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1996/01/24 産経新聞朝刊
【主張】押しつけ明示した文民条項
 
 現行憲法が日本無力化を意図した米国の押しつけだったことは、すでに検証され尽くしているが、今回公表された貴族院の「帝国憲法改正案特別委員小委員会筆記要旨」は、それをさらに補強するものである。
 憲法六六条二項は、「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」となっている。この「文民条項」が、戦争放棄の第九条との関連で、英国とソ連(当時)が米国を通じて、貴族院に追加修正を迫ったものであることが明らかになったからだ。
 注目すべき点の第一は、衆議院の憲法草案審議の過程で、九条に対してなされた芦田修正との因果関係だ。この二項に「前項の目的を達するため」と付記したのが芦田修正だったが、昨年九月に公表された衆院速記録では、芦田氏の意図を確認できなかった。
 今回、英ソが芦田修正により、日本に自衛戦力復活の可能性が生まれたとの判断に立っていたことが明らかになり、これまで芦田氏の真意と推測されていたものが、裏付けられたかたちになったのは大きな収穫だ。まだ根強くある自衛権保持すら否定する見解の非現実性を明らかにしたともいえる。
 第二に、連合国軍総司令部(GHQ)の要求は大臣の資格を「シビリアン」に限定するものだったが、貴族院ではその訳語をめぐり、平人、凡人、文臣、文人、文民、文化人、民人−などさまざまな解釈が出た。当時の日本の国情や伝統に合致しない概念規定を強要された困惑ぶりがよく分かる。
 第三は、小委員会全体に広がる虚脱感である。宮沢俊義委員が要求撤回を求める一部意見に対し、「憲法全体が自発的にできているものではない。指令されている事実はやがて一般に知れることと思う。重大なことを失った後で、ここで頑張ったところでそう得るところはなく、多少とも自主性を持ってやったという自己欺瞞にすぎない」と述べていることがすべてを語る。
 第四は現行憲法の最終草案に対し、当時の極東委員会の構成員だった英ソも発言権を行使した事実だ。米国だけでなく連合国の多重的な干渉のもとに現行憲法はつくられたわけである。
 こうした経緯を見れば、やはり憲法改正は国民的課題であろう。押しつけられた憲法は「押しつけられた」その一点だけで改正を要する。かりに国民の選択が現行憲法と大差ない内容であったとしても、国の根本規範は自らの意思で完全に書き直したというけじめが必要なのである。政治はこの任務から逃避してはならない。


 
 
 
 
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