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1997/08/15 読売新聞朝刊
[内閣法制局・実像と虚像](12)国際貢献縛る憲法解釈(連載)
 
◆「政策と調整」課題 政治側も論議が不十分
 一九九〇年夏から翌年にかけての湾岸危機を機に、内閣法制局は「国際貢献」の観点から、その憲法解釈をめぐる在り方を問われた。とりわけ、廃案に終わった国連平和協力法案は、その後、現在の国連平和維持活動(PKO)協力法につながったが、法制局には苦い経験となった。
 
■「長官はクビだ」
 九〇年十月十二日夜、自民党の小沢幹事長ら執行部が、国連の多国籍軍への後方支援や平和維持活動を行う「平和協力隊」に派遣された自衛隊の職務遂行のため、武器使用を認めるよう首相官邸へ談判に押しかけた時のことだ。
 小沢氏ら「国連の指揮下で、国連のマニュアルに従う。業務遂行のための必要最小限度の武器使用は、参加する以上当然だ」
 海部首相「法制局は、『それは、憲法解釈上、無理だ』と言っている」
 加藤六月政調会長「そんな法制局長官は更迭だ」
 
■「武器使用」対立
 自衛隊員の部隊としての海外派遣を認めた法案だったが、武器使用の問題では、政府内でも、石原信雄官房副長官を交えて、工藤敦夫法制局長官、栗山尚一外務事務次官、依田智治防衛事務次官らが激論を繰り返した。
 栗山氏「停戦監視ラインを実力で突破する動きがあった場合どうするのか。国連の指揮官の命令で行う武器使用は憲法で禁止している武力行使とは違う。それが認められないのでは、職務を果たせない」
 依田氏「武器使用を柔軟に考えないと、自衛隊員も、組織としての自衛隊も、安全を守れない」
 工藤氏「国連への協力のためでも、憲法で禁止した自衛の目的以外の武力行使に抵触する恐れがある」
 栗山氏らは「将来、朝鮮半島有事も起こり得る。その時にも、同じ問題が生じるだろう。その時、そういうことで対応出来るのか」と食い下がったが、法制局の壁は固かった。
 
■廃案
 武器使用問題に象徴されるように、政府内での調整が不十分なまま審議に入った結果、審議入り初日に、派遣された自衛隊は国際法上の軍隊かどうかをめぐって、首相が「軍隊でない」、外相が「軍隊である」と答弁が食い違い、その後も、野党の追及に明確な答弁を示せず、廃案までの三週間に五つの政府統一見解を出す始末だった。
 外務省幹部は、「国際貢献の論議の未熟さが憲法問題の形で露呈したのが廃案の最大の原因」と言う。
 自民党などから激しい批判を浴びた法制局のある幹部は、「大変、つらかった。たった二週間で作った、山ほど問題がある法案だった。結果的に、廃案になってよかった」と述懐する。
 
■細かい縛り
 その後、三回の国会を経て九二年にPKO法が成立した後も、カンボジアなどへの派遣実施計画策定をめぐって、総理府国際平和協力本部や外務省、防衛庁のPKO担当者と法制局との間で、こんな議論まで行われる。
 ――雪かきを頼まれたら。
 法制局「雪かきをした道を、すぐに本隊が通れば武力行使と『一体化』の恐れがある。多少時間がたって、買い物など他の目的で通行する人もいる一般的な雪かきをしただけならOKだ」
 ――通りがかりの歩兵部隊に、「目的地までトラックで連れて行って」と言われたら。
 法制局「その歩兵部隊がレクリエーションで歩いていたのなら別だが、任務の一環で歩いていたのなら抵触する」
 ある省庁幹部は「法制局は法律の専門家かもしれないが、PKOの現場は知らない。それを憲法から発想して箸(はし)の上げ下げまで法律で縛ろうとするからおかしな議論になる」と不満を隠さない。
 
■解釈の範囲
法制局との議論を振り返って、栗山氏が「憲法に照らして白、黒、グレーゾーンとあれば、グレーゾーンをできるだけ白と見ないと、政策の上で、日本のできることが狭められてしまう」と言うように、法制局の憲法解釈が政策を制約する要因となってきた。
 しかし、津野修・法制次長は「政府が政策として国際貢献を積極的にやろうとする時、法制局も当然前向きに対応する。ただ、憲法や法律の規定、確立した解釈の範囲内で考えるのは当然だ」と言う。
 法制局の解釈と政策との調整をどうするのか。栗山氏によれば、「それは政治の問題だ」。
 法制局の側からは、「憲法を改正して現実の流れに合わせる努力をせず、解釈のテクニックでしのごうとするから法制局に必要以上の批判や賛美が集まる」(OB)という声も聞こえる。国際貢献の論議が成熟しないのは、憲法論議に正面から向き合わない政治にも責任がある。
 (肩書はいずれも当時)


 
 
 
 
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