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1996/08/18 読売新聞朝刊
[社説]憲法公布50年 境界が薄れた「護憲」と「改憲」
 
◆親ソ反米だった「護憲」運動
 「これまでの護憲運動には反省しなければならない多くの課題がある。
 反戦平和運動は社会主義国が平和勢力で資本主義国は戦争勢力と考え、反米的な性格をもっていた。
 冷静な憲法論議が少なく、反対するものは保守反動だとキメつけ……」
 これは旧社会党・総評ブロックの護憲運動団体「憲法擁護国民連合」(護憲連合)の九一年十一月の大会文書の一節だ。
 率直な自己批判として、評価できる内容である。戦後の「護憲」運動の中核を担ってきた勢力の過去が、簡明に総括されているといえる。
 「護憲連合」は、この二年前の大会では、まだ、外国来賓としてソ連代表団のみを招待していた。日本国憲法の理念とはおよそ相いれない憲法体制・一党独裁の国から代表団を招くところに、社会党主導の「護憲」運動の性格が象徴されていた。
 ところがそのころから、社会主義諸国の崩壊が進み、九一年八月にはついにソ連共産党が解体されるに至った。そんな流れを受けての総括だった。
 そうした経緯に見られるように、「戦後一貫した護憲の党」と称する社会党=社民党の主張には疑問がある。はたして、本当の意味での「護憲」だったのか、という疑問である。
 五五年の左右統一前の左派社会党綱領には、政権を握った後の「憲法改正」と、新聞、出版、放送などを対象とする言論統制が明記されていた。
 統一後の社会党は、終始、左派主導だった。それを典型的に示すのが、六〇年代半ばに採択され、八六年まで党の綱領的文書とされていた「日本における社会主義への道」である。
 ここでは、「現憲法は権力を掌握して変革を完遂する全過程において社会の規範たることはできない」とされていた。「護憲」は、それまでの暫定的なもの、といった位置づけである。
 もちろん、「護憲」運動に同調した人たちのすべてが、イデオロギー的な親ソ反米主義者だったというのではない。
 「護憲」運動には、多くの、いわゆるリベラル派と見なされる人たちも参加していた。「戦争はイヤだ」という万人に共通の自然な感情から反戦平和運動に参加する普通の市民もいたし、今もいる。
 しかし、全体としては、こうした社会党主導のイデオロギー的な「護憲」が、憲法論議をいびつなものにした。
 結果的に、「護憲」運動は、「社会主義イコール平和勢力」を前提に、自衛隊を合憲とするような改憲の可能性を封じるため現行憲法を一字一句も変えてはならない、とする硬直したものとなった。
 今後、憲法をすなおに見直し、率直な議論を交わしていくためには、一度、こうした「護憲」の歴史的内実をしっかりと検証しておく必要があるだろう。
 その社会党=社民党も、二年前から、自衛隊合憲、日米安保堅持に転換している。ようやく、憲法論議を前向きに行う条件が整いつつあるといえる。
 「護憲」と「改憲」の対立という単純な構図で憲法を考える時代ではなくなってきているといってもよい。
 「護憲的改憲」という言葉がある。細川護煕元首相が、かつて日本新党を旗揚げした際に使い始めたとされる。
 〈1〉国際紛争解決の手段としての武力行使を放棄した憲法九条は現在のまま残す〈2〉国際的安全保障体制を構築するため、国権の発動を離れた形で、積極的にその動きに参加できるような一項を九条に加える――という趣旨だった。
 
◆「護憲的改憲」の精神で
 国連平和維持活動(PKO)などへの自衛隊の参加について憲法上の解釈が紛糾するなら、紛糾しないようきちんと書き込むべきだ、という考え方である。憲法とは、本来、そうあるべきものだろう。
 読売新聞が九四年十一月に発表した憲法改正試案も、基本的には同様の考え方に立っている。ただし、読売憲法改正試案では、自衛のための組織を持つことができると明記した上で、「国際協力」を独立の章とした。
 憲法九条の改正は戦争への道とか、軍国主義が復活するなどというのは、日本の現実とかけ離れた議論である。
 国の存立を平和な国際秩序の下での通商に依存している日本が、軍国主義化して生きて行けないことは、国民みんなが知っている。議会制民主主義も定着している。戦前の軍国主義に道を開いた統帥権の独立という問題もない。
 憲法上の問題は、九条だけに限られるわけではない。
 近年、さまざまな憲法改正試案が発表されるようになっているが、どれも議会制民主主義、基本的人権の擁護、平和主義などの基本原理を維持しつつ、不備を補い、新しい時代の要請にこたえようというものである。その意味では、いずれも「護憲的改憲」を目指すものといっていい。
 五十年前とは別世界とさえ言えそうなくらい世界と日本が大きく変わり、なお変動し続けていることを考えれば、憲法だけを変えてはならないとする考え方の方がおかしいのではないか。
 まして、現行憲法は、連合国軍総司令部(GHQ)の作成した草案が基になっていることから、翻訳調の言い回しが多い。そのうえ、審議が不十分だった結果として、用語上の間違いまで残っている。
 憲法の一字一句もいじってはならないという硬直した「護憲」ではなく、憲法の理念、基本原理をより豊かに発展させていくための憲法の在り方について、率直に議論し合うような真の護憲に踏み出したい。


 
 
 
 
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