1994/08/02 読売新聞朝刊
[論点]戦後責任と日本外交(寄稿)
大沼保昭
村山首相は内閣成立直後に「日米安保の堅持」を明言し、国会の質疑でも日韓首脳会談でも外交政策の継続を強調した。
これは当然といえば当然である。社会党の非武装中立路線は、自民党の改憲路線とのせめぎあいの中で、専守防衛の自衛隊、防衛費GNP一%、武器輸出三原則等を含む「生きた憲法」を形作ってきた。それが五五年体制というものだった。また、内閣がかわるたびに外政が百八十度変わるのでは、安定した国際関係が成り立たない。「外交は継続」にはそれなりの根拠がある。
しかし、五五年体制が機能しなくなっていたところに、九〇年代の政治の地殼変動があったはずである。そして行き詰まっていたのは内政だけでない。むしろ、近隣諸国や援助対象国、ひいては国際社会全体のあり方を左右する巨大な力をもったにもかかわらず、あいかわらず小国・被害者意識でしか国際関係を見ることができない受け身の対外姿勢こそ、改めるべき積年の治らない病気だった。
国連平和維持活動(PKO)と安保理の常任理事国化そして戦後責任の問題は、単なる「継続」でなく、具体的行動による五五年体制からの脱皮が求められる課題の代表である。
かつて侵略戦争の過ちを犯し、戦後「平和憲法」の下に生きてきた日本国民に武力の忌避感が強かったのは当然であり、平和の希求は今後とも堅持すべき態度である。しかし、PKO等、国連による平和維持・回復活動は、国際社会全体の利益を実現するための国際公共活動であり、個別国家の軍事行動とは性格を異にする。
憲法九条が個別国家としての日本の軍事力行使に制約を課しているとしても、国際公共活動たるPKOへの参加を制約しているわけではない。国際連盟を脱退して戦争に走った戦前の歴史への反省からしても、国連の集団安全保障体制への積極的な参加とその強化こそ、憲法の精神にかなうものである。
むろん、国連といえども完全な国際公共組織ではない。大国や多数派諸国の道具となることもある。しかし、なればこそ日本は常任理事国の一員として平和憲法の理念と蓄積を国連の意思決定過程に注ぎ込み、国連が国際公共的理念に忠実であるよう、努力すべきである。
PKO参加や安保理の常任理事国化について、日本が戦後責任を果たすまでは控えるべきだという意見もあるが、議論の筋が違っている。
侵略と植民地支配の責任は、「国会の不戦決議や慰安婦へ補償をしたから『けじめ』がつきました。これからはPKOにも参加します」といったたぐいのものではない。こちらがもう済んだと思っても、被害者の中にはまだ済んでいないと考える人は必ずいる。その意味で戦後責任に「けじめ」などありえない。大切なことは、PKO参加やその他の外交政策を遂行していく上で、日本がかつて過ちを犯したという自覚を持ち続けることである。と同時に、償いの具体的措置を一つ一つ積み上げていくことである。
細川元首相は先般の戦争を端的に日本の侵略と認めたが、それに伴う具体的施策を実行することなく辞任した。羽田前首相も関心はあったが、具体策を打ち出す余裕もなかった。
村山内閣は、戦後責任に真摯(しんし)な態度を示してきた河野洋平氏を外相、サハリン残留朝鮮人の韓国への帰還に尽力してきた五十嵐広三氏を官房長官として起用した。村山内閣は単に戦後責任にかかわる姿勢を引き継ぐだけでなく、これまでの内閣がやれなかった個々の問題の解決にこそ、力を注いで欲しい。
サハリン残留朝鮮人問題については、すでに日韓両政府の調査も済み、後は政治決断を待つだけである。既に年老いた残留朝鮮人の永住帰国のための基金作りは、ぜひとも次年度予算で実現して欲しい。
慰安婦その他の問題も、民間の募金と政府の拠金の組み合わせなど、政府と補償運動体との建設的な協議の上で実務的な検討が具体化したものから、一つ一つ解決を積み上げていくべきである。
こうした戦後責任問題の解決は、被害者への償いであると同時に、今後日本が国際的な軍縮・人権政策を推し進め、他国に人権弾圧や軍備拡張政策を控えるよう働きかけていくための道義的基盤をなすものである。それはさらに、日本は過ちを犯したがその償いにも努力したことを将来の世代に伝え、国民的矜持(きょうじ)をはぐくんでいくことでもある。
国家は個人以上に利己的存在である。また、個人と同じくしばしば過つ。しかし、過ちを認め、その償いに努力する国は、諸国の信頼を得る。過ちをほおかむりしたまま安保理常任理事国といった地位を求める国、逆にかつての過ちを理由にPKOといった国際公共活動を回避する国が、信頼を得ることはない。
問題は「PKOか戦後責任か」ではない。「PKOも戦後責任も」こそ、平和憲法の精神を継承しつつ新たな時代を開く鍵(かぎ)である。(国際法)
◇大沼 保昭(おおぬま やすあき)
1946年生まれ。
東京大学法学部卒業。法学博士。
東京大学法学部助教授、ハーバード大学ロースクール客員研究員を経て、東京大学教授。
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