日本財団 図書館


1993/02/09 産経新聞朝刊
【正論】憲法改正議論封じは間違い
屋山太郎(評論家)
 
 政界に巻き起こってきた憲法改正論議を宮沢首相は懸命に鎮静化しようとしているようである。首相は閣僚懇談会で「憲法改正を政治日程にのせるつもりはない」という申し合わせをし、閣僚の憲法論議を封じ込めてしまった。政治日程にのせないからといって、議論まで封じ込めようとするのは間違いだ。憲法論議は間断なく続いていっても国民的は合意ができるまで三年や五年はかかるだろう。大切なのは議論し、煮つめるということであり、最初から議論を封じたのでは、合意形成はさらに遠のく。
 宮沢首相は現行憲法は「自信をもっていい」ものであり、「やわなものではない」という考えの持ち主のようだ。憲法に自信を持つのも一つの考え方だが、広範に憲法論議が巻き起こってきたのは、現行憲法では新たな国際情勢、国内情勢に対応できないのではないかという疑問だろう。第九条がらみでみてみても「集団的自衛権はみとめない」という従来の政府解釈だけで世界に通用するのか。新しい世界秩序は国連が中心となって維持していくという情勢になってきている。冷戦の終焉(えん)と同時に、世界は地域的小規模紛争多発の時代になってきている。紛争の規模や様相に応じて、国連が臨機に対応していかざるを得ない。日本も国際社会の一員として、何がしかの貢献をせざるを得ない。その時に、これまでのようにカネだけ出せば良いとか、PKO(国連平和維持活動)で道路工事だけやっていれば済むと首相は考えているのか。首相は日本の国連安全保障常任理事国入りについて、熱意を示している。常任理事国というのは世界の「安全保障」について責任を持つということである。宮沢首相の考え方をつめていくと、どうやら「日本だけ特殊な地位を認めてくれ」といっているようである。世界の安全保障について口は出す、カネも出す、しかし人的貢献はできない−といった身勝手が通じるだろうか。
 戦後半世紀に近い日本の平和は、社会党のいうように“平和憲法”のおかげでもたらされたものではない。日米安保条約の軍事的抑止力によってである。冷戦の終結によって第三次世界大戦の恐怖が去ったのは、まぎれもなく旧ソ連圏の崩壊による。旧ソ連圏がなぜ崩壊したかといえば、西側諸国の軍事的結束によってである。一九八〇年代はじめから西側は結束して軍事力を強化した。その狙いはソ連がそれに対抗して軍拡をすれば五年で経済は破綻し、十年もたないだろう。したがってソ連は軍縮を提案してくるはず−というものである。
 こうした予想、戦略通りに、ゴルバチョフ書記長が登場した八五年三月の時点ではソ連経済の破綻は目に見えていた。この結果、ゴルバチョフ氏は八六年十月のレイキャビクでのレーガン大統領との会談でINF(中距離核戦力)の欧州での全廃など劇的な提案をするに至る。
 八〇年代の西側軍事力の強化の時代、中曽根首相(当時)は米国への軍事技術の供与、防衛費のGNP(国民総生産)一%枠はずしなどを強行し、西側戦略に呼応した。問題はこの間に宮沢氏は何をしていたかである。鈴木内閣の官房長官として、日米共同声明に軍事色はない、と否定させ日米関係をおかしくした。中曽根時代には総務会長として一%枠はずしにとことん反対した。この一連の行動を見れば、首相は国際情勢音痴、軍事音痴なのではないかという疑念を拭うことができない。これまでそうだったものが、首相になって突然、開眼するとも思えない。
 宮沢首相は憲法を高く評価し、憲法の精神を追求するにふさわしい世界情勢になった、との認識のようである。日本社会党の言い分と全く同じだが、そういう結構な世界情勢になったのは、西側諸国の軍事的努力の成果なのだということを再確認する必要がある。
 ドイツは現在、憲法制定の過程にあるが、野党の社会民主党が海外派兵を認める方針に踏み切ったことから、外交、国防政策で与野党が一致した。これによってドイツは安保常任理事国入りしても、他の常任理事国と対等の立場に立つことができる。
 日本の場合、もし社会党が政権をとるようなことになれば、国連はどうなるか。常任理事国に現行のような拒否権が認められるとすれば、社会党政権は絶対平和主義の立場から、拒否権を発動するだろう。そうなれば、かつて国連がソ連の拒否権によって機能不全に陥ったように、国連機能が麻痺することになるだろう。与野党の外交、防衛政策の違いは国内における差異というだけの問題では済まない。
 国連軍ができる時、首相は「日本人が参加することは国際公務員になるのだから差し支えない」といっているが、これは全くの詭(き)弁にすぎない。国連憲章上、参加するなら「日本軍」ということになるはずでその時はどうするのか。
 憲法の問題は九条だけにとどまらない。私学助成、道州制などは憲法上、疑義がある。まさに幅広く、深い議論を起こす必要があるのだ。
 
◇屋山 太郎(ややま たろう)
1932年生まれ。
東北大学卒業。
評論家、元時事通信解説委員。


 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION