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1996/10/31 読売新聞朝刊
[社説]憲法公布50年 「集団的自衛権」論議を深めよ
 
◆現実的な安保論議が欠落
 戦後の安全保障政策や防衛問題をめぐる論議は、常に「憲法」論議でもあった。
 たとえば社会党(現・社民党)などの主張には、いつも冷戦構造を背景にした「日米安保・自衛隊は憲法違反」とのイデオロギー的な固定観念がつきまとった。
 その結果、安保論議といえば、正面からの議論抜きの反対や、対案を示さないままの、あら探しと揚げ足取りが目立った。政府・与党側も、予算案や法案の審議を優先するあまり野党側に妥協して、その場を収めるという場面が少なくなかった。
 こうした双方の対応が、国の平和や国民の安全を確実に守るためにはどうすべきかといった本来あるべき安保論議を欠落させ、国際社会ではとても通用しない“見解”や論戦がまかり通るという結果を招いてきた。
 「集団的自衛権」に絡む問題は、その代表的な例だろう。
 自国と密接な関係にある国が他国から攻撃を受けた場合、自国が攻撃されていなくても実力で対抗する権利は国際法上、すべての主権国家に認められている。
 これが集団的自衛権である。これについて政府は五五年体制時代から「わが国も権利は有するが、行使することは憲法九条の精神から許されない」という見解を繰り返している。
 だが、「持っているのに行使できない権利」というのは、まず論理として矛盾しており、諸外国からも理解されにくい。
 今日の世界で個別的自衛権だけで自国の防衛を全うできるのは米国などごく一部の国だけだろう。日本が個別的自衛権だけの防衛体制を整備しようとすれば、ばく大な財政的負担が必要になるうえに、周辺諸国の警戒を招くことが予想される。
 国の安全保障を確固たるものにするには個別的自衛権と集団的自衛権、国連などを中心とした集団安全保障の三つをいかに機能的に組み合わせるかが重要だ。
 読売新聞は、すでに発表した憲法改正試案と安全保障政策大綱を通じて、集団的自衛権の行使を可能にするよう提言している。国際社会からも理解される安保政策にするためにも、少なくとも憲法解釈の変更が必要だろう。
 この問題は、当面する安保政策の重要課題となっている「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)の見直しにも影響を与えている。
 現行のガイドラインは七八年に作成された。しかし「極東有事」つまり日本周辺で紛争が発生し、日本の安全にも重大な影響を及ぼす事態に発展した際の自衛隊と米軍の協力や役割分担のあり方を定める部分が事実上、空白のまま放置されてきた。
 背景に、協力内容を詰めると野党の反発を招く集団的自衛権との関係を避けて通れなくなるという事情が働いた。
 先月行われた見直しの中間報告でも、「極東有事」協力について大まかな検討項目を列挙しただけで、具体的内容には踏み込まなかった。総選挙を前に連立与党内で集団的自衛権をめぐる対立を表面化させたくないとの思惑からと見られている。
 ガイドライン見直しについて米政府は表向き、「日本政府の憲法解釈の枠内で行うことに賛成」と述べているが、内部では弾薬輸送など米軍の戦闘行為と密接に関連した後方支援も期待する声が強い。日本政府の集団的自衛権に関する憲法解釈への不満も聞かれる。
 米軍が日本と日本周辺の平和を守る義務を負い、日本は自らを守りながら米軍を支援するというのが日米安保条約の基本である。日米関係の基軸である安保体制を円滑、効率的に運用するには、防衛協力の整備を進めることが肝要だ。
 そのためにも、憲法解釈の変更などによって集団的自衛権をタブー視する考えを取り払う必要がある。それは、両国の関係をさらに発展させるだけでなく、日米安保が持つアジア太平洋地域の安定装置としての機能を高めることにもつながる。
 現在の政府解釈に従えば、対米支援として戦闘海域で掃海活動を行うことは、集団的自衛権の行使にあたる「米軍の戦闘行為と一体となった行動」で、「違憲」の可能性が高い。ところが、この解釈が出来上がる前の朝鮮戦争の時、日本は掃海艇を派遣した実績がある。
 これは、過去に政府が現在の解釈とは違った行動をしたことを物語っている。
 
◆旧来型思考を引きずるな
 集団的自衛権問題に真正面から取り組み、解釈変更に踏み切るのが政治の責務ではないか。政治の指導力に期待したい。
 国連の平和維持活動(PKO)へのかかわり方でも、「憲法」問題が登場する。
 平和維持隊(PKF)本体への参加が凍結されているのは、社民党などが「PKFへの参加は憲法が禁じる海外での武力行使につながる恐れがある」などと主張しているからだ。隊員の武器使用問題も、武力行使との関係で争点になっている。
 いずれもPKOが自衛権とは関係がない国連の活動であることを理解せずに、一国平和主義的な思考を引きずった議論をしていることを示すものだ。
 ちなみに、自衛隊は、国際的にはれっきとした軍隊として扱われているにもかかわらず、政府の憲法解釈は今でも「軍隊」とは認めていない。憲法九条に「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」という規定があることが理由だ。憲法と現実とのギャップを示す典型的な例だ。
 日本の安全保障体制は二十一世紀に向け、日米安保再確認を踏まえた再構築を迫られている。
 実効ある体制を作るためには、現実を見据え、憲法レベルまでさかのぼった本音の安保論議が不可欠だ。憲法解釈の変更はもちろん憲法改正も避けてはならない。


 
 
 
 
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