月間、共同生活などによる奉仕活動を行う
(2)将来的に、満18歳の国民すべてに1年間程度、奉仕活動を義務付けることを検討する
《問題生徒への対応をあいまいにしない》
(1)問題を起こす子供に対する教育の方策を講じ、それ以外の子供たちの教育環境を守る
(2)このために教師の資質の向上、とりわけ人格的権威の確立が不可欠
《有害情報から子供を守る》
保護者団体などが有害情報を含む番組スポンサー企業へ働きかける
《個性を伸ばす教育システムを》
(1)小人数教育の推進。習熟度別学習システムを導入
(2)大学入学年齢制限の撤廃
(3)公立学校の半数は中高一貫校に。高校で学習達成度試験を実施
《大学入試を多様化》
(1)推薦やAO入試などで多様化する
(2)大学の9月入学を推進
(3)受験生を暫定的に入学させ1年間の成果で合否を判定
《プロフェッショナル・スクールの設置》
(1)大学学部は教養と専門基礎が中心。大学院は学部3年修了から進学し、実践的専門能力を身につけるプロフェッショナル・スクールと研究者養成のためのものを設ける
(2)国家公務員と教師は原則として修士号取得を要件とする
《大学にふさわしいシステムの導入》
(1)複数分野を専攻する制度を導入する
(2)成績評価を厳格化し、水準に達していない学生は落第、退学させる
《職業観、勤労観をはぐくむ教育を促進》
職業体験などを進め、高専の職業教育を充実させる
《教師の意欲や努力が評価される体制》
(1)効果をあげる教師は金銭的処遇、人事措置などで報いる
(2)効果的な授業などができず改善されなければ他職種への配置換えや免職にする
(3)教師の採用方法を多様化し、採用後のプロセスを評価。免許更新制の可能性を検討する
《地域に信頼される学校作り》
(1)学校は活動状況などを公開する
(2)学校の評価制度を導入し、結果を公開する
《学校や教育委員会に組織マネジメントの発想を》
(1)校長の裁量権を拡大し、運営スタッフ体制を作る。若手校長を登用し任期を長期化する
(2)教育委員会は親の参加や年齢、性別の多様化を図り、会議は公開する
《授業を分かりやすく》
(1)教科や学年の特性に応じ学級編成を弾力化
(2)社会人が教育に参加する機会をつくる
《新しいタイプの学校の設置を促進する》
市町村が設置し地域が運営に参画するコミュニティー・スクールを検討する
《教育振興基本計画を》
改革には財政支出が必要
《教育基本法の見直し》
今後の教育の基本像にかかわる教育基本法のあり方について、幅広い国民的な議論が必要
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