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2003/08/26 毎日新聞大阪朝刊
オピニオン「論」 冷戦後の日本の課題
佐伯啓思(京都大大学院教授)
 
◇事前の外交戦略確率を
◇憲法論議で国家像を模索
 米ソ2大国による冷戦構造が崩れ、国際社会は21世紀にふさわしい秩序を求めて模索が続いている。戦後、一貫して米国の核のカサの中で「平和主義」を享受してきた日本にとっても、国際社会の中での新しい位置取りが大きな課題だ。これからの日本には、どのような方向性、政策が必要なのだろうか。京都大学大学院の佐伯啓思教授に話を聞いた。 【編集委員・玉置通夫】
 ――日本の戦後は、他の敗戦国と異なる歩みだとの指摘があります。
 ◆10年前の湾岸戦争以来、日本の軍事や安全保障に対する考え方が、変わってきたのは間違いありません。これまで、日本が一国平和主義を唱え続けるのが可能だったのは、戦後の特異な状態のお陰です。世界的にも、例がありませんよ。平和憲法と安全保障がセットになり、さらに米ソの冷戦構造が加わって、米国への従属体制に組み込まれてしまった。
 ――保革の対立は、あったようですが・・・。
 ◆左翼側の絶対平和と自民党保守派の現実主義の路線対立が続いたが、憲法改正や安保廃棄といった問題まで踏み込まなかった。それが、変則的、例外的な状態を作ってきたわけだが、90年代の冷戦構造崩壊で世界が変わり始めた。
 ――米国の力が台頭している?
 ◆米国は、新しい世界秩序をどのように再編成するかの戦略を練っている。日本も世界秩序についてのビジョンを持って、それなりの戦略を持たなければならない。たとえば、日米安全保障条約は変則的で対等の条約ではない。これをどう考えるかということです。
 ――イラク戦争への日本のかかわり方にも関係する問題ですね。
 ◆米国の軍事行動への支持表明について、保守派の論理は日米同盟を根拠にしていますが、本当の同盟関係とはとても言えないのだから、本末転倒ですよ。まず、米国と距離を置いて議論する必要がある。そして、防衛や安保問題について、日本側のポリシーを提示するようにしないとダメだと思う。その意味では、イラク戦争は大きなチャンスだった。そもそもイラク攻撃には十分な正当性がない、と言われているんですから、日本の外交の基本方針を再定義する必要があった。
 ――これまで、外交についての論議は少なかったと思います。
 ◆ほとんど考えないできた。これからは、防衛や安保について、多面的な外交を5年ぐらいかけて整備することが重要だろう。そのためには、憲法論議も必要。今後の国家のイメージを論議するべきです。日本の場合、国家は国民が作らなければならないという意識が弱いので、憲法論議を通して意識を覚せいさせた方がよい。
 ――国家というと、とかくナショナリズムと結びつけて論議されやすいんですが……。
 ◆国家には二つの次元があります。一つは行政や統治機構としての国家です。とくに国民の安全を守るための危機管理の装置として必要です。それと、もう一つは、文化や歴史的な継続体としての国家。どういうものをどうやって残すのかは難しい問題ですが、歴史のアイデンティティーをどこに求めるかということです。それを政府がやることは、問題です。市民社会でやるべきだし、教育にもつながっていくことになります。
 ――ところで、米国の方向性はどうですか。
 ◆このまま、新保守主義(ネオコン)が力を持ったままで進んでいくかどうかは不明です。むしろ、全体的には少数派でしょう。アフガニスタンとイラクの戦争で、新しい米国の役割を示したのは事実ですが、テロの脅威を強調し過ぎていると思う。イラク戦争だって、結局は民主化にすり替わってしまいました。
 ――米国は帝国型になっているのでは?
 ◆過剰に評価する必要はないと思う。米国は国益にかかわるところに関与しようとする。世界全体への関与なんて不可能ですよ。財政力、国際世論からみても、見せ掛けでしょう。人権上の懸念があっても、ミャンマーやチベット、北朝鮮には余り関心を示していないことからも明らかです。
 
◇視点
◇「論憲の時代」認識をもとう
 冷戦構造の崩壊後、外交や安全保障、社会制度など、あらゆる面から日本の戦後体制を見直す議論が活発になってきた。これまでの一国平和主義から脱却し、どのようにして、国際社会の中で日本という国の在り方を考えていくべきか。
 そのためには、佐伯教授が指摘するように、国家は国民がつくるものという健全な意識を強く持ち、国家の方向性を論議する必要があるだろう。特に、国家の根幹である憲法については、論議し合う「論憲の時代」との認識を持ちたいものだ。 (玉置)
 
◇佐伯啓思(さえき けいし)
1949年生まれ。
東京大学経済学部卒業。東京大学大学院修了。
滋賀大学助教授を経て、京都大学教授。


 
 
 
 
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