1996/10/05 毎日新聞朝刊
[教育21世紀へ]高校教科書検定廃止案の裏側 噴き出した「自由化」論
◇選挙控え“票”意識
行革と消費税が総選挙の争点として注目される一方で、各党が公約や重点施策に掲げる教育改革案が「もう一つの争点」の色彩を帯びてきた。日教組と文部省が「歴史的和解」をした後の初の総選挙。経済界が連呼する「教育の自由化」や、政府行革委の規制緩和小委員会が掲げる小中校の選択弾力化……。「教育は票になる」。いま政治家たちはこう読む。
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「どういうことだ?」。衆院解散の2日前の先月25日朝、文部省内では官僚たちが首をひねった。「高校の学習指導要領廃止」「高校教科書検定廃止」。手元には、前日の自民党文教部会がこれらを選挙公約案に盛り込んだと報じる朝刊があった。
翌26日夕、自民党本部。「わが党の文教行政とは正反対の内容だ。絶対できん」。改革、保守両派の文相経験者ら5人の顔が並ぶ。文教族の本流を歩んできた石橋一弥・元文相が「国民の教育や民族に対する考えが成熟してくればいいが、今のような世相で検定廃止とは何だ」と主張。中学教科書の「従軍慰安婦」記述削除などを求めている奥野誠亮・元文相、板垣正・参院議員も反対論をぶち上げた。
だが、元文相の与謝野馨・政調会長代理は「検定廃止」で譲らず、結局、文教制度調査会長の保利耕輔・元文相が「高校教科書のあり方を検討する」との仲裁案を出し、目玉公約は土壇場で削除されることになった。
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急速にしぼんだとはいえ、波紋は大きかった。日教組幹部も「にわかに信じられなかった」と話す。出版労連の教科書対策部が26日に用意した「教育の国家統制に反対してきた立場からは、注目すべきことと考える」とのコメントには、半信半疑なのか「単なる選挙前のアドバルーンに終わらせることのないように期待する」とあった。
27日午前、国会内で開かれた自民党総務会で“見送り”方針が確認され、その約1時間後の臨時国会で衆院が解散。午前中の閣議後会見で、奥田幹生文相は幻の公約をこう皮肉った。「選挙を目前に唐突に出てきた。私も自民党員だが、事前に話があって時間を費やして検討しないと……」
しかし、与謝野氏は「自由化の流れは止まらない。検定をなくせば創意工夫に満ちたいい教科書だけが残る」と言う。最終段階でトーンダウンした記述も「廃止の芽を残している」と受け止める。与謝野氏が「検定廃止」の検討を始めたのは、文相を退いた昨夏。一部の文部省と党文教部会の関係者を交えて重ねた非公式会合は「出席者のほとんどが検定廃止論者だった」(同氏)という。
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今回の「騒動」は、経済界や各種審議会の掲げる「教育の規制緩和」の流れに乗ったものとも読めるが、解読のヒントとなる注目すべき動きがあった。
6月7日。自民党文教部会の21世紀教育ビジョン検討委員会で講師の中曽根康弘・元首相はこう発言した。「いずれ選挙がある。党の重大公約の一つに教育大改革を入れ、かなり放胆な公約で訴え、国民の了解をいただく。そういう発想が必要だ」
さらに、自民党が304議席を獲得して圧勝した10年前の衆参ダブル選挙に触れ、自身の肝いりで発足させた臨教審でも提起した教育問題に言及。現状を「中身によっては選挙にかなり効く要素が社会的に出てきていると思う。選挙が終わったら、第2臨教審を作るということを宣言しておいた方がいい」とまで助言していたのだ。
翌週作成された検討委の改革素案は「政治がリーダーシップをとって、内閣に第2次臨時教育審議会を設置すべきだ」と記された。一節に「当時存在したベルリンの壁も崩壊した」とある。日教組と文部省の間の「壁」が消えたことも、臨教審時代との決定的な違いだった。
中曽根氏の秘書を務めるなど同氏と「師弟関係」にある与謝野氏は夏に教育改革の方向性を師匠から説かれ、「検定廃止は省庁統廃合以上の画期的な出来事だと盛り込んだ」と打ち明ける。10年前の中曽根政権が打ち出そうとした「教育の自由化」の伏流水が時機を得て、噴き出したともいえる。
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前回の総選挙で「高校教科書検定の段階的廃止」を公約に掲げた日本新党から、さきがけを経て民主党に移った文部官僚OBの中島章夫・前衆院議員は「個人と政党の公約との矛盾はない」と言うが、短期間に目まぐるしく変わった政界の動きが、各党の教育改革案の違いを分かりにくくさせている。
1日夜、新進党の藤村修・前衆院議員は地元の大阪府吹田市内で開いた国政報告会で「わが党は昨年初めから中高一貫教育を検討し、今年6月には私が学制改革検討部会長として提言をまとめた」と、議論の蓄積を懸命に訴えた。
各党の教育関連の公約は別表の通り、似通う。文部省幹部はこう指摘する。「どれも十分に検討を重ねたとは思えない。耳に心地いいスローガンを並べ立てているが、上滑りしている」 【城島徹、徳増信哉】
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●各党の教育関係の公約・重要政策●
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6・3・3制の抜本改革 中高一貫教育や高校教科書の在り方の検討
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中高一貫教育の実施 義務教育は教育課程を3分の2程度に厳選
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6・3・3制見直し 学習指導要領の在り方の根本見直し
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6・3・3制の改革 学習指導要領の在り方や教科書検定制度の見直し
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6・3・3制見直し 高校の指導要領の拘束力緩和と教科書使用義務の弾力化
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“総自民党”勢力の「行革」の名による教育の切り捨てに反対
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