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2003/08/15 産経新聞東京朝刊
【正論】あの夏に寄せ改めて憲法改正を訴える
三浦朱門(作家)
 
■“カードの家”に頼る幻想を排せ
≪狙いは日本の“封じ込め”≫
 現在の日本国憲法の成立の事情を考えてみよう。それを占領軍が作ったか、日本国民や政府が作ったか、といったことではない。当時の日本を囲む国際情勢からみて、どのような憲法のみが許されていたか、という問題である。
 まず国連なる存在があった。これは第二次大戦中の連合国という結束が、戦前の国際連盟の意志を継承して、戦後の世界秩序を担当しようとして、当時の独立国に呼びかけて編成した組織である。当然、世界平和を乱した日独という敵国をいわば禁治産の状態にしておく必要があり、この両国の破壊に主要な役割を果たした米ソ英仏中は常任理事国として、あらゆる議題に拒否権を発動する権限を与えられた。
 また旧敵国である日独に対して、国連の原加盟国は、両国に再軍備の危険があるとみれば、安保理事会の議決を経ないでも、出兵できるとなっていた。つまり今の中国、ロシアが日本に軍国主義が実現したと判断した場合、自由に日本を軍事的に占領できるのである。
 こういう国際環境にあっては、日本が外国軍に対して抵抗する武力を持っていること自体が、国連憲章に反することになる。日本は外国軍に対して防備をしてはならないのである。その精神が憲法前文の有名な文言、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という表現になった。
 
≪平和憲法護ったのは米軍≫
 日本人は自国民の安全と生存を自力で守ることはしない建前なのだ。これは国家防衛だけではなく、言論、結社の問題でも、それが軍国主義と判断されれば、それを国連原加盟国なら、武力を以って弾圧することも可能、ということになろう。
 マスコミの好きな言論の自由だって、日本語の憲法では言論の自由は「これを保障する」と、まるで国家が保障してくれるような印象を与えるが、原文である英語によれば、この部分は受け身であって、何々によって、という保障する主体は書かれていないから、建前を述べたにすぎないのだ。
 アメリカ憲法だって、この種の受け身で建前を表す条文は多いが、短い憲法前文と実質的憲法の前提文書とでもいうべき「独立宣言」では、建前を実現すべき政府と国民の主体性がうたわれているが、日本国憲法の前文では、平和を愛する諸国民に安全を依存したり、これは人類普遍の原則である、と国家という存在を素通りした文書が書かれている。
 つまり日本国憲法はいかに美辞麗句で飾られていようとも、所詮(しょせん)はトランプのカードで作られた家であって、憲法学者たちは、その設計がよいとか、合理的だと言っているが、ネコが前足を出しただけで倒壊するシロモノにすぎないのである。
 カードの家が今日まで倒壊しなかった理由は何か。それは当初は米占領軍、講和条約以後は、安保条約による米軍の駐留による。つまり日本国憲法を護ってきたのは、国内の護憲勢力でも何でもない。要するに米国とその軍事力なのである。
 
≪国際環境の変化直視せよ≫
 考えてみると、いわゆる進歩的文化人と、マスコミの罪は深い。サンフランシスコ講和条約の時、進歩的文化人は全面講和を主張して、当時の吉田総理に「曲学阿世」の徒と言われたが、彼らにはそんな才覚はない。「曲世阿学」なのである。学問におもねって現実を歪めて見たのである。彼らは秀才だから、政治学でも経済学でも書物はよく理解できたろうが、南原繁元東大総長も、大内兵衛元法政大学総長も、現実の政治や経済を見る目は幼い。
 大内が書いた『社会主義はどういう現実か』を読むかぎり、彼らは社会主義国の政治も経済も全然分かってはいないのである。まずはホームステイの大学生並みである。
 しかし敗戦後、六十年がたとうとしている。その間に国際関係も変わった。国連も変わった。日本も変わった。かつては占領軍司令官であったマッカーサー元帥に四等国といわれた日本も、多くの面で一等国になった。そのような日本が国家エゴのカタルシスの場に成り下がった国連の影響下に作られた、カードの家の憲法で満足してよいものであろうか。
 自国の運命と、国民の人権と民主主義体制を自分の力で決定し、維持しようとするなら、カードの家がいつまでも頼りになるという幻想はやめて、自前の家、ネコの前足で簡単に崩壊することのない、憲法を制定すべきであろう。
 
◇三浦 朱門(みうら しゅもん)
1926年生まれ。
東京大学卒業。
小説家、元文化庁長官。


 
 
 
 
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