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1989/09/13 毎日新聞朝刊
教育現場に影=どこへゆく日教組・43年目の分裂・下
 
 「人事に影響するのかな」「組合費はどうなるの」……二学期が始まったばかりの埼玉県立上尾高校職員室。先生たちの雑談は日教組問題に集中した。だが、出てくる声は不安や困惑、それも職場の人開関係、人事への影響など身分や生活にかかわることばかり。分裂による打撃の深刻さは、なまなましい悩みを伴って、早くも教師らの間に波紋を広げ始めた。
 上尾高分会では六月にアンケートを行った。組合員の六割の二十三人が回答。十人が「連合」にも統一労組懇の「たたかうナショナルセンター」にも「当面加わらない形を選ぶ」と答えた。「連合参加」はゼロ、「たたかうナショナルセンター参加」も一人に過ぎなかった。自由記載欄には「団結こそ力」「分裂したら権力の思うまま。組合はメチャメチャ」と分裂回避を求める声が書き連ねてあった。
 「現場の声より政党の論理が優先されている」と上尾高分会の江川直也書記長(31)は嘆いた。
 今後、反主流派は独自の全国組織を結成する方向だ。この過程で組合員教師の奪い合いが本格化するのは必至。脱退、新組織の結成と「分裂」は全国各地、個々の学校現場へと影を広げていく。
 学校はどんな姿になっていくのか。地域ぐるみで日の丸・君が代反対闘争を続けている沖縄県教職員組合は「分裂の影響は沖縄まで及ばない」と言い切るが、「闘争力は下がる」という声も多い。
 臨教審答申を受けて、初任者研修制度など文部省は次々に施策を打ち出してきた。新学習指導要領では、日の丸・君が代の義務化、高校社会科の解体など国の意思が、より鮮明に打ち出されている。ただでさえ文部省に子供たち、父母の声は届きにくい。それに加えて教師の声まで小さくなってはどうなってしまうのか、と嘆く声は多い。
 闘争力、組織力の問題だけではない。日教組が戦後四十年余、力が衰えてきたとはいえ、父母らの信頼を得てきたのは現場の実践を通じた教育研究を行ってきたからだ。教研集会だけでなく、手を携えてきた民間の教育団体も現場の活性化に力を発揮してきた。「分裂は現場の教師一人ひとりに立場を鮮明にすることを求めてくる。そうすれば論議の幅が狭まるし、排除の論理が働いて会員も減る」と東北地方の教科研究団体に所属する中堅教師は心配する。
 民間教育団体は戦後の第一世代から多くの優れた実践家を生み、その実践が大きな影響を与えてきた。しかし、戦後も四十年が過ぎ、それと同じ方法では現代に通じなくなってきた。この教師も「現代にマッチした教育理論を作るため、大いに論議しなければならない時に、分裂は痛い」と嘆く。
 同様の懸念は父母の間にもある。東京都国立市の「日の丸・君が代と管理教育を考える会」会員の母親、佐伯篤子さん(36)は「今まで最大公約数の部分で一緒にやってきた先生も離れていくのではないか」と見る。
 同会は日の丸掲揚や新学習指導要領に反対する運動を続け、教師とも協力関係を作ってきた。「先生と話し合うようになって、教育や学校がきちんと見えてきた。風通しが良ければ誤解や不信は生まれない。これからは教師、父母が相互に情報を交換しなければならない。それが分裂でダメになるかもしれない」と佐伯さんはいう。
 分裂が及ぼす影響がどう現れるか。今はだれも予想できない。だが「教え子を再び戦場に送るな」と言い続けた意思と熱意を失わないためには、教師たちは自分自身で新しい活動の形を作ることを迫られるだろう。


 
 
 
 
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