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1993/02/18 産経新聞朝刊
【正論】憲法見直しを政治の争点に
舛添要一(国際政治学者)
 
◆政界再編にらんだ改憲論
 憲法をめぐる議論が盛んになってきている。改憲論は、主として二つの分野で展開されている。一つは、第九条をめぐるものであり、日本の国際貢献の拡充という問題である。もう一つは、首相公選制との絡みであり、これも改憲なしには不可能である。
 今なぜ改憲論なのかということについては、政治改革潰(つぶ)し、羽田・小沢包囲網といった政治的意味づけをすることも可能である。
 中曽根元首相の「政界再編は憲法見直しが基軸となるべきだ」という発言などは、そのように解釈されても仕方あるまい。選挙制度改革ではなく、「もっと大きな課題である」憲法見直しをめぐって政界が再編成されるべきと主張しているからである。
 中村喜四郎建設相、山崎拓前建設相、加藤紘一幹事長代理、小泉純一郎郵政相のいわゆるNYKKらが主張する首相公選制も、羽田派に対する牽制であることは疑いえまい。
 
◆現実との間の多くのズレ
 しかし、今国会の代表質問で三塚博政調会長が述べた「憲法と現実の間に多くのズレが生じている。矛盾を放置せず、新たな国民的合意を形成するため、積極的に論議することこそ政治家の責任だ」という主張には誰も反論できないであろう。三塚氏は、九条の他、八九条(公の財産の支出又は利用の制限)を私学助成とのからみで問題にし、また国民投票制度の導入も議論すべきだとしている。さらには、前文に、「核兵器の廃絶」と「地球環境の保全」という二つの目標を明示すべきだという。
 これに対して、宮沢首相は、改憲には消極的な答弁をしたことは周知の通りである。
 施行以来四十六年が経過した日本国憲法が、三塚氏の言うように現実と大きな矛盾を生じていることは疑いえない。時代に適合させるというこの要請とともに、以前から多くの論者によって指摘されているように、現憲法は次のような問題を抱えている。
 第一は、英文の直訳調であり、正しく、そして美しい日本語とはお世辞にも言えないことである。第二に、そうなったのも、たとえ日本人が起草した草案を参考にしたとはいえ、起草者はアメリカ人であり、原文は英語であったからである。これは、およそ日本人が努力して、時間をかけて自ら生み出したものではない。その点では、明治憲法の方が、はるかに「国産品」である。第三に、戦後の憲法教育は、憲法を金科玉条のように教え、その成立経緯に異議を唱えることもせず、また「護憲」イコール「革新」かつ「平和主義者」、「改憲」イコール「保守反動」かつ「軍国主義者」というレッテル貼りに終始してきた。
 近年、占領当時に憲法起草に携わった人々への聞きとり調査や憲法制定の経緯についての研究などを通して、当時の事情が明らかになりつつある。そのような研究は、憲法を見直す前提として大いに活用されてしかるべきであろう。
 さらに、米ソ冷戦が終焉(えん)したことは、従来の「保守」と「革新」との区別を全く無意味にしてしまった。日米安保、自衛隊、憲法に対する見解が、左右を隔てる基準となった時代は過去のものとなった。社会党を含む野党からも様々な形の改憲論が提案されていることは、まさに象徴的である。
 
◆あらゆる分野の検討必要
 それでは、憲法の見直しにどう取り組むのか。まずは、憲法制定過程にもっと光を当て、それを国民共通の知識とすることである。元連合国軍総司令部(GHQ)民政局次長のチャールズ・ケーディス陸軍大佐によると、憲法一条と九条とはいわば抱き合わせのものであり、天皇制維持のための不戦条項だったという(『毎日新聞』【一九九二年八月一一日】、『新潮45』【一九九一年八月号】等参照)。そして、九条がマッカーサー・ノートによる原案から修正される過程で、自衛のための戦争と国連軍への参加が可能になるように現在の形にされたという。
 そもそも一国の憲法というものは、六日間という短期間に、しかも外国人によって制定されるべきものではない。私たち自身が日本国憲法の草案を書いてみるとよい。とりあえずは、各党が早急に党内に新憲法起草委員会(名称は、「創憲」委員会でも憲法見直し委員会でも何でもよい)を設け、半年や一年の作業を通して、これを一斉に国民に公表する。憲法学者をはじめとする知識人も、各自の案を発表する。そして、国民の一人一人が、自分の憲法案を起草してみる。
 見直すべき点は、九条にとどまらない。前文、国会、内閣、財政、地方自治などあらゆる分野について徹底的に検討してみるとよい。もちろん、日本語として正しく、美しい、そしてできれば簡潔な文章が好ましい。
 各党の案が出揃ったところで、与野党間で憲法協議会を作って、そこでまた論議を進め、できるだけ一致点を見いだすようにする。しかし、相違点は必ず残るし、各議院の総議員の三分の二以上の賛成がなければ、改正の発議ができないので、この点は改憲について総選挙、参院選挙で国民に問うしかあるまい。
 内外の情勢を考えれば、憲法の見直しを政治の争点とすべきときが来ていることは疑いえないであろう。
 
◇舛添 要一(ますぞえ よういち)
1948年生まれ。
東京大学法学部卒業。
パリ大現代国際関係史研究所客員研究員、ジュネーブ高等国際政治研究所客員研究員、東京大学助教授を経て、現在、参議院議員。


 
 
 
 
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