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2000/05/03 読売新聞朝刊
[社説]21世紀の新憲法に向けて
 
 今年は戦後の憲法論議史上、大きな節目というべき年である。
 なによりも、国会の衆参両院に初めて憲法調査会が設置され、議論が始まったことの意義は大きい。
 国民的な議論へ機も熟してきた。読売新聞が継続的に実施している全国世論調査では、憲法改正に賛成する人が、ついに60%に達した。反面で、憲法改正に反対する人は、27%にまで落ち込んだ。
 読売新聞が、一九九四年に憲法改正試案を発表したのに続き、このたび憲法改正第二次試案を提言したのは、こうした節目に際し、国会での議論、さらに国民的な議論に向けて、改訂・補強したたたき台を提供したいとの趣旨である。
 
◆「公共の福祉」に国際的視野を
 第二次試案では、現行憲法の中でも“不確定多義概念”の代表とされる「公共の福祉」の内容を、世界の大多数の国が批准している国際人権規約を援用する形で具体的に規定した。併せて「公共の福祉」は「公共の利益」と言い換えることとした。
 両院の憲法調査会では、すでに「国家」や、「公と個」、あるいは「公と私」をめぐり、多様な議論が交わされている。
 憲法について議論するということは、とりもなおさず「国のあり方」や「国家像」を根底から論じることにほかならないのだから、当然の成り行きであろう。憲法論議の基盤となる問題を国際的、世界的な視野から論じることに、読売新聞の提言が寄与することを望みたい。
 大災害などの緊急事態における首相の特別指揮監督権条項を導入したのも、同様の問題意識に基づいている。世界の主要国の多くが国家、国民の安全にかかわる緊急事態についての憲法規定を持っている。
 超法規的な緊急対応が、基本的人権に対する無原則な侵害を招くことがないようにするためにも必要な規定である。
 国家と国民の安全にとって、最も深刻な緊急事態は、外国からの侵略だろう。それに備える防衛力のあり方も、きちんと論議し直さなくてはならない。
 
◆政治運営の機動性を高めよ
 その議論は、まず、自衛隊の必要性とその実態を、素直に見るところから始めるべきだろう。自衛隊は「戦力」ではないとか、「軍隊」ではないなどといった虚構の“言葉いじり”は、世界にはまったく通用しない議論だ。
 読売新聞は、九四年試案で、侵略戦争を禁じる現行憲法九条の第一項は継承した上で、第二項で「自衛のための組織」を持つとして、自衛力の保持を明確化した。
 しかし、民主党の鳩山由紀夫代表らが指摘するように、「軍隊」を保持するとする方が、よりわかりやすいことは確かだ。第二次試案で、「自衛のための組織」を「自衛のための軍隊」と修正したのは、そうした議論の動向を踏まえたものである。
 また、政治運営の機動性を増すため、参院で否決された法案を衆院で再議決・成立させられる要件を、現行の三分の二以上の多数から、過半数へと緩和した。
 政治運営における衆院の優越性強化については、読売新聞はすでに九四年試案で、首相の指名権を衆院に限定することとし、再議決要件を五分の三へとするよう提言していた。今回の提言は、その考え方をさらに進めたものである。
 法案処理での衆院優位が格段に強化されることにより、おのずと参院の政党色も薄まっていくだろう。
 
◆九四年試案の論点も重要
 参院議長の私的諮問機関である有識者懇談会が四月下旬、同様に衆院の過半数再議決という内容を含む一連の参院改革提言をしているが、主眼は、やはり参院の非政党化というところにあるようだ。
 そのほか、第二次試案では、政党条項や犯罪被害者の権利保障条項、行政情報の開示請求権条項の導入、地方自治の基本原則の明示などを新たに提言した。
 ただし、九四年試案で提起した改正内容も、引き続き、きわめて重要な提言として位置づけてある。
 九四年試案では、第一章に「国民主権」を置き、また第四章として「国際協力」を新設した。
 基本的人権については、現行憲法制定時には想定もされなかったような科学技術の進展、社会状況の変化に応じて、人格・プライバシー権、環境権を導入した。
 司法制度では、憲法裁判所の創設を提言した。裁判システム全体のスピードアップの必要性も考えてのことである。
 憲法前文も、「民族の長い歴史と伝統」「美しい国土や文化遺産」などの視点を入れつつ、簡潔なものに書き換えた。
 もともと、現行憲法前文は、米国の独立宣言や憲法などの著名な政治文書を切り張りした部分の多い文章である。日本の憲法にふさわしい内容に改めるべきは、当然のことであろう。
 両院憲法調査会の論議、国民の憲法論議に際しては、九四年試案、このたびの提言を合わせて、いずれも欠かせない論点だと考える。いうまでもなく、九四年試案以来、議会制民主主義、基本的人権の尊重、平和主義などの基本原理を維持する点では一貫している。
 
◆国家戦略の樹立へ議論始めよ
 内外ともに、加速度的に変化している時代だ。二十世紀最後の十年ほどの間に次々と続いた世界の歴史的激変が、世の予想をはるかに超えるものだったことを顧みれば、二十一世紀の世界について、最初のたった十年を見通すことさえ、いかに難しいかということがわかる。
 いわゆる情報技術(IT)革命が世界の将来構造に及ぼす影響に関しては、わずか一年前に有力だった予測さえ、「過去」と化しつつある。
 こうした先行きの不透明な時代だからこそ、世界、国際社会における日本としての国家戦略はどうあるべきかということを、真剣に議論しなければならない。
 その議論の基盤となるのは、国のあり方の基本的枠組みを定める憲法をどういう内容のものにするかということだ。
 できるだけ早く、新しい国民憲法を生み出さなくてはならない。


 
 
 
 
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