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1996/10/11 読売新聞朝刊
[社説]憲法公布50年 財政規律の回復が急務だ
 
◆GDPの九割に及ぶ借金
 いま、太平洋をはさんだ二つの国で選挙が行われている。米国の大統領選、日本の総選挙とも、巨額な赤字財政の立て直しが争点の一つであることは共通している。
 違うのは、米国では民主党のクリントン大統領、共和党候補のドール前上院議員とも減税政策の相違はあっても、二〇〇二年までに財政収支を均衡させる点では一致していることだ。
 だが日本では、ほとんどの政党が「行政改革」については華々しく公約を掲げながら、財政再建については、具体的目標も、その達成時期も明らかにせず、まして主要政党間で大枠の合意もできていない。
 国民に直接の痛みを与えない行革は大ぶろしきを広げるが、具体的な歳出カットや増収策を伴う財政問題は、なるべく先送りしたいという姿勢が感じられる。
 欧州連合(EU)加盟諸国が、国民の不平、不満を十分に承知しながら、通貨統合実現のため歳出削減などによる赤字抑制に真正面から取り組んでいるのと比べても、その政治姿勢には大きな違いがある。
 日本が抱える公的債務の大きさと、その弊害に、政治家はまだ十分に気づいていないのではないか。
 日本の債務残高は、国だけでも二百四十兆円の国債発行残高を含めて三百二十兆円、これに地方自治体の借金も加えると、総額四百四十二兆円にも達する。
 これは一年間の国内総生産(GDP)、つまり国内で生産される価値の約九〇%にも当たる。イタリアを除く欧米主要国の場合、この比率は六〇%台だ。日本は対外的には有数の債権国だが、国内的には有数の借金国というのが実情だ。
 なぜ日本はこれほどの借金大国になってしまったのか。
 直接的には、バブル崩壊後の景気後退による税収減と、経済対策のための国債・地方債を含めた公債発行が原因である。
 だが、それとともに、戦後長く続き、いまも見られるような、大衆迎合的な政治の仕組みが背景にあることも無視できない。代議制民主主義の下では、政治家はとかく有権者の気に入る歳出増加に走りやすく、痛みを与える歳出削減や、増税はなるべく避けようとする傾向があるからだ。
 とくに日本では、選挙区や、特定の業界の利益、要望をバックに族議員、官僚が予算を要求、それに押された形で大蔵省が国債発行や、“隠れ借金”の手法を駆使して財源をねん出、それに伴う負担は先送り、という構図が長い間続いてきた。
 そうした財政規律喪失のツケがたまった結果が、四百四十二兆円とも言える。
 だが、もう放置できる状態ではない。
 日本に比べればまだ債務比率の低い欧米諸国も、財政赤字削減のため懸命の努力をしている。GDPに比べて大き過ぎる公的債務は、財政の自由度を奪うばかりか、市場金利の高騰、景気の停滞、為替下落、インフレなどを招くことが多いからだ。
 急速な高齢化が進む日本は、今後、貯蓄率、成長率の低下などによる一層の債務増加が避けられないという見方は多い。
 今春出された米国議会予算局の「長期財政分析」も、主要国のなかでは日本とイタリアの人口高齢化スピードがきわだって速く、このまま推移すれば日本は二〇〇五年以降、毎年多額の財政赤字を出し、債務残高は急速に累増すると予測している。
 巨大な債務の弊害は経済的な側面だけではない。世代間にも負担の不公平を生み、社会の安定を崩す恐れがある。長期債務返済のための財政負担は、現役世代だけでなく、将来の世代にまで及ぶからだ。
 まして、債務発生の原因が、現在はもちろん将来も、有害ではなくても無益な巨大プロジェクトだったり、現在の景気浮揚のためだけの減税だったりすれば、将来の世代は負担だけ背負うことになる。
 超高齢社会と、累積債務急増時代の到来は目前に迫っている。五年あるいは十年の期限を切って構造的改革による財政再建を進め、経済的、社会的弊害の恐れをできるだけ減らしておくことは、今の世代に課せられた責任である。
 そのためには予算編成の仕組みを根本から見直すだけでなく、国、地方とも財政に“市場原理”をできる限り導入してコストを削減し、効率を高める工夫も必要だ。
 
◆法的措置による赤字削減も
 実際に欧米では、そうした試みが広く行われつつある。政府、自治体の一部の業務を民間事業者に入札させてコストを検証したり、民間に委託したり、高速道路・鉄道などの建設、運営を民間に移管したりと、さまざまな工夫を凝らしている。
 歳出そのものも社会福祉、公共投資、農業分野など、それこそ「聖域」を設けずにあらゆる分野でカットし、総額抑制に結び付けている例も多い。
 とくに米国では、“レーガン減税”による大幅な赤字増加に対処するため、財政支出に制限を設ける立法措置がとられてきた。新規に支出を増やす場合は、同額の支出削減、増収措置などによる財源確保を義務付ける「ペイ・アズ・ユー・ゴー」規定も、その一つだ。
 さらに米国各州では、州憲法で州知事、州議会に均衡予算の提出、承認を義務付けているところも多く、これが州財政の健全化にかなり効果を上げているという。
 政治が放漫財政に走りやすい日本でも、税制を含めた財政の構造的改革とともに、何らかの法的措置で赤字増加に歯止めをかけることを検討すべきだ。
 本紙が先に示した「憲法改正試案」で、健全財政の維持・運営への努力義務を入れたのも、そうした趣旨からである。
 将来の世代が不当な負担を負わないためにも、失われた財政規律を、あらゆる手段で回復させる努力が必要だ。


 
 
 
 
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